↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
65/107

第65話 二度目の電話

 莉奈は王と距離を保ったまま、壁際の瓦礫に腰を下ろした。


 王から目を離さずに、まだ震えているスマホを取り出す。


 画面を見るうちに着信が切れ、留守電の通知が残った。


 マーサが天井を見上げて、それから首を傾げた。


「……間隔、伸びとる。二分半に戻った」


 大阪が王の手元を見た。


「いまは何も使うてへん。次に動くまで、この間に退路を開けな」


 健一は地図の歪みを確かめた。


 間隔が少し延びても、失われた壁や天井の厚みは戻っていない。


 また天井がきしみ、莉奈は王から目を離さないまま床の石板の動きを待った。


 ダイが出口までの足場を見張り、汐沢は南壁の継ぎ目に手を添えて壁を溶かし続けている。


 石の音が止むと、莉奈はスマホの画面へ目を落とした。留守電の通知は残っている。


 スマホの時計は、午後五時を過ぎていた。四時に十四人が揃ってから、守る場所が増えるたび、時間だけが削られていた。


 ポールを手の届く壁際に立てかけ、火傷した右手を見る。


 ピンクのネイルの端が欠けていた。渋谷の時はスカル柄だった。今この色を選んだのは、自分だ。


 健一も、盾で裂けた掌を見ていた。


 ハンカチを片手で巻こうとして、結び目が滑る。


 金子が「貸して」と布の端を取った。腫れた肩をかばいながら、健一の手に巻いていく。


 莉奈は二人の手から目を逸らしかけ、胸の奥がちくりとしたが、すぐに金子の肩の方が気になった。


「外に出たら二人とも診てもらって。肩も、手も」


「莉奈ちゃんも。さっき、右手焼けとったやろ」


 健一は二人の怪我を見比べた。


「……三人とも、だね」


 莉奈は言い返せず、傷のない方の手でスマホを握った。


 スマホを見る。非通知からの着信履歴。


 一度目の電話は、父が家を出ていった後だった。莉奈は出なかった。留守電にも何も入っていなかった。ただの無音。家を出てから何も言わなかった人間が、一度だけ電話をかけてきて、それでも何も言わなかった。


「聞く?」


 金子が隣に座った。


 大阪は少し離れた場所で壁にもたれている。聞こえる距離。でも、邪魔はしない距離。


「分かんない」


「怖い?」


「……うん」


 自分でも驚くほど、素直に認めていた。金子の前では、無理に強がる必要がなかった。


「うちな、父親おらへんねん。物心ついた時からおらん。写真も残ってへん。母さんが全部捨てたから」


 金子は笑っていなかった。傷んだ肩をかばいながら、莉奈の方を向いている。


「だから電話かかってきたことすらない。番号も知らん。顔も知らん。──でもな、たまに思うんよ。電話かかってきたら、出るかなって。出たとして、何言うかなって」


「……何言うの」


「分からん。たぶん、泣くだけで何も言えへん」


「留守電入ったからって、今かけ直す義務はないで。莉奈ちゃんが決めたらええ。うちは隣におるから」


 莉奈は画面の通知を開いた。


 留守電に、今度はメッセージが入っていた。


 莉奈は再生ボタンを押した。スマホを耳に当てる。


 雑踏の音。どこかの駅のホーム。電車のアナウンスが微かに聞こえる。


 数秒の沈黙。


 息を吸う音。


 ──何か言おうとして、止めて、また吸って。


 そして──


「莉奈。元気か」


 短い一言。


 声は低く、少し震えていた。「元気か」の「か」が掠れている。何回も練習して、本番で声が裂けた、みたいな掠れ方。


 莉奈はスマホを耳から離して、目を閉じた。


 涙は出なかった。


 かけ直す気にもなれない。


 ただ、次に話すなら何を訊くか、考えてしまった。


「……あのクソ親父」


 金子が莉奈の肩に、そっと額をつけた。


 スマホから流れる雑踏が止まっても、そのままだった。


 健一は隣へ来たが、まだ王の方を監視している。


 莉奈がスマホを膝へ置くと、ようやく顔を向けた。


「健一」


「うん」


「あの王様と、もう一回話す。今度は責めるんじゃなくて……」


 莉奈が立ち上がった。


 金子も立ち上がった。


 大阪が壁から背中を離した。


「あいつにも、聞いてほしいことがあるから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。