外伝 第5話 いつもの返事
最深部への通路に、エムプーサが待ち構えていた。五匹。中層で戦った個体より一回り大きく、擬態の精度が段違いに上がっている。
壁と完全に同化した五匹を、大阪の【看破】が一匹ずつ暴いていく。
「偽、偽、偽──」
だが、四匹目を暴いた瞬間、通路の奥から声が響いた。
「大阪ちゃーん、こっちやでー。こっちに道があるよー」
金子の声だった。完璧な金子の声。イントネーション、語尾の伸ばし方、明るさ。金子が言いそうなことを、金子の声で言っている。
大阪は振り返った。
金子は──すぐ隣にいた。目が合った。
金子は首をかしげている。
「うち、何も言うてへんよ?」
エムプーサの声真似だった。金子の声をコピーして、大阪を誘い出そうとしている。
大阪は【看破】を声に向けて発動した。判定──「偽」
だが、次の声は違った。
「大阪ちゃん、うち怖い。助けて」
金子の声。すぐ隣に本人がいる。それでも、さっき笑うのをやめた金子の声に似ていて、大阪は一瞬、息を止めた。
大阪は隣の金子の口元を見た。動いていない。【看破】を使うまでもなかった。
「偽物。……金子のボケはもっと意味不明や。こんな普通のこと言わへん」
金子がぽかんとした。
「それ褒めてる? けなしてる?」
「褒めとるわアホ。アンタの普通が、ウチにはバレバレなんよ」
大阪はエムプーサに向き直った。
「金子の真似するなら、もうちょいボケてくれんと。プロのレベル舐めんなや」
和田が【すり替え】で五匹目の張りつく壁石を外し、
金子が【道化】でその目を引きつける。
大阪は四匹の潜む壁を指し、石の陰へ退く順を叫んだ。
和田が足元の石を入れ替えるたび、爪が空を切る。
一匹ずつ角へ誘い、三人で核を砕いた。最後の影が壁から剥がれた時、金子の声はかすれていた。
戦闘後。
通路に座り込んだ金子が、大阪を見た。
「大阪ちゃん」
「なに」
「『アンタの普通がバレバレ』って──うちのこと、そんなに見てくれとったん?」
大阪は顔を背けた。耳が赤くなっている自覚があった。
「見てなかったらツッコめんやろ。……ツッコミはな、相手のこと見てなきゃできんのよ」
金子が花が咲くように笑った。
「じゃあ、大阪ちゃんはうちのこと、日本一見てくれとる人やな」
「くさいこと言うな。鳥肌立つわ」
和田が横から呟いた。
「ええシーンやのにツッコむんや」
「ツッコまんかったら死ぬねん、ウチは」
* * *
最深部の手前で、最後の壁が立ちはだかった。
タロスの上位種。これまで戦ったどの個体よりも大きく、速く、硬い。通路を完全に塞ぎ、赤熱した両腕で壁を叩いている。衝撃で天井から石片が降ってくる。
「金子、囮を──」
大阪が言いかけて、金子はもう前に出ていた。【道化】全開。タロスの前で踊り、跳ね、叫ぶ。
タロスの腕が振り下ろされた。
金子は横に飛んで避けた──が、二撃目が来た。予想外の速度。金子の身体が吹き飛ばされ、壁に激突した。
嫌な音がした。
「金子──ッ!」
大阪が駆け寄った。金子は壁の根元に崩れ落ちていた。右肩が不自然な角度に曲がっている。HPが半分以下まで削れている。
「あいたたた……。……大丈夫、まだ踊れ──」
金子が立ち上がろうとして、膝が折れた。右肩が動かない。【道化】は身体を使うスキルだ。身体が動かなければ、道化はできない。
「金子、もう無理や。下がり」
「でも、うちが囮せんと──」
「アンタが壊れたらおしまいなんよ!」
大阪の声が、通路に反響した。涙声だった。
ツッコミの声ではなく、友人を心配する十七歳の女の子の声。
三人から笑いが消えた。
初めてだった。
どんな状況でも金子がボケ、大阪がツッコみ、和田が場の空気を和ませてきた。その循環が、止まった。
静寂の中で、タロスが再び腕を振り上げる。
和田が──立ち上がった。
「大阪。タロスの弱点、どこ」
大阪は涙を拭い、【看破】を発動した。
「……背面の腰部。装甲が薄い」
「よっしゃ。……金子、見とき。自分がボケるから」
和田が前に出た。
タロスの正面に立つ。両手を広げ──
「おい、デカいの。自分の右手と左手、どっちにおかず入っとると思う?」
タロスが和田を見た。
和田は笑っている。いつもの、ぼんやりした笑い。
「正解は──どっちにも入っとらん! おかずは全部兄貴に取られた!」
ボケ。
戦闘中に、全力のボケ。
誰も笑わない。
いや、金子が壁際で小さく笑った。
「和田くん、それ全然おもろない」
「せやな。でもアンタが笑うたら、自分の勝ちや」
和田が【すり替え】を発動した。
自分と、巨人の背後に転がる石塊の位置を入れ替えた。
初めて人間を対象にしたすり替え。石塊は持ち上げられる重さだった。これまで物で確かめた範囲なら、自分とも替えられる。和田はタロスの背後へ移った。足元に別の石塊を見つけ、拾い上げた。
「大阪! 今や!」
大阪が叫んだ。
「腰部! 右寄り! 深さ二十センチに核!」
和田は薄い装甲へ石塊を叩きつけた。戦闘スキルはない。一撃では傷も浅い。同じところを打つしかなかった。
タロスが振り返るたび、和田は床の石塊と位置を入れ替え、正面と背面を渡った。
背面に回り、石塊で外殻を打つ。
三回、四回。タロスが混乱し始める。
五回目。装甲のひびの奥で、核が砕けた。
タロスが崩れ落ち、光の粒子に散っていく。
和田が肩で息をしながら振り返った。
「ほら、笑いが止まっても、なんとかなるやん」
金子が壁際で泣いていた。
泣きながら笑っていた。
「……なんで二人とも笑ってないん? うち、そんな怖い顔してる?」
大阪が鼻をすすった。
「してるわ。ボロボロの顔で笑うな。怖いんじゃ」
金子が声を上げて笑った。
右肩は動かなかったが、
声は出た。
笑い声だけは、
折れていなかった。




