第18話 台風襲来 前編
中に入ってみれば、そこは見慣れた空間。いつものカードショップ。
でも、今はなんだか、まるで違って見える。
私の手をがっちりと掴み、抱えるようにしている女性が、あまりにも鮮やかだから。
「は~い! みんな! マヤマヤ~♪
みんなの、そして『アナザーワールド』のアイドル。マヤヤだよ!」
満開の笑顔をカメラと私に向けるのは、昨日まで動画の向こうにしかいなかった女性。
人気配信者のマヤヤさんだった。
華やかな蛍光ピンクのツインテール。
水色と白をモチーフにしたロリータドレスがよく似合う。
華やかな笑顔と愛らしい声に、私は正直な話、魅入ってしまっていた。
「今日は生放送特別版! マヤヤは今、日本に帰国していま~す!
目的はもちろん、秋トーナメントで世界大会への出場資格を取ること、なんだけど~。
もう一つ! みんなが気になって、気になって、しょうがない! 今、『アナザーワールド』で一番ホットな話題。
『星の救世主 フォルティオス』についての、最新あ~んど極秘情報をお届けするためです!
という訳で、ご紹介! この子が~、『フォルティオス』を引き当てたマスターちゃん♪ とっても可愛い女の子だよ~。レディM、仮称みっちゃんです!
はい、拍手~~~!」
「おい! み……ぐぐぐぐ」
何が起きたのか分からないまま、女性の勢いに押されて口も挟めなかった私だけど、その紹介を聞いてぎょっとし、ハッとした。
え? もしかして、顔出しになっていたりする?
「は~い、早速のコメントありがと。え? 顔と制服にモザイクがかかっていて、本当に可愛いかどうか分からない? 顔とカードを見せて?
え~。マヤヤの言葉が信じられない~?
だって、女の子、しかも一般人のJKちゃんだもん。
今日のところは顔出しNG。ごめんね~」
良かった。どうやら顔は隠してもらっているようだ。
ホッとしたのもつかの間。
「あ、その代わり、フォルティオスは見せてもらおうか?
ねえ、お願い。みっちゃん。
ちょっとだけ、『アナザーワールド』大大大~~好きなみんなに、生フォルティオスを見せてあげてくれないかな? マヤヤのお・ね・が・い♪」
「えっと、あの……私、何が何だか……」
『しっ。驚くのは無理もないけど、今は彼女の言うことを聞いて、カードを出して見せてほしい。渡す必要はない』
「え?」
突然聞こえてきた声に、私は頭を左右に巡らせる。
見れば、私の正面には三脚に据えられたカメラと、撮影をしている女性の姿があった。その後ろから店長さんが、私に向かって何やら頷いている。
今のは多分、店長さんの声。
言葉で伝わったのとは違う感じだけど、そういう魔法でもあるのかもしれない。
さらに画角の外へ目を向けると、雄太はシエロさんに口を押さえられ、羽交い締めにされていた。
ここは店長さんのお店なのだから、この生配信には店長さんの許可が下りているはず。
店長さんを信じよう。
(『フォルティオス。いい、って言うまでは出てこないでね』)
心の中でお願いしてから、私は通学鞄からデッキケースを取り出した。そこからフォルティオスのカードを抜き、カメラの方へ向ける。
「はい、どうぞ。私の大事なパートナーです」
「おお! 本当に『星の救世主 フォルティオス』だねえ。
綺麗で格好いい。眼福、眼福。
ありがとね、みっちゃん。大事なパートナーを見せてくれて」
「あ、いえ……」
「んじゃ、ここからは京ちゃんとバトンタッチ!
詳しいことを、根掘りん、葉掘りん、聞いちゃうぞ♪」
拝むようにカードと私へ手を合わせた彼女は、視線を店長さんに向けると、小さくウインクした。
店長さんはわざとらしいため息を一つ落とすと、私の横を通り、彼女の側へ歩み寄っていく。
『後のことは僕らに任せて、シエロの方へ』
私とすれ違う瞬間、そう囁いて。
「は、はい」
「こっちへ来い、子猫」
「あ、シエロさん」
私はそのまま、画面からフェードアウトしたらしい。
そっと横へずれてシエロさんの方へ逃げ、振り返る。
カメラの中央は、『アナザーワールド』のポスターを背景にトークを開始する店長さんとマヤヤさんに変わっていた。
「やっほー、京ちゃん。おひさ~! 去年、京ちゃんがトップテンから墜落したラスベガスでの最終戦以来だね~」
「お久しぶりです、先輩。相変わらず、年甲斐もない華やかな格好で。
そろそろ、ご自分の年齢を考えられたらどうですか?」
「あ~! 京ちゃんのいじわる!
みっちゃんが『え? 店長さんの先輩? 何歳?』なんて数え始めたじゃない!
みっちゃん! みんなも! マヤヤは永遠の十九歳だからね!」
お互いに軽快なトークを、ちょっと毒混じりで繰り広げる二人は息が合っている。
どういう関係なんだろう?
そして、本当にマヤヤさんって何歳?
「シエロさん。どうしてマヤヤさんが、このお店に? 一体、何が起きているんですか?」
「私はあいつらが嫌いだからな。説明はしたくない。
生放送中らしいから、今、邪魔をすると煩いし。
終わってから、直接話をしろ」
「え? あ、はい。でも、本当に生中継しているんですか?」
「うわっ! マジだぞ、美空。ほら! 視聴者数も、もう一万を超えている。コメントの流れも凄い!」
憮然とした様子のシエロさんと、ようやく解放された雄太の横で、私はスマホに指を滑らせ、動画サイトを確認した。
画面には確かに、生配信で目の前の光景が映し出されている。
タイトルは――
『マヤヤの「アナザーワールド」大好きチャンネル! 特別版
緊急生放送! 噂のVFフォルティオスについて、プロフェッサーKと所持者に聞く!!』
同時視聴者数の表示は、私が見ている間にも、みるみる増えていく。
二人のトークを聞いていると、どうやら話題は私のこと――正確には、私と『フォルティオスのカード』へ移ったようだ。
「え~! 本当に、初パックでフォルティオスを引いた初心者ちゃんなんだ」
「はい。彼女が『アナザーワールド』を始めてから、まだ一週間も経っていません」
「一週間! あ、でもそうだよね。公開されたのが日曜日で、今日が木曜日。
ホントに、まだ五日だ~」
「あの時は驚きましたよ。
噂でさえ聞いていなかったフォルティオスのカードを、『アナザーワールド』のカードを一枚も持っていない女の子が引いたのですからね。
その後、冗談ではなくカードを狙う強盗まがいの人間まで現れたので、僕が彼女の保護者から、正式に管理権限を委任されました」
「マジか~。強盗? みっちゃんに怪我はなかった?」
「ええ。彼女には、頼りになるナイトもついていたので」
「ひゅうひゅう! でも、カード一枚欲しさに強盗って、怖い世の中だよね~」
「貴方と意見が合うのは、あまり嬉しい話ではありませんが。
ええ、まったくその通りだと思います」
「無事で良かったよ。で、その後は?」
「最初の襲撃事件の犯人は即日、警察に引き渡し、弁護士にも相談して対処しました。
ですが、いまだに『本当に売却の意思はないのか』『初心者にはもったいない』という問い合わせが後を絶ちません」
「あんな可愛いみっちゃんを怖がらせるなんて、最悪!
マヤメイトのみんなは、初心者ちゃんをいじめちゃ駄目だぞ! もちろん、みっちゃんのことも。
マヤヤとの、お・や・く・そ・く! ね?」
パチン、とウインクして、画面の向こうへ呼びかけるマヤヤさん。
その視線が一瞬、私の方を向き、笑みを作ったように見えた。
「なんで、君のマスターはこんなことを? 加奈子?」
「フォルティオス!」
呆然とする私の隣で、気がつけばフォルティオスが実体化していた。
その視線はマヤヤさんにも向いていたけれど、今は撮影しているカメラマンさんを見つめている。
「お前を――いや、お前達を助けるために決まっているだろう? フォルティオス」
「あ、貴女は? まさか……?」
そこには、またカードの中から抜け出してきたとしか思えない女性が立っていた。
艶やかな黒髪を長く伸ばし、身にまとうのは凛としたスーツドレス。
そして頭には、大きく艶やかな一本の角が煌めいている。
鬼の美女が、そこに立っていた。




