第16話 嵐の前
店長さんはミッチリ、ガッチリ宿題をさせた後、ではあったけれど。
「昨日の戦いは、デッキもプレイングも見事なものだった。
胸を張っていい。君達二人は、僕の背に土をつけたんだ」
昨日の動画を見ながらの反省会で、そう褒めてくれた。
横にはフォルティオスやシエロさんもいるけれど、二人は基本、口を出さない。
出すな、と店長さんから釘を刺されている。
「初心者にしては、なんてことは言わない。美空ちゃんのプレイングにも、雄太君のデッキ構成にも、いずれトップに手が届く若い力の片鱗を、確かに感じたよ」
「なんだか嬉しいね。雄太」
「うん」
店長さんという日本トッププレイヤーからの賞賛は素直に嬉しかったし、配信動画を見ても、そんなに酷いコメントがなかったことにもホッとした。
「まあ、勿論、いい所ばかりではなかったけどね。初心者で知らなかった、では済まない凡ミスが多かった、ということは自覚しているかな? 美空ちゃん」
「はい」
思い出すと、恥ずかしさで穴に入りたいレベルのミスが。たくさんあった
一番はやっぱり、手札全差しとキャラ管理だろうか。パワーを0にして、大事なキャラを横取りされてしまったことは辛かった。そういうことがあると知らなかったにしても、注意はするべきだっただろう。
「横取りに関しては、教えていなかったことと、師匠と戦うことを想定していなかったとはいえ、メジャーなドローキャラクターを使った自分にも原因があります」
「まあ、そうだね。でも、それは金に糸目をつけず、強カードやレアカードを入れられない学生の現状では、仕方のない所ではある。
……美空ちゃん」
「あ、はい!」
店長さんが私に視線を向けた。眼鏡を指で、くいっと上げる仕草は、課題を出す前の先生のようだ。
少し緊張して、背筋が伸びる。
「『フォルティオスデッキ』の一番の弱点は何か、解るかな?」
そして、正真正銘の課題を出された。
私は、うーん、と考える。
「雄太君は教えちゃダメだよ。フォルティオスも」
「はい」
「解っている」
雄太がそう言う、ということは、きっとゲームをするプレイヤーなら基本的なことなのだろう。
『フォルティオス』ではなく、『フォルティオスデッキ』の弱点。
あ、そうか。
「フォルティオスが落とされたら、立て直しが難しい、ってことですか?」
「正解」
よくできました、というように店長さんが微笑する。
確かに、昨日のバトルで一番大変だったのは、二度目のシエロさんの降臨だ。
一度目は、なんとかできた。
でも、肉を切らせて骨を断つ、なんて言葉があるように、一人目を犠牲にして、こちらの主力と相打ち。二人目をすぐに出して追い打ちをかける、なんていうのは、対戦タイプのゲームなら基本なのだろう。
「フォルティオスは基本、一枚しかデッキに入らないカードだ。
初手に来なければ、その後、手札に来る期待値はかなり下がる。オリジナルということになっているβ版は勿論だが、能力がナーフされた製品版でさえ、複数枚の入手は不可能と言っていい」
「もう一枚、カードを用意することはできなくもないけれど」
「やめろ、愚か者。お前のカード一枚で、どれだけの騒動になったか忘れたのか?」
「そうだね。僕も勧めない。二枚目のVFが、しかも美空ちゃんの手に渡ったら、今の騒ぎどころではない話になる」
確かに。数百万円のカードを一枚引くだけでも、宝くじに当たったような確率なのに、二枚目なんて。
「『アナザーワールド』が強いカードの再販をしないのは、そういう意図がある。
どんなカードゲームでも、一枚の強カードだけでは勝てない。それを出す為、サポートする為の準備が必要だ。その点、雄太君が作った美空ちゃんのデッキは、きちんと考えられた良いデッキだ」
「それは僕も感じるよ。コープスダンスもそうだけれど、もし僕が万が一倒れても、ソルシアの呪法やエーヘルシトの能力者達の力で呼び戻せる可能性を残してくれている」
「そうなんだ」
フォルティオスが、注意深く店長さんの様子を窺いながらも、雄太を褒めたたえる。
デッキをよく確認してみれば、私が使われた『イースターの夜』も入っていた。
捨て札置き場からコンタクトカードを呼び戻す呪法なんだって。
他にも、ダメージに落ちた場合でも戻すことができるカードも入っているらしい。
だから、ソルシアとコンビを組んでいるのか。
自分のデッキなのに、解ってなかったよ。
「まだまだ改良の余地はあるけれど、方向性は間違っていない。
美空ちゃんはまだまだカード知識が足りないし、そこは雄太君が補ってあげるといい。
すぐに上位陣とも戦えるようになるだろう」
「……ありがとうございます」
「僕も一通り、呪法などの知識はあるつもりだけど、遊戯の中でどう扱われているかは解らない。教えてもらえると嬉しい」
「私にも教えて。先に教えてもらえてなかったら、コープスダンスも、きっと使えてなかった」
私達の願いに、雄太は少し押し黙り、一度だけ息を吐くと、
「解ったよ。
お前らは、本当に俺がいないとダメなんだから」
そっと囁くように嗤った。
その瞳がどこか乾いているように見えて、少し気にはなったのだけど。
「そうだね。君達には、まだまだ学んでもらわないといけないことが多い。
もうすぐ秋トーナメントの予選も始まる。最低でも地区予選くらいは突破してくれよ。
本選出場の資格くらい、余裕で取ってもらわないと、僕の師匠としての立場がない」
問うより先に次の課題が振る。
秋のトーナメント? に参加して予選突破?
「え? でも私、公式戦にも参加したことないんですけど」
「来週のトーナメント予選が初公式戦かな?
女子にはレディーストーナメントっていうボーナスステージもあるけれど、あそこはあそこで厳しいからね」
「そうなんですか? 女性リンカーもいらっしゃるんですね」
「うん。今年のトップテンにも、女性が二人いる。日本人も一人」
トップテンというのは、『アナザーワールド』の最上位ランカーの称号だと以前聞いた。
カードゲームは基本、男性が多いというから、そこで実力を発揮するなんて凄いんだなあ、と、その時は素直に思う。
「ああ、あの人ですね」
「あの人?」
「女性を侮っちゃいけない。特にリンカーなら、なおさら。これは僕の経験からの忠告だよ」
「?」
いつも飄々として、余裕のある表情を崩さない店長さんの顔色が、珍しく白い。
シエロさんも、なんだか苦笑しているし。
「まあ、『アナザーワールド』をやっていれば、いずれ会うことになるさ。
無理に自分から台風に飛び込んでいくことはない」
「顔だけなら、後で見られるぜ。教えてやる」
「雄太君。そういうのは教えなくていいから」
どうやら店長さんは相当その人が苦手らしい、と解って、逆に興味が湧いた。
どんな人なんだろう。
まあ、その時の私は完全に他人事で。
店長さんの言う『台風』が、やがて自分めがけて突っ込んでくることになるとは、思っていなかったのだけれども。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『……ニューヨーク発、成田空港行きは、間もなく搭乗手続きを開始します。
お乗り遅れのないように……』
「よーし! 帰るよ、加奈子。久しぶりの日本だ!」
『はしゃぎすぎるなよ、マヤ。また引かれるぞ』
「え~。逃げる京ちゃんが可愛いのに。
まあ、大丈夫。今回の目的は京ちゃんじゃないし。
加奈子もシエロと喧嘩しちゃダメだよ」
『……あちらが喧嘩を売ってこなければ、こちらは何もしない。
ファンタズマは基本、騒動が嫌いなのだ』
「待っててね、京ちゃん! フォルティオス!
そして、噂のニューフェースちゃん♪ マヤヤが今、行くよ!」
『だから、話を聞けというのに!』




