外伝 第8話 前に出る背中
二度目の戦闘は、最初よりずっと厳しかった。
青銅色の巨人、タロスが通路を塞いでいた。
頭は天井に届きそうで、ダイたちを見下ろす身体は、先ほどのパイアよりはるかに大きかった。
柳の【硬化】した腕が、タロスの拳を受け止めた瞬間、嫌な音が鳴った。
「ぐっ──! 硬ぇ! 俺の【硬化】が負けてる!」
テツが、柳を押し返していたタロスの腕に触れた。
「硬度、鉄鋼の二倍以上。柳の【硬化】では正面から止められない」
ダイは正面突破を諦め、【測距】でタロスの裏側を探った。
だが巨人の身体が狭い通路をほぼ塞いでいた。迂回できる道は見つからなかった。
「相馬。【加速】で奴の脇をすり抜けて、背後に回れるか」
相馬が壁とタロスの隙間を見た。三十センチもない。
「無理っす。肩がつっかえます」
十三人が指示を待っている。全員の目が、ダイに向いていた。
ダイは巨人から目を離し、指示を待つ顔を見渡した。
「【防壁】持ち、名前は」
「中島です」
三十代の会社員が手を上げた。
「中島、【防壁】を柳の右腕に重ねがけできるか。柳が殴る瞬間に、柳の拳だけを強化する」
「やったことないですけど……やってみます」
「やってみる、じゃない。やれ」
ダイは自分の言い方がきついことを分かっていた。
それでも、曖昧な返事のまま動き出す方が怖かった。中島の顔から視線を外さず、返事を待った。
中島が頷いた。柳が拳を構え、中島が【防壁】を重ねる。二重に硬化した拳がタロスの膝を打った。ひびが入る。だが巨人は倒れず、逆の腕で柳を壁へ押しつけた。
ダイとテツが棒を差し込んだ。腕は動かない。金属の方がしなった。
柳が歯を食いしばり、自分で腕を押し返して、ようやく肩を抜く。
「同じところだ! もう一度!」
柳が踏み直して殴った。膝のひびが広がり、タロスの身体が片側へ沈む。壁との隙間が、相馬の肩が通る幅まで開いた。
「相馬、今だ! 脇をすり抜けろ!」
相馬が【加速】で駆け抜け、背後から膝のひびへ棒を突き入れた。前から柳が打つ。相馬が押し込む。三度目の衝撃で外殻が割れ、内部の赤い結晶も砕けた。
タロスは崩れながら、まだ腕を振った。前へ寄っていた中島と【発光】の女性が、その横薙ぎの先にいた。
横薙ぎの腕が中島と【発光】を持つ若い女性を捉え、二人は通路の奥へ吹き飛ばされた。
二人のHP表示が、同時にゼロになった。
身体が光に包まれ、輪郭が薄くなる。次の瞬間、無数の光の粒子にほどけて消えた。血も、遺体も残らなかった。
ダイには二人の生死さえ分からず、ステータス画面にも説明はなかった。
「中島さん……!」
誰かが叫んだ。だが中島の姿はもう消えていた。
ダイは振り返らなかった。
「十二人で進む。隊列を組み直せ」
三歩歩いて、マーサがダイの袖を引いた。
「ダイくん」
「なんだ」
「中島さんと、もう一人の人の名前は」
「中島と──」
ダイはそこで言葉に詰まった。【発光】を持つ二十代前半の女性。名前も確かに聞いたはずなのに、顔と能力だけが浮かび、名前が出てこなかった。
テツがダイの横で補った。
「白石さん」
ダイは小さく頷いた。
ダイは白石という名前を反芻しながら、次の分岐路の距離を測った。二千四百メートル。
さっきのテツの忠告が、消えた白石の顔とようやく結びついた。ダイは歩いたまま、浅く息を吐いた。
テツの棒は、真ん中から少し曲がっていた。取り替えられるものは見つからない。テツは曲がりを自分の側へ向けて握り直し、ダイの棒も指で弾いてひびがないか確かめた。
通路が広くなった。
ダイは足を緩め、広がった通路の奥を見た。先ほどのタロスの姿が頭をよぎり、棒を握る手に力が入った。
マーサの【測流】が反応した。
「前方から熱風。デカい。さっきのタロスより、ずっとデカい」
通路の奥に、それは待っていた。
タロスの亜種だった。先ほどの巨人より二回りは大きく、天井を突き破るように立っていた。両腕には、赤熱した鉄塊のような武器を持っていた。
ダイが【測距】で探ると、タロス亜種の背後には通路が続いていた。中層へ進むには、この巨人を越えるほかなかった。
「柳」
柳は号令の続きを待たず、前に出た。棒を握り直し、ダイに頷いてみせた。
「全力で三十秒、持ちこたえろ。その間に相馬が背後に回って、弱点を探す」
「三十秒か。了解」
柳が走った。【硬化】を全身に展開し、正面からタロス亜種にぶつかっていく。
衝突。
地下街が揺れた。柳は吹き飛ばされず、踏みとどまった。だが腕がきしみ、【硬化】の光が揺れていた。皮膚には血が滲んでいた。
「相馬!」
「行きます!」
相馬が壁際を【加速】で駆け抜けた──が、タロス亜種の赤熱した腕が横薙ぎに振るわれた。相馬は駆け抜けて避けた。
だが、近くにいた二人が巻き込まれた。
二人は光に包まれて消えた。
ダイには、飛ばされた先を確かめる手段がなかった。
十人。
「前衛! あと十五秒だ! 持たせろ!」
柳は持ち堪える。
歯を食いしばり、後ろの段差へ踵を当て、両腕で巨人の拳を受け止め続けた。だが片膝が床へ沈み、もう立っていられない。
「あと何秒だ!」
ダイは時間を確かめた。指示した三十秒には、まだ届いていなかった。
相馬が背後へ回り、テツも巨人の脇を抜けて背に手を当てた。
すぐに離れながら叫ぶ。
「背中の中央! 外殻が薄い!」
相馬の棒が外殻を打った。小さな欠けができただけだった。タロス亜種が振り返り、相馬は腕の下へ身を投げる。柳を押していた圧力が緩んだ。
柳が片膝のまま巨人の腰へ掴まり、もう一度正面へ引き戻した。
「そこを、割れ!」ダイが叫んだ。
相馬が棒の端を欠けた場所へ打ち込み、他の者も石や棒を同じ場所へ重ねた。一度では届かない。柳の【硬化】の光が薄れていく。
四度目に外殻が裂け、奥の核に相馬の棒が入った。タロス亜種がよろめき、ひざまずく。
──その時、倒れかけた巨人の身体が、柳の上に覆いかぶさるように崩れた。
「柳!」ダイは叫んだ。
柳の身体が巨人の下敷きになり、光に包まれ、輪郭が崩れ始めた。
柳が、瓦礫の下から右手だけを突き出した。親指を立てて。
「任せろ」
瓦礫の下に見える柳の顔は、まだ笑っていた。ダイはその顔から目を離せなかった。
光が柳を包み込み、消えていった。
九人。
ダイは立ち尽くしていた。
マーサがダイの手を見た。
「ダイくん、手、震えとるよ」
「震えてない」
握った棒の先が、細かく揺れていた。
柳を前に出し、囮を命じたのはダイだった。
犠牲は最小限だったはずだと考えても、震えは止まらなかった。
「任せろ」と笑った柳の顔ばかりが浮かんだ。
ダイは拳を握り込んで、歩き始めた。
「全員、ついてこい」
テツが、いつもの無表情でダイの隣を歩いた。
何も言わなかった。
ただ、
いつもより半歩だけ、
近くを歩いていた。




