第14話 戦いの後の二人
翌朝。
私はあくびを噛み殺しながら、身支度を整えていた。
昨日はなんだかんだで遅くなり、『こちら』に戻ってきたのは深夜一時過ぎだった。
床に入ったのは二時を回ってから。
お姉ちゃんがいなくて良かった。一緒に暮らしていた頃だったら、絶対に怒られる。
制服に着替えてダイニングキッチンに向かうと、なんだか空気が温かい。
「おはよう、マスター。昨日はお疲れ様」
不思議に思っていると、柔らかい声と笑顔が私を迎えてくれた。
「フォルティオス! もしかして寝なかったの?」
「心配しなくても、ちゃんと休んだよ。こっちの寝台は上質だね。
あんなふわふわの布団なんて、陛下でも使えない」
笑いながら告げる彼の手には、ティーポットがあった。
お姉ちゃんが家を出てから、ずっと埃を被っていたやつ。
「ただ、昨日は僕のせいで、君を最初から最後まで大変な目に遭わせてしまったから、少しでも労いたいと思って。
台所と茶葉を勝手に使ってしまったけれど、拙かったかな?」
「あ、ううん。それはいいの。
でも、お茶、淹れられるんだ」
「向こうにも紅茶はあるよ。シエロは紅茶党。コーヒーを黒い泥水と嫌っていた。
だから、京也も紅茶を入れていたのかな?
鈴音は緑茶派で、加奈子は逆にコーヒーに煩い。
だから訓練の後、色々仕込まれてね。一通り覚えたんだ。
どうぞ。
朝のお茶は元気とやる気を与えてくれる」
差し出されたカップは温かく、ほんのり花の香りさえするようだ。
「食事の準備は好みがあると思ったから、していないけれど、パンくらいなら焼けると思う」
「大丈夫。朝は食べないこと、多いから」
「それは健康に良くないな。朝の食事は一日の活力だよ」
『こら。寝坊しても、ちゃんと食事はしなさい。一日の活力だぞ』
そんなお父さんの声が聞こえたような気がした。
「……紅茶、貰うね」
椅子に座って、ティーカップに口を付ける。
紅茶が好きだったのはお母さんだ。
綺麗なカップを集めるのが好きで、紅茶を入れるのも上手で。
「こんなに飲み切れないよ」って何度言っても、季節ごとに新茶を買ってきていた。
それを受け継いだお姉ちゃんも紅茶に凝っていたけど、私は飲み専。だから、お姉ちゃんが家を出てからは牛乳やペットボトルドリンクで済ませていた。
「……美味しい」
丁寧で正しい手順で淹れられたと分かる紅茶は、澄んだ味わいで、渋みや苦みがまるでなく、心にじんわりと染みるよう。
「お茶を淹れるの、上手だね。フォルティオス」
「それは良かった。って、大丈夫かい? マスター。泣いてる?」
「ごめん。湯気が目に染みただけ」
「ならいいけど」
心配そうに顔を覗き込むフォルティオスに、家族を思い出してしまったなんて言えない。
紅茶が美味しかったのも、嬉しかったのも本当だし。
「良ければ、また淹れてくれると嬉しい」
「いつだって。マスター」
昨日のバトルの後、『美空』と呼んでくれたフォルティオスの呼び方は、『マスター』に戻っていた。
少し寂しくはあるけれど、自分から「美空と呼んで」と頼む勇気は、まだない。
まだ、会って一日なのだ。
「あ! おじ様からの呼び出し。学校に行く前に寄りなさいって。
ごめん、フォルティオス。明日から、ちゃんと食べるから」
「待って、マスター。僕も行く。カードは忘れずに持ち歩いて」
「分かった」
焦らず、少しずつ絆を深めていこう。
昨日のバトルや、食事のように。
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「そういう訳で、君達のことは当面、京也君に一任することにした。
万が一、盗難や脅迫めいた行動があった場合には、すぐに私に言いなさい。対処する
「ありがとうございます。おじ様」
早朝8:00の富樫家、玄関先。
登校前だから手短に、と。
雄太のお父さんであり、私の後見人でもある壮太おじ様は、昨日の話し合いについて説明した後、そう言ってくださった。
良かった。
店長さんは無事、おじ様を説得してくださったようだ。
「京也君は、お前達の勉強の方も見てくれるという。
本人も言っていたが、塾だと思って彼の元に通うように。
その間に、私も今後どうするか考えてみる」
京也君。
おじ様の態度がどことなく柔らかい。
「おじ様、店長さんと知り合いだったんですか?」
「いや。だが、話を聞いているうちに、同じ大学の後輩だと分かったからな。
カードゲームなどやっている割にしっかりした青年だ。
受け答えや今後についての考えも、対処も立派なものだったし」
おじ様の後輩ってことは、T大卒か。やっぱり凄いんだなあ、店長さん。
と、改めて当たり前のことを思う。
「それで、そのカードは? 持ち歩いているのか?」
「はい。今も。学校の後、店長さんの店に行くつもりだったので」
デッキからフォルティオスのカードを出して、おじ様とおば様に見せる。
ほう、とおじ様が目を細めた。
綺麗なカードだとは思うけれど、このカードが数百万円もするなんて、普通の人は思わないよね。
フォルティオスのことがあるから、今は私もそれだけの価値はあると思うけど。
「私としては、京也君の店に預け、必要な時に使う形にした方が安全だと思うが、そこは美空ちゃんの判断に任せる。学校には一応連絡しておくので、十分に注意するように」
「ありがとうございます」
「話は終わりだ。遅刻しないように学校に行きなさい」
「はい。行ってきます。行こう、雄太
「ああ、うん」
私は雄太を促して、玄関を辞した。
二人で並んで歩道を歩く。
学校までは徒歩圏内。
そんなに遠くはないけど、あまりのんびりしていられる時間でもないから。
「おじ様が許してくれて良かったね」
「まあ、な」
私の一歩後ろを歩く雄太は、今ひとつ元気がない。
おじ様に、店長さんへの弟子入りと『アナザーワールド』を続ける許可を得られて、喜んでいると思ったのに。何か怒られたのかな?
少しでも雄太を元気づけたくて。
「そうだ! 雄太、デッキありがとう! 使ってみて分かったけど、雄太、本当にフォルティオスの実力を発揮できるように組んでくれたんだね」
私は、感謝を口にした。
素直に、心からの思いで。でも
『マスター!』
「うわっ! 何?」
「……使った?」
「あ!」
瞬間、ピキンと頭に電気を流されたような衝撃が奔る。
フォルティオスの動揺に、失言をしたと気づいた時には、もう遅かった。
「いつ、どこで使ったんだよ。あの後! 家に帰ってから!」
「痛い! 雄太!」
雄太がいきなり私の腕を掴み、捻り上げた。
ここまで急に反応してくるのは予想外だ。
目が完全に据わっていて、苛立ちと共に私を見つめている。
「そう……家で。フォルティオスに見て貰いながら動かしてみて……」
とりあえず誤魔化してみようと思ったけれど、雄太の反応は斜め上。
「嘘つくな! 店長と対戦してただろ! オンラインか、スタジオ対戦かは分からないけど」
「! どうして?」
どうして『店長さんと』対戦していたと言い切れるのだろう。
私さえ、行き方以外は、どこにあるのか分からない異世界での対戦だったのに。
でも、次の瞬間、驚いたのは私の方だった。
「配信されてたぞ! ネットで!」
「え? 配・信?」
「本名は出てなかったけど。
店長の弟子の女の子がフォルティオス使いだって、全世界に流れた!
何があったんだよ! 美空!!」
スマホを操作し、動画サイトの画面を見せつけられた私は驚愕する。
【極秘チャンネル@アナザーワールド】
『対戦カード プロフェッサーK VS レディM』
『パートナーカード シエロ・スターリーナイト&フォルティオス』
画面には確かに、私と店長さんの異世界対戦が映像として、はっきりと流れていたから。
「うそ! なんでええええ!!!」




