第15話 リンカーの資質
「店長さん!」
私は学校が終わるとすぐ、兎にも角にも全力疾走で店に向かい、細く開かれていたドアから中に飛び込んだ。私はこう見えても足は速い方だと思う。
持久力もあって中学校では長距離走の選手になったこともあって、じゃなく!
「お帰り、美空ちゃん。昨日はお疲れ様。雄太君も一緒かい?」
「すぐ来ると思います。私、途中で置いてきちゃったから。じゃなくってですね!」
月曜日で店休日だという店の中は、静かでひんやりとしている。
その中でパソコンに向かっていた店長さんは、いつも通りの笑顔で迎えてくれたけど。
私は全力で詰め寄って疑問を叩きつけた。
「なんで昨日の異世界バトルが、配信なんてされているんですか!」
「あれ? 言ってなかったかな? あそこは僕達には分からない仕様になっているって」
「それは聞きましたけど、あのバトルフィールドの対戦が配信されるなんて聞いてません!
他に誰もいなかったし、録画機材とかも無かったのにどうやって?」
「そっちは、まあ、言ってないな。でも、あれはオートなんだ。
あのフィールドを使ってバトルをすると、自動的に配信が始まる。そこに僕達の意思が介在する余地はない。仕組みは誰も解らない」
「でも、配信されるって分かってて私を呼んで、対戦させたんですよね!」
「それはそう。ごめんよ」
私の追及にも、まったく悪びれた様子がない。
分かる。
これは間違いなく確信犯だ。
「師匠……どうして、美空を晒すような真似を?」
少し遅れて、雄太も店に入ってくる。
「雄太君に、昨夜のバトルのことを話したのかな?」
「はい。雄太が昨日、私達のバトルが配信されていたことを教えてくれたので、異世界フィールドに行ったことも、そこでバトルしたことも話しました」
「そうか。まあ、僕も口留めしなかったしね。いいよ。雄太君に伝わるのは想定の範囲内だ」
「いいんですか?」
問いかける雄太の瞳は、信頼する店長さんの謎の行動を前に、不安げに揺れていた。
私が半異世界に呼ばれたことやそこでの対戦の話をしたら、とりあえず納得してくれたのだけれど。
やっぱり信じられない、という顔をしていた。
「別に、口外禁止の決まりや罰則があるわけじゃないから。
異世界云々が広く知られると騒ぎになるし、パートナーにとっても『アナザーワールド』にとっても面倒なことになるから、積極的に触れ回らないだけだ。
他のリンカーも、子飼いや仲間、部下などに伝えている事例があると聞いている」
でも、異世界『アナザーワールド』は本当に存在する。
店長さんの行動は全て、その事実に基づいている。
「雄太君には『アナザーワールド』の真実も既に知らせている。
僕が師匠として、美空ちゃんの安全の為に、って頼めば黙っていてくれるよね」
「それは……最初から誰にも言うつもりなんて、なかったですけど」
雄太が俯き、唇を噛みしめているのが分かった。
もしかしたら。
もしかしたら店長さんは、私もそうだけど秘密を知った雄太を囲って監視する為に、弟子入りを了承したのかな。
私でさえ思うのだから、雄太はきっと、もっとはっきりと感じているのだろう。
だから、私は雄太の顔を覗き込んだ。
「雄太。『アナザーワールド』や、店長さんの弟子、辞めるとか考えてたり、する?」
この前とはちょうど正反対になるけれど、問うてみる。
私はフォルティオスのこともあるから無理だけど、雄太には、そういう選択肢もあるのだと思い出した。
でも。
「私は、雄太と一緒に『アナザーワールド』をやっていきたいよ。
雄太が作ってくれたデッキがないと、まだ戦えないし、もっともっと色々教えてほしい」
店長さんという師匠がいるだろう、と言われるかもしれないけれど。
それとこれとは別。
雄太は、私の『アナザーワールド』の原点だから。
なんとか辞めないで、と頼もうと思っていた。
私の問いかけに、雄太ははにかむように静かに笑うと、
「辞めねえよ」
はっきりと、そう答えてくれる。
「俺は辞めない。自分の為にも、お前の為にも、ここで辞めるわけにはいかないから」
「良かった。ありがとう」
私は、心底、心から安堵した。
大好きな幼馴染と、これからも同じ道を歩み、進んでいけるのだと
昨日の雄太も、同じ気分だったのだろうか?
そう思ってくれたらいいな。本当に。
「師匠。俺は『アナザーワールド』も、師匠の弟子であることも辞めませんし、秘密は誰にも言いません。だから、ちゃんと話して、教えてください。
置いていかれるのは御免です」
「教えられること、言えることは教えてあげる。でも、伝えられないことは、どうしてもある。
君は選ばれていないからね」
雄太の顔が歪むように俯く。
「店長さん!」
「京也!」
その時、現れたフォルティオスは私達の前に立ち、大きく手を広げる。
きっぱりと言い放った京也さんの言葉の刃から、私達――雄太を庇うように。
「勘違いしないでほしい。『リンカー』に選ばれることと、優れていることはイコールじゃない
雄太は選ばれてこそいないが、優れた資質を持つ――戦士だ」
「それは勿論、分かっているさ。だからこそ僕は、彼を弟子にすることを了承した。
美空ちゃんに必要なのは、勝たせてくれる人間だけじゃない。負けた時にも、隣にいられる人間だから」
「なら……」
でも、その護りの背から抜け、雄太は自分の足で前に進み出る。
「大丈夫だ、美空。フォルティオス。はい、分かっています。師匠」
深く呼吸し、何度か瞬きをした雄太は、胸の前に手を当てて告げた。
「今、俺は、美空を助けたいだけですから。その為の力をください」
誓うように、祈るように。
「僕にできるのは、君に相応しいと思う道を指し示すだけ。その道を進むか、どう歩むかは君次第だよ」
「はい。それでいいです。よろしくお願いします」
私は多分、雄太の思いや、店長さんの危惧を、ちゃんと理解してはいないと思う。
でも。
「これからも、雄太がいてくれたら絶対大丈夫。頼りにしているから」
それだけは分かる。信じてる。
だから伝えた。雄太の手を、しっかりと握りしめて。
「……ありがとな、美空」
「美空ちゃん。これをあげよう」
話の終わりを見計らって、店長さんが私にカードを投げ渡した。
「なんですか? これ」
「パーマネントカード『IPフォン』。
ゲームでは、キャラクターのパワーカードを継続的に別のキャラクターへ移すカードだけれど、多分、現実で使えば『アナザーワールド』とこちらで連絡を取り合うことに使えると思う」
「わっ!」
私がカードを手に取ると、ポン、と軽い音を立てて、カードがインカムというか、ヘッドフォンの付いたスマホ一組に変わった。
ホント、何かのアニメかゲームみたい。
「いいんですか?」
「昨日の配信の出演料みたいなものだよ。君のリンカーとしてのレベルも少しアップして、こちらで一、二回、スペルを使えるくらいにはなったと思う」
「でも私、スペルの種類とか分からないです」
「だから今回は、僕が見繕ったんだ。今後、君が向こうに行くことも、あそこでバトルすることも増える。そんな時、雄太君に助けを求めるなら、それで連絡を取ればいい」
「バトル中に、そんなことして大丈夫ですか?」
「公式試合では勿論ダメだけど、あそこでのバトルでは別に禁止されてはいない。
配信されていることを考慮しつつ、慎重に使う分には構わないよ」
「ありがとうございます。……雄太」
私は雄太と向かい合い、スマホを一つ差し出した。
「これ、持っててくれる? 私、昨日の対戦、とっても怖かった。ミスもいっぱいしちゃって、雄太が教えてくれてなかったら、全然ダメだった。
だから、できるなら、これからも助けてほしい」
「君に、本当に覚悟があるのなら受け取るといい。ただし、受け取ったら、もう後戻りはできないけど」
「いいです。後戻りなんてするつもり、ないですから」
店長さんの言葉に背を押されるように、雄太は手を伸ばし、スマホを受け取ってくれた。
「ありがとう、雄太」
「……気にすんな、美空」
そんな私達を見やり、静かに笑うと
「じゃあ、二人共。今日の学校の宿題を出して。まずはそれを片付ける。その後、動画を見ながら昨日の対戦を検討しようか」
話題を切り替えるようにそう、告げた。
「へ? なんで勉強が先なんですか? 師匠」
頓狂な声を上げたのは雄太だ。私もまさか、カードショップで宿題やれと言われるとは思わなかったけど。
「当然だろう? 富樫先生と約束して君達を預かった以上、学業を疎かにはさせない。
それに、今年の世界大会の会場は台湾とアメリカだ。
最低でも、英語の日常会話はできるようになってもらわないと」
「もしかして、連れてってくれるんですか?」
「行く気があるのなら、交通費、宿泊費くらいは出すよ。
師匠として」
「本当に?」
「美空ちゃんを紹介しろと言ってくるランカーも、もう何人かいるし。
できれば自分で参加資格を取ってほしいけどね」
「よっしゃあ! 初めての海外!
行きます! 絶対に行きます!
……一緒に行こうな、美空」
「うん」
この時の私は、世界大会どころか公式大会のイメージさえ湧いていなかったのだけれども、
「アメリカかあ、楽しみだなあ。お姉ちゃんに会えるかな」
能天気にそんなことを考えていた。
話は終わり、事件は解決したのだと信じて。
店長さんが雄太に告げた覚悟の意味にも、雄太が笑顔で隠し、蓋をした思いにも、気付くことはなく。
気付こうともせずに。




