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外伝 第21話 鎖

 少年が迷宮の中央へ移された日、私は食事を運んだ。


 新しい部屋は、前の部屋より広かった。床には乾いた敷物を置き、器を置く場所も決めてあった。


 少年は壁へ手をつき、何歩か歩いた。それから入り口へ戻ってきた。


 格子の外にいる私を見て、額を下げる。


 私は角へ手を伸ばした。初めて見た時より長く、表面も硬くなっていた。

指が触れると、少年は動きを止めた。私が手を引こうとすると、頭がわずかについてきた。


「ここなら、身体を伸ばせる」


 少年は、私の手を見ていた。


「壁に、何か描いてもいい」


 器を置いた。少年はすぐには食べなかった。


 私は中央から外へ続く道を思い出した。ここから、そう遠くはない。少年が私について歩けば、扉まで案内できる。


 だが、地上へ出た後にどこへ行くのか、私は何も決めていなかった。


「すまない」


 その言葉だけを置いて、私は立った。


 格子の向こうで、少年も立ち上がった。私が一歩離れると、同じだけ近づいてくる。


 階段へ向かうまで、足音が二つしていた。


 鎖は、私が設計した。


 王が拘束を命じた時、私は少年の身体がまだ大きくなることを説明した。今の寸法で造れば、すぐに手首や首へ食い込む。


「ならば、伸びるように造れ」


 王はそう答えた。


 私は寸法を取りに行った。


 格子の外から少年の腕へ測り紐を当てると、反対の手で紐の端を持とうとした。私はその手を押さえ、測り終えるまで待たせた。


 胸の高さ、手首の太さ、足を開ける幅。


 数字が揃えば、私には造れた。


 左腕、右腕、左脚、右脚、首。五本の鎖へ、成長に合わせて鎖の長さと輪の大きさを調節する機構を組み込んだ。床の固定箇所にも、それぞれ印をつけた。


 動ける範囲を少し広く取った。食事の器へ手が届く。横になることもできる。図面の上で確かめるたび、ここまでできる、と私は考えた。


 そこから先へ歩けないことは、確かめるまでもなかった。


 工房の奥では、イカロスが羽根を並べていた。


 王の命令を断れば、少年まで危うくなる。宮殿へ呼び出された時の神官の姿を思い出すと、息子を一人で外へ出すことすら怖くなった。


 私は図面を仕上げた。


 最後に首の留め具を描いた。その輪を閉じる線だけ、二度引き直した。


 鎖をかける日、私は初めて格子の内側へ入った。


 少年は、私の胸ほどの高さになっていた。角の先が近い。鍛えた覚えのない腕に、筋肉がつき始めている。


「ムゥ」


 低い声がした。私が持つものへ鼻先を寄せ、食事の器を探している。


「少し、じっとしていてくれ」


 左腕に金属を当てた。少年が手を引いた。


 私はその手首をつかみ、輪を閉じた。


 右腕へ移る時、左手が私の衣をつかんだ。指を一本ずつ外すと、鎖が床を擦った。聞き慣れない音に、少年は足元を見た。


 右腕。

 左脚。

 右脚。


 一本かけるたび、少年の声が高くなった。私が次の鎖を持ち上げると、もう、そちらから身体を引いた。


 五本目を首へ回そうとした時、頭を振った。


「ムゥゥゥゥ!」


 角が肩の近くを通った。私は身を引いた。少年も怯えて後ずさり、腕の鎖が張ったところで止まった。


 今なら、やめられた。


 留め具は、まだ私の手にある。置いて、部屋を出ればいい。王に何を言われるか考える前に、首から手を離せばいい。


 私はイカロスのことを考えた。

 そして、少年がもう一度首を振る前に、輪を閉じた。


 カチン。


 小さな音が、中央の部屋へ響いた。


 五本の鎖が、少年を床へ繋いだ。


 少年は鳴くのをやめた。私を見ていた。器を待っていた時と同じ赤い目なのに、私はもう、その前に立っていられなかった。


 一歩、退いた。


 少年はついてこなかった。


 地上へ出ると、風が目に沁みた。


 工房では、イカロスが鳥の絵を描いていた。


「父さん、お帰り。……泣いてるの?」


「風で、目にゴミが入った」


「嘘。父さんの嘘は分かるよ。設計図みたいに正確に嘘をつくから、逆にバレる」


 息子は笑った。


 私は、机の上の図面を裏返した。


 その下に鎖の図面があることを、イカロスは知らなかった。


 やがてアテナイから、貢物の子供たちが送られてきた。


 少年七人、少女七人。十四人だった。


 私は迷宮へ入る前の列を見た。年長の少年が後ろを振り返り、泣いている少女へ何か話しかけていた。少女は首を振りながら、それでも彼の隣まで歩いた。


 名を呼ぶ声が聞こえた。


 私は、聞き取った名を図面へ書き留めなかった。定員の欄へ、十四と記した。


 少年に鎖をかけた時と同じように、数字から仕事を始めた。


 私には、王に告げずに仕込んだ機構があった。


 生命を保てなくなる直前に、迷宮の外へ送り出す。今の言葉なら、HPが尽きた者の緊急退避だ。意識を失い、迷宮内の記憶も失う代わりに、生きて戻れる。


 仕掛けが作動するたび、転送先へ走った。


 一人。二人。息があることを確かめ、次の作動を待つ。十四人目の胸が動いた時、私は床へ座り込んだ。


 生きている。


 そのことだけで、しばらく何も考えられなかった。


 目を覚ました少女が、起き上がろうとして倒れかけた。私は肩を支えた。


「ここは、どこ」


 迷宮の中で何があったのか尋ねると、少女は首を振った。『分からない』と、小さな声で答えた。


 少女は自分の服を握り、入り口を見た。


 私は水を差し出した。器の縁が、少女の歯へ当たって鳴った。


 家へ帰りたいと言われたら、何と答える……。


 私は先に、少し休むように言った。


 王は十四人をアテナイへ帰さなかった。

 遠い土地へ送った。

 そして、怪物に喰われたと伝えさせた。


 私は、生きていると知っていた。送り出す仕掛けを造ったのは私で、呼吸も、この手で確かめた。


 だからこそ、王に言えたはずだった。あの子たちは死んでいない。帰すべきだ、と。


 王に渡した図面には、出口も、送り出す条件も載せていなかった。十四人が生きて出たことは、もう隠せない。


 だが、その仕組みまで口にすれば、次から塞がれる。その次に来る者を救えない。


 私は、まだ来ていない者の命を考えた。そうすれば、今、運ばれていく十四人についていかない理由ができた。


 列が見えなくなるまで、戸の陰に立っていた。


 それから工房へ戻り、仕掛けの図面を開いた。


 誤りはなかった。十四人を生かした。


 私はその数字を何度も見た。


 外では、


 迷宮の中央にいる怪物が子供を喰ったと、


 人々が話していた。


 私は戸を閉めた。


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