第11話 雄太視点 異世界配信バトル視聴 前編
俺は、タブレットの画面を睨みつけながら思っていた。
どうして。
どうして俺は一人、こんな所で動画配信を見ているのだろう。
『普通にすげえ』『フォルティオスが嬉しそう』『プレミ多すぎだよ』『でも、少し見直したかも』
無責任なコメントが、波のように押し寄せては流れていく。
登録ユーザー数、百二十万人。
『極秘チャンネル@アナザーワールド』
どこの誰が、どういう仕組みで配信しているのか分からない、謎の『アナザーワールド』動画チャンネルだ。
パートナーシステムを採用しトッププレイヤーのバトルもさることながら公式声優の声でキャラクターがしゃべりながらナビゲーションしてくれるのが人気だ。
だから。
美空と一緒に見るつもりだったのに。
「なあ、これって絶対、あれだよな! 生のカードがしゃべってるんだ。きっと!」
そう笑い合いたかったのに。
電灯を消した部屋。ベッドの上で膝を抱えながら、俺はタブレット端末の画面を見つめていた。
『リンカーバトルの配信が開始されます』
『対戦カード プロフェッサーK VS レディM』
俺の手の届かない所に立つ、大切な二人の対戦を。
出不精の幼馴染にトレーディングカードゲーム『アナザーワールド』を教えてやるだけだった筈の俺、富樫雄太の日曜日は、とんでもない大騒動になった。
あいつ、美空が買ったパックから出て来たのは、時価数百万円かもしれない超レアカード。
しかも『アナザーワールド』とよく似た異世界の能力者達が宿っているという。
それを狙う強盗は現れるは、カードゲームキャラがしゃべり出すわ。
SNSを通じての奪い合い、狙い合いの大騒ぎは警察沙汰にもなり、堅物の親父にまで連絡が行った時にはどうなることかと思ったけれど。
「まあ、当面は様子を見るとしようか」
親父は店長との話し合いの後、ため息と共にそう沙汰を下した。
「マニアにとっては垂涎の高額カードでも、美空ちゃんにとっては、ゲームに使う大事なカードです。僕は、その意志を尊重したいと思います」
店長が事情を説明するため、わざわざ家まで来て
「本当は売却してしまった方が安全かとも思うのですが、当面は僕が後ろに立ちますので、彼女がカードを所持すること。そして、雄太君と美空ちゃんの二人がゲームを続けることを、お許し願えないでしょうか?」
丁寧かつ熱の籠った弁舌でそう説明してくれたおかげだ。
「京也君はカードゲームショップの店員の割にはしっかりした人物だし、お前達にも、カードの安全にも責任を持つと言っている。
お前が美空ちゃんの側について面倒を見るのなら、カードゲームを続けてもいい」
「ありがとう! 親父!」
親父とお袋は、かつての親友夫婦の忘れ形見である美空に甘いし、ある意味、俺よりも過保護だ。
『安全第一、カードゲーム禁止!』
と言われる可能性もあっただけに、俺は心の底から安堵した。
何せ、俺の信用度は美空のそれとは違い、地を這っている。
これでもグレたり親に反抗したりせず頑張っているつもりではあるのだが。
T大法学部卒。大手弁護士事務所で次席を張る親父には、部活もせずにカードゲームに夢中になる俺は、物足りなく、そして頼りなく見えるのだろう。
「すみません、師匠。わざわざ足を運んでもらって。おかげで助かりました」
「いいんだよ。一度引き受けた以上、最後まで面倒を見るのが務めだ」
俺一人では、絶対に許してもらうことはできなかった。その自覚はある。
普段は緩く見える店長が、ビシッとスーツを着込み、理路整然と事情を説明する。
その様を見た俺は、尊敬するこの人に認められ、師事することを許されたのだと、誇らしく思っていた。
トレーディングカードゲーム『アナザーワールド』日本チャンプ。世界ランキング十二位。
世界にその名を轟かせる、プロフェッサーK。
俺は、今日から彼の弟子なのだ。
これからこの人について学び、世界を目指す。と。
俺は、かなり有頂天になっていた。
「じゃあ、僕はこれで。明日は二人で店においで。本当は店休日だけど、店を開けておく。
丁度いいから、本格的なトレーニングと勉強を始めるとしよう。塾だと思って通うといいよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「じゃあね」
店長を見送り、家に戻ると、親父が腕を組んで唸っていた。
「カードゲームなど子どもの遊びだと思っていたが、なかなか侮れないようだな。
数百万円の金が動くとは」
「だから、前から言ってるだろ? 奥が深くて、凄い世界なんだよ!」
「一応、私の方でも調べてみる。だが、お前はとにかく美空ちゃんを守れ。京也君も言っていたが、お前が一番近くに立つことになるのだからな。
泣かせることなどないように」
京也君と、随分店長を気に入ったらしい親父の言葉がちょっと誇らしい。
「分かってる。絶対に守ってみせるから!」
「あと、学業も怠るなよ。帰宅部を許しているのだ。別にT大に入れなどとは言わんが、浪人は許さん」
「そっちも分かってる。店長、いや、師匠からも、勉学は怠るなって言われてるし」
「京也君が勉学も見ると請け負ったからな。まあ彼の言う通り、塾に通わせていると思ってやろう」
『カードゲームは、突き詰めれば計算と理論だ。世界大会で外国のランカーと戦うにも、語学が必要になる。カードゲームを理由に学業を疎かにするような怠け者に、教えることはない』
美空と一緒に師事することになったあの人から、最初に言われたのがそれだ。
成績を落とすわけにはいかない。
「自分の立場とやるべきことを分かっているなら話は終わりだ。部屋に戻ってもう休め。
明日は休日ではないのだからな」
「ったく……。お休み!」
親父の口煩さにはうんざりするが、言っていることは正論なので文句も言えない。
自分が恵まれていて、なんだかんだ大切にされているのも知っている。
何より。
両親を亡くしている美空を思えば、両親が揃っている俺が愚痴など言える筈もなく。
俺は逃げるように部屋へ戻る。これ以上の藪蛇は御免だ。
風呂に入り、寝支度を整えれば、時計は夜の十時を回っていた。
明日のことを考えれば、床に入った方がいい時間なのは分かっている。
だが、その時、スマホがピロリンと軽い通知音を立てた。
俺は画面に指を滑らせ、声を上げる。
「やった! 久しぶりの極秘チャンネル、バトル配信じゃん!」
『極秘チャンネル@アナザーワールド』
登録ユーザー数、三百二十万人。
不定期更新ながら、このバトル配信を行うチャンネルの動画が他のサイトとは別格の、異常な人気を示すのには訳がある。
まず、このチャンネルに招待されるメンバーは、その全てが日本、時には世界のトップリンカーであること。
基本的に匿名で、顔も名前も出てこない。
だが、特に有名で、おそらく自信のある者達はプレイヤーネームを公開しているし、デッキやプレイングを見れば、その傾向も分かるから見当もつく。店長の配信も何度かあった。
第二にパートナー制を採用しており、デッキのメインキャラクターが公開されていること。
そしてプレイヤーが、そのキャラクターと会話しながら戦う形で対戦が進むのだ。
プレイヤーの音声にはフィルターがかかるが、パートナーキャラクターに公式声優が採用されていれば、その声で。そうでない者にはオリジナルの音声が付与される。
まるでキャラクター本人がしゃべっているかのような臨場感に、ファンが多いのだ。
俺も最初は、この配信のために公式声優を雇っているのだと思っていた。
だが『真実』を知った今は違う。
「きっと、この配信に出てくるメンバーは、店長さんが言ってたパートナーカードを持つ『リンカー』で、実際にカードとしゃべりながら戦っているんだな」
自然と優越感に頬が緩む。
皆が知らない秘密を、自分は知っている。
なんて気持ちがいいんだろう。
「そうだ。美空にも教えてやろう!」
両親に知られれば、一人暮らしの女の子に電話をかける時間ではないと怒られるだろう。
だが、自分と美空の仲だ。
きっと許して貰える。
タブレットで動画を見ながらスマホで話し、この気分を共有したいと思ったのだ。
だが、スマホはいつまで経っても、呼び出し音を鳴らすのみ。
澄んだソプラノの返事は、返ってこなかった。
「もう、寝ちまったのか?」
俺は一旦電話を切り、通知を確認する。
配信開始は二十三時。もう間もなくだ。
仕方ない。
一旦、一人で見て、後で振り返り配信の時にでも――そう思った瞬間、スマホを取り落とした。
配信通知が目から脳を焼いたかのように、身体が動かない。
『対戦カード プロフェッサーK VS レディM』
『パートナーカード シエロ・スターリーナイト&フォルティオス』
通知には、そう書かれていた。




