外伝 第11話 測れない距離
下層。
最深部への通路は、一本道だった。
ダイの【測距】に、出口まで二百メートルと表示された。通路の先の扉には隙間があり、牛の頭と太い腕が見えた。ミノタウロスが、出口へ続く道を塞いでいた。
ダイは三人に減った隊列を見た。
前に出ていた柳も、斥候を任せた相馬も、もういなかった。【防壁】と【治癒】を頼める相手もいなかった。
残ったのは、距離を測るダイ、材質を測るテツ、流れを読むマーサだった。三人とも非戦闘用の能力しか持たず、手元には使い込んだ棒が残されていた。
「テツ。ミノタウロスの材質を測れるか」
「触れれば。だが触れる前に殺される可能性が高い」
「マーサ。ミノタウロスの周囲の空気の流れは読めるか」
「動きの予測はできる。でも避けられるかは別の話やよ」
ダイは三人の配置を考え始めた。
誰をどこへ動かせば突破できるかを、これまでと同じように一人で決めようとしていた。
「俺が囮をやる。ミノタウロスの注意を引きつけている間に、テツが背面に回って材質を測れ。弱点が分かれば、三人で集中攻撃する」
「ダイ。お前のHPで、ミノタウロスの一撃を何発耐えられる」
「……二発。三発目で終わる」
「二発の間に弱点を見つけて、攻撃まで終わらせろと?」
「他にプランがあるなら聞く」
テツは黙ったまま、別の案を口にしなかった。
ダイは返答を待たず、巨人の姿へ目を戻した。
「嫌だ」
マーサの声だった。
ダイとテツが振り返ると、マーサは通路の壁に背を預け、腕を組んでいた。今まで最後尾で指示を受けていたマーサが、二人を真っ直ぐ見ていた。
「マーサ。今は──」
「嫌だって言っとるの。ダイくんの言うこと聞いたら死ぬ。死なんくても、ダイくんがもう人じゃなくなる」
「何を──」
「ダイくん、気づいとる? さっきの作戦、自分が囮って言ったやん。柳さんにやらせたのと同じことを、今度は自分でやるって。……それ、反省してるようで、してないんやよ。同じことの繰り返し。誰かを犠牲にして突破するやり方の」
マーサの声は震えていたが、目は真っ直ぐだった。
「命令じゃなくて、お願いして」
「お願い?」
「そう。わたしたち、部下じゃないもん。仲間やもん。仲間にお願いしてよ。『一緒にやってくれ』って」
ダイは口を開きかけて、閉じた。
テツが小さく息を吐いた。口角がわずかに上がり、ダイには笑ったように見えた。
「……マーサの言う通りだ。ダイ」
ダイはテツへ顔を向けた。
テツもマーサと同じように、返事を待っていた。
ダイは二人を見た。
何度も指示を受けて動き、危ない時には声をかけ、手を伸ばしてくれた二人だった。ただ最後に残ったのだとは、もう思えなかった。
今も二人は、ダイの隣を離れずにいた。
名前ではなく役割で呼び始めた後も、二人はずっとダイの名を呼んでいた。握り込んでいた手が、ゆっくり開いた。
ダイは、深呼吸をした。キャプテンの号令より、ずっと小さな声が出た。
「テツ。マーサ。お願いがある」
二人が、ダイを見た。
「一緒に、戦ってくれ」
最深部への扉の前で、三人は並んで座っていた。
ダイは【測距】で、出口や敵までの距離、壁の厚さ、天井の高さを確かめてきた。数値を見れば、次に誰をどこへ動かすかを決められた。
今はその数値を追わず、テツが口を開くのを待った。
テツは扉へ目を向けた。
「お前の能力は距離を測る。でも、縮める能力じゃない」
「分かってる」
「いや、分かってない。お前はずっと、距離を測ることで安心してた。出口まで何メートル、敵まで何メートル。数字があれば、不安が減る。でも、仲間との距離だけは、測定器じゃ縮まらない」
ダイは口を挟まず、テツの話を聞いていた。
これほど長く言葉を続ける相手を見るのは、初めてだった。
「縮めるのは、お前自身だ。お前の声で、お前の言葉で」
マーサが横から口を挟んだ。
「テツくん、今日めっちゃ喋るやん」
「……溜まってたんだ。こいつに言いたいことが」
「ためすぎやて」
マーサが笑うと、テツの口元もまた少し緩んだ。
ダイは立ち上がった。
扉に手を置くと、【測距】が反応した。向こうには円形の空間があり、中央を通って反対側の出口までは百メートルだった。
ダイは百メートルという表示を見つめた。
三千二百メートルと表示されていた出口が、
今は百メートル先にあった。
「テツ。マーサ」
二人が顔を上げるまで、
ダイは指示を続けずに待った。
二人が立ち上がった。
「行こう」
ダイは二人と並んで、
扉を押し開けた。




