第17話 出会いとその先
『は~~い! マヤヤの~『アナザーワールド』大好きチャンネル!
はっじめるよ~~♪!!』
動画の向こうでは、ピンク髪の女性が可愛らしい笑顔で告げると同時に、軽快な音楽が開幕のジングルを響かせていた。
私は今、雄太が教えてくれた女性リンカーの動画チャンネルを見ている。
ここ数日、店から戻ってきては毎日だ。過去動画もチェック済み。
チャンネル開設から8年以上。登録者数50万人超え。
ベテランと言える配信者さんだから、動画の数も多くって全部見れたわけじゃないけど。
澤本真矢さん。
通称、マヤヤ。
「多分、この人だぜ。日本人で女性プレイヤーのトップテンは今、彼女だけだから」
ピンク色に染めた髪をツインテールにして、魔法少女のようなリボンたっぷりのドレスを着ている。可愛らしい女性だ。
最近の配信者はアニメキャラクターのアバターを使うことが多いけれど、彼女は基本、自分自身で案内や説明をしている。
対戦動画や会話などでは、ゆっくり風味のミニキャラを使っているけれど。
小柄だけどスタイルはいい。自分に自信があるんだろうな、と思う。
少し羨ましい。
内容は主に『アナザーワールド』の対戦やカード紹介。
でも、その内容はポップな全体の印象に似合わず、けっこうガチで専門的。しかも分かりやすい。対戦動画もかなりハイレベルだと感じた。
さすがトップテン。勉強になる。
ランカーだから、使うデッキも当然一種類じゃないけれど、その中でも彼女は緑――『ファンタズマ』と呼ばれる勢力を好んで使うようだ。
『姫ちゃん』『加奈子』と呼ぶ、黒髪長髪の美少女キャラクターと掛け合いながら動画を進めているのをよく見かけた。
『今年のトップテンは、全員パートナーを持つ真の『リンカー』だ』
と、以前、店長さんが言っていたっけ。
『何人かのリンカーは、異世界の能力を現実で使って成功している』
とも。
つまりは、そういうことなのだろう。
「加奈子って、どんな人なのかな」
そう思って調べてみたら、一人の女性キャラクターが出てきた。
『鬼姫 坂上加奈子』
妖怪やモンスター系のキャラクターが多い勢力『ファンタズマ』の中でも、パワーを象徴するような人らしい。
「加奈子? どこかで聞いたことがあるような……」
対戦の中ではないことは確か。
まだ私は、十年間続き、カードの種類だけでも数千という『アナザーワールド』を把握できていない自覚はある。その分、見たカードは覚えているつもり。
ただ、店長さんが使う青のソルシア、雄太が使う黒のインベイダー以外のデッキとは対戦したことがないから、他にどんなキャラクターがいるのか知らないけれど。
「俺は、インベイダーの容赦のない破壊力がけっこう好きなんだ」
私が『アナザーワールド』を始める前から、雄太がそんなことを言っているのを何度か聞いた。
だから雄太は、黒のインベイダーをよく使う。
インベイダーは、量産型のメカや分裂して増える天使など、攻撃力が高めの戦士達が物量で攻めるタイプだそうだ。
けど、フォルティオスデッキとインベイダーデッキは相性がよくないのだとか。
主に、インベイダー側からの相性が致命的に。
攻撃力とは反対に防御力がとても低いので、数を力に変えてしまうフォルティオスは、ほぼ天敵なんだって。
それを話したら、フォルティオスは、
「まあね。僕はその為に作られたようなものだし」
って笑っていたけど。
「そうか。フォルティオスだ!」
思い出し、私はポンと手を叩いた。
加奈子って名前、どこかで聞いたはずだと思ったけど、以前、彼の話の中に出てきたのだ。
確か、お茶を淹れてくれた時。
コーヒーにうるさいって。
その時は聞き流してしまったけれど、確か、シエロさんを含む複数の女性の名前が出てきていた。
「恋人、とかではないよね?」
加奈子さんは、フォルティオスの話の中で、シエロさんと同列の存在として話されていた印象がある。
店長さんのパートナーシエロさんと、フォルティオスは旧知。
でも、ここしばらくの様子を見るに、フォルティオスにとってシエロさんは、ただの知り合いではなく特別な存在。
例えば、お茶の好みを覚えていて淹れるような関係ではあったんだと感じる。
そこに、多分、恋愛感情はない。
シエロさんはフォルティオスを『小僧』と呼び、昔から知っていて、力を認め、時に気遣っている。
でも、言葉の端々に少し格下に見ている印象があった。
フォルティオスもシエロさんを対等だと意識しながらも、少し上の存在として見ている感じ。
借りがたくさんあり、今はまだ返せていない存在だと言っていた事を覚えている。
複雑な事情がありそうだ。
私は無意識に横を見やる。
二階は、家族の私室。
私とお姉ちゃんの部屋と……以前、両親が使っていた寝室がある。
その両親の部屋でフォルティオスは今、休んでいるはずだ。
一応、リンクしているとはいえ、私も女の子だから、自分の寝室に男性は入ってほしくない。
だから、夜はここにいて、と頼んだから。
夕食を一緒に食べた後、自分の寝室に戻ってから立て続けにマヤヤさんの動画を見てしまったので、もう夜遅い、どころか日も変わっている。
さすがに今から彼の寝室に行き、昔の女性の話を聞くのはアウトだ。
「明日、聞いてみよ」
私は布団に潜り込んだ。
九十パーセントの好奇心と、ほんの少しの違う感情を胸にしまって。
翌朝のダイニングキッチンで。
「僕が加奈子やシエロと? ないない。それは絶対にないよ、マスター」
朝食の支度を手伝ってくれながら、フォルティオスは笑って首を横に振った。
フォルティオスが眉をひそめるので、最近は毎日、朝食をとるようになった。
パンやシリアルの日もあるけど、今日はご飯を炊いておにぎり。後は、目玉焼きとレタスとウィンナーだ。
ライスは好きじゃないと言っていたけれど、今はおにぎりが気に入っているようだ。
手軽で、どこでも食べられて美味しい、って。
梅干しは苦手で、ツナマヨや牛そぼろのような味の濃いものを好む。
後は、甘い物が好き。
コンビニスイーツを買って一緒に食べたら、感動してた。
本人は『幻影だから』と言うのだけれど、異世界人でもちゃんと私達と同じ食事を楽しむ人間なんだって思うと嬉しくて、毎日の食事が楽しくなった。
食事代も宿代も出せないから、と言って、今は家事を手伝ってくれている。
ホント、律儀。
で、話は逸れたけど、聞いてみたのだ。
「シエロさんや、この間、話に出てきた加奈子さん達って知り合い? 彼女?」
って。
その返事が、さっきのあれ。
「彼女って、友人とか恋人とかって意味だろう?
そんなことを言ったら、多分、みんなの方が嫌がるよ。冗談じゃないって」
緑茶を淹れてくれるフォルティオスの目には、焦りも困惑も見えない。
スカイブルーの瞳はとっても綺麗――ではなく。
純粋に、考えたこともないという無垢な笑顔に思える。
「加奈子やシエロは僕にとって、先生、師匠……違うな。
あ、教育係。そんな感じだよ」
「教育係」
すごくしっくりきた。
先生や師匠として慕っているわけではない。
でも、頭が上がらない存在。
「そう。僕には使命があって、その為に色々なことを学ばなくてはならなかった。
だから、他の勢力から彼女達が派遣されて、色々教えてくれた。一緒に暮らしたこともあって、その時に、戦闘の為の知識以外のことも学んだって感じかな?」
「大変だったんだね」
シエロさんは面倒見はよさそうだけど、子どもだからって手加減するタイプじゃないから。
でも、私がそう言うと、フォルティオスは驚いたように目を見開いた後、首を傾げる。
「大変だった、のかな? まあ、戦って疲労困憊のところで力を取られて死にかけたり、術の効果をその身で覚えろ、とかはしょっちゅうだったけど」
「十分、大変だよ」
「だって、みんなそんな感じだったし。一番物静かな美音だって、『風縛の術、解けるまで頑張って』って、朝まで放置とかよくやってたよ」
「それって、こっちだったら普通に虐待!」
教育係が付くような時代なら相当な子ども時代だろう。
「まあ、僕には使命があるから。みんな、今も昔も大事にしてくれるし、辺境の農家の息子が『救世主』なんて、出来過ぎだしね」
「フォルティオス……」
当たり前のようにフォルティオスは言うけれど、ちょっと酷いと思う。
事情を知らない私が、軽々しく何かを言っていい立場ではないと分かっているけれど。
「じゃあさ、シエロさんや加奈子さんのこと、嫌いとか、苦手だったりする?」
「え?」
「加奈子さん、店長さんが言ってた女性リンカーのパートナーらしいんだ。
シエロさんとは、私が店長さんの弟子になっちゃったから、ずっと顔を合わせることになってるし」
心配になって聞いてみたけど、その問いには明確な否定が返った。
「ううん、好きだよ。
僕は誰も嫌いにはならない。……星を奪わんとするインベイダー以外には」
軽やかに発せられた彼の言葉には、不思議な冷気が宿っている。
それはまるで、白く美しいのに大地を凍らせる氷雪のように。
「あ、そろそろ時間。だよ。マスター」
「ホントだ。早く片付けなきゃ」
「洗い物は任せて。マスターは学校の準備を」
「ありがとう! お礼に、後でケーキ奢るから!」
私の言葉に、フォルティオスは嬉しそうに笑ってくれる。
こんなことでしか彼に笑顔をあげられない自分が、少し、嫌になった。
学校帰り、いつものように向かった店長さんのカードショップは
「あれ? 今日、お休みだったっけ?」
電気が消えていた。
「いや、聞いてねえけど?」
カードショップは平日だと夕方4時過ぎから8時くらいまでがピークだそうだ。
仕事や学校帰りの人達が気晴らしにやってきてバトルする。
最近好きになってきたその喧騒が、今日は聞こえてこない。
近づいてドアを見てみれば、『本日、臨時休業』の札までかかっていた。
どうしてだろう?
ドアに近づき、そう思った、その瞬間。
『マスター!』
「美空!」
ドアが開き、中から伸びてきた手が私を引いた。
開いたドアが私を呑み込み、後を追ってきてくれた雄太が滑り込んだのと同時に、昏かった店内はパッと明るさと輝きを取り戻す。
そして、私の耳には――
『は~~い! マヤヤの『アナザーワールド』大好きチャンネル! 特別版!
はっじめるよ~~♪!!』
何度も聞いたことのある。
でも、初めて直接聞く鮮やかな声が、木霊のように響いていた。




