第10話 異世界での初バトル 後編
試合開始から、僅か三ターン。
盤面は、もうどうしようもない所まで行ってしまった。
「……今の、なんですか?」
「『デス・コード』。コンタクトしていないキャラクターを、全て捨て札にする術だ。ソルシアは、こういう大掛かりな魔術が得意でね」
「確かに、そう聞いてましたけど……」
「手札の全差しもよくないよ。カウンターがないと、相手に解ってしまう。ブラフでもいい。一枚手札に残して、相手を牽制するのもテクニックだ」
「…………はい」
フォルティオスが残ったのは、せめてもの救いだと思う。
彼には、パワーがたくさん残っている。
でも、彼をサポートするキャラクターがいない。
敵と味方を参照して能力を上げる彼は、今、敵の分しか能力値が上がらない。
相手のフィールドに残っているのは四人。
攻撃力1400。防御力1400だ。
防御力1800のシエロさんには、敵わない。
「降参してもいいけど、最後まで戦い終えた方が経験値が上がるから、もう少し頑張って」
「はい…………」
店長さんは、シエロさんにパワーを四枚。
残りのキャラクター二人にも、一枚ずつパワーを与えて終了した。
私は泣き出したい思いを抱えながらも、一枚ドローする。
出てきたのは、スペルカードだった。
「あ、これって……」
雄太との対戦を思い出す。
『へえ、このカードって、そう使うんだ』
『スペルは積極的に使えよ。出し惜しんで負けたら、終わりだからな』
「ねえ、フォルティオス」
カードを握る手が、ギュッと音を立てた。
「なんだい。マスター」
たった一人、フィールドに立つ私の戦士に呼びかける。
「この試合は、多分、負けると思う。でも、このまま負けたくないの。私の全部を出し切りたい。信じてくれる?」
我ながら、多分、ぐしゃぐしゃの顔をしていたと思う。
目のが滲むし、鼻もくすぐったい。
でも、まだ少しでも勝機が残っているのなら、諦めたくなかった。
負けるのが当たり前だと思いたくなかった。
フォルティオスの力を、ちゃんと引き出して『勝ち』たい。
『シエロと対等の場に立ちたい』
彼の願いを叶えたい。
そう、心の底から思う。
自分の中にこんな熱い思いがあるなんて。
「ああ。信じてる。君の思い通りに」
「ありがとう。店長さん。行きます!」
大剣を構え、戦闘態勢を取る彼に頷いて、私はたった一枚。
手元に残ったカードを掲げる。
「何か、起死回生の手を引いたかい? どうぞ。受けて立つ」
「敗北が決まっても諦めぬ、その意気やよし! 来い。子猫! 小僧!」
店長さんの手札は一枚。
カウンターがあったら終わりだけど、そんなことを気にしている余裕はない。
「ファストスペル! 『コープスダンス』!」
私が呪文を唱えると、キャラクター達が捨て札置き場から戻ってくる。
さっきまでよりもさらに淡い、幽霊のような存在だけど。
彼らはフォルティオスの周囲で手を繋ぎ、輪を作る。
フォルティオスに、力が光の容をとって加算されていくのが解った。
「…………ごめんよ。僕が不甲斐ないせいで、君達を守り切れず。でも、君達の力、無駄にはしない!」
「コープスダンスを、そう使うのか」
「ほう。面白い」
シエロさんが感心した、というように息を吐いた。
『コープスダンス』は、エーヘルシトのキャラクターが一人いれば、0コストで使えるファストスペル。
任意の捨て札されたキャラクターを、一ターンだけ場に呼び戻すというもののだ。
呼び出された彼らは、コストを払わずに敵の攻撃を防御するインターセプトのスキルを持ち、敵の攻撃をガードしてくれる代わりに、ターンが終わればダメージ置き場に置かれ、敗北要件を増やしてしまう。
本来なら、敵の一斉攻撃を阻んで時間を稼ぐカードだ。
でも。
フォルティオスの場合には、別の意味と力を持つ。仲間を増やす、という。
捨て札され、コープスダンスで呼び戻したキャラクターカードは四体。
フォルティオスの攻撃力と防御力が、400ずつ加算される。
今、敵のフィールドには四体。
攻撃力1800にまで上昇。
防御力1800のシエロさんにも、届く筈だ。
「フォルティオス! そのままシエロさんを攻撃して!」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、フォルティオスの瞳が揺れた。
でも、彼は何も言わなかった。
剣を握り締め、真っすぐに敵へ向かう。
「承知した。マスター。行くぞ! シエロ!!」
「受けてやろう。小僧!」
この戦い、最初のバトル。
シエロさんが微かに指を鳴らすと、フォルティオスのパワーが二枚、奪われたのが解った。
タリスマンの守りは効かないのだろうか。
でも、大丈夫。
まだ、パワーは残っている。
星の賢者シエロさんの攻撃力は1400。
このターンでフォルティオスが落ちることはない。
「行って! フォルティオス!」
「闇を、切り裂く!」
上段から振り下ろされた一刀が、光を宿してシエロさんを袈裟懸けにする。
シエロさんの目に、予想外のものを見たような光が宿った。
「? どうし……て?」
次の瞬間。
さらさらと砂が零れ落ちるかのように、シエロさんの像が形を失い、消えていく。
場から完全に退場すると店長さんのダメージカウントが、2増える。
「勝った、のか?」
「やった! 計算通り!」
なんだか、フォルティオスは呆然としているけれど。
「もっと喜んでよ。シエロさんを落としたんだよ!」
「……そうだね」
フォルティオスは、不思議そうに自分の剣を見つめ、それから私を見た。
「君がいたからだ。マスター」
「うん。私達、一矢報いることができたんだ!」
静かに、でも確かに嬉しそうな笑みを浮かべてくれるフォルティオス。
私はそれが、とても嬉しかった。
「お帰り、シエロ。今のは?
負ける局面じゃなかっただろう?」
シエロさんの影が、店長さんの横に戻る。
「ああ。アタック宣言の瞬間、小僧の攻撃力が異常上昇した。
我の防御力を100だけ上回ったのだ」
「やっぱり。
あの表示は、バグじゃなかったのか」
「ああ、あの+100が勝敗を分けた」
「流石だね。僕の目、君の目。そして、彼の目にも狂いはなかったようだ」
「確かに。ただの子猫ではないな。あの娘。
雌獅子の幼体やもしれん。先が楽しみだ」
ここからは聞こえないけれど、何か話をしているようだ。
「あ、まだバトル、終わってなかった。ここから立て直せるかな?」
こちらの場は、手札0。
フォルティオスのパワー1。
コープスダンスで戻ってきたキャラクター達は、ダメージカウントに入ってしまった。
キャラクターは場にも手札にもいない。
向こうはノンネームだけど、三人のキャラクターとパワー2を残していた。
「とりあえず、パワーを完全に0にしちゃうのは拙いよね。ターン終了」
店長さんに、ターンを返す。
このまま時間を稼いで、なんとか立て直せればと思ったのだけれど。
「いい一撃だった。僕の予想も超えたよ」
楽しそうに。本当に楽しそうに笑う店長さんは、やっぱり日本チャンプだった。
「でもね。バトルは最後まで気を抜いちゃいけないよ」
「え?」
「戦場に戻れ。シエロ。復活の儀式――『イースターの夜』!」
「よくやったな。小僧。子猫。
褒美に、ここからは本気を出して相手をしてやろう」
店長さんのスペルが魔法陣を描き、 その中から薄靄の光と共にシエロさんが復活する。
「ぎゃあああ! 二体目? なんで??
しかもパワーが刺さってるし!」
「六十枚のデッキに一枚差しで、欲しい時にカードが来るわけないだろう?
僕のデッキには四・三で、七枚シエロが入ってるよ。というわけで、二段コンタクト!」
「嘘! 防御力1800が、もう一回? 助けて! フォルティオス!」
「くそっ!」
私達の反撃はここまで。
その後はもう、完膚なきまでに踏み潰されてゲームエンド。
完敗ではあったけれど。
試合の後。
「フォルティオス……。
負けてごめんね。 勝たせてあげられなくてごめんね。
私、今、とっても悔しい」
「そう思うことはとても大事だ。
敗北を知らないと、勝利の意味も喜びはわからない。 京也もシエロも僕も、それが身に刻まれている。 戦う者の第一歩を君は今日、踏み出したんだ」
そんな会話をした。
「なら、私、『リンカー』としてのレベル、少しは上がったかな?」
「ああ。
でもレベルなんて関係なく、君は最高のマスターだよ。美空」
「フォルティオス」
「これからも、よろしく。頼りにしてる」
「うん。次はもっと頑張るから、こちらこそ」
敗北の悔しさは今も胸に刺さる。でも。
フォルティオスが、初めて私をマスターでも、リンカーでもなく。
美空。
そう呼んでくれたことが、嬉しい。
二人で見上げた空は高く、異世界とは思えないくらい蒼いかった。
眩しいくらいに。悔しいくらいに。
【配信終了】




