第61話 謝罪の、その先
ダイダロスは壁際に座り込んでいた。
白髪が乱れ、衣はボロボロ。不完全なダンジョンを制御しようとして、魔力を使い果たしている。新宿の展望室で見た時より、さらに老いて見えた。
ダイとテツは金属棒を握ったまま、瓦礫の玉座に残る王から目を離さなかった。汐沢は南へ続く通路の、塞がった継ぎ目を確かめている。
ミノス王の指が、また床へ向いた。ちぎれた線に紫の光が滲み、すぐ消える。王は冠を押さえ、伸ばした手を膝へ戻した。
「王がまた攻撃しそうなら、知らせる」とダイ。
山岸もバットを手放さなかった。
莉奈が老人に話すあいだ、皆で王を見ていた。
「また謝るんだ。アンタ、アタシたちの前で」
「すまなかった」
「知ってる。壁画に書いてあった」
莉奈はダイダロスの目を真っ直ぐに見た。
「でもさ、アタシが聞きたいのは『すまなかった』じゃないの。なんで相談しなかったの。アタシたちに。七人いたのに。連絡先まで教えてたのに」
ダイダロスが顔を上げた。莉奈の目に、怒りだけではない何かを見つけた。
「お前たちを──もうこれ以上、巻き込みたくなかったんだ」
「巻き込まれたくないかどうかは、アタシたちが決めることでしょ。アンタが決めることじゃない」
莉奈の声が震えた。ダイダロスの返事を待つ間、唇を噛んだ。
ダイダロスは目を伏せる。
「ミノス王が保護施設に来た夜、私はスマホを開いた。健一に教わった七人の連絡先が並んでいた。『助けてくれ』と打とうとして、指が止まった」
莉奈は息を呑んだ。
「私が造った迷宮で、お前たちがまた傷つくところばかり思い浮かんだ。送信できなかった」
「……バカ」
莉奈の声が、かすれた。
「送ってくれれば、返事くらいしたのに」
「お前は──強いな」
「強くないわよ。アタシだって怖い。だから、一人で決めないでって言ってるの。七人いたでしょ」
玉座の前で、王冠が紫に明滅した。
健一が莉奈の肩へ手を掛ける。莉奈は言葉を切り、振り返った。
ミノス王は半ば上げた手を止めていた。
山岸のバットと、ダイたちが握る棒を見比べ、冠の光を落とす。
大阪は王の手が下りたのを確かめ、和田の肩を借りて立った。左腕には金子の巻いた布がある。二人に顔を確かめられると、小さく頷いてから老人の前へ出た。
新宿でダイダロスを糾弾した時のように、声を張る力はなかった。それでも、目はそらさない。
「新宿でも、許すとは言うてへん。息子に会わせるのは止めへんかったし、迷宮を閉じるために協力もした。でも、またウチらに黙って、こんなことになるなんて──」
大阪は、ここへ来る途中で見た壁画を思い出した。七人の姿。淡い線で描かれた、小保内の輪郭。
「あの壁画を描いてる間、アンタは何を考えてた?」
ダイダロスが答える。
「私が死んでも、ここまで来た七人がいたと残したかった。小保内の線が薄くて、何度も描き直した。名前も刻んだ。……だが、描く前に連絡すべきだった」
大阪は金子の傷んだ肩を一度見てから、老人に向き直った。
「……次は、勝手に決める前に相談して。もう黙って行かんといてや。マジで」
「ない。もう……ない」
莉奈はダイダロスに手を差し出す。
「立ちなさい。まだ終わってない。あの王様を、止めに行くんでしょ」
ダイダロスが莉奈の手を掴んだ。迷宮と鎖を作り、壁画を彫った、骨ばった手だった。
「あの男の王冠は、さっきより暗い」
「魔力を使いすぎた?」
「息子へ通す道は切れた。次は自分の力を使うしかない。転移にも攻撃にも、だ」
莉奈は王を見上げた。ミノス王は玉座の囲いの奥から、十四人の手元を見ている。
「追い詰めれば、あの男は力尽きるまで逃げる。迷宮を支える力まで失えば、ここがどう崩れるか、私にも分からん」
「じゃあ、どうすんの」
「まず、逃げるのを止めなければならない」
健一は裂けた掌を開きかけ、閉じた。小保内も山岸の隣に座ったまま、肩で息をしている。
莉奈は置いていたポールを拾った。
「……話しに行くわ。王が誰かを狙ったら、すぐ知らせて」
ダイは頷いた。
王を見張りながら、南の通路へ退く時に使う足場をテツに指し示した。




