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第60話 十四人で止める

 隔壁の向こうで、石材の砕ける音がした。


 莉奈は顔を上げる。


 西も東も北の壁際も、仲間の姿は見えない。


 左右を塞ぐ隔壁は、北の一枚につながっている。下端の連絡穴から、ダイダロスを守る仲間の声が届いた。


 その向こうへは行けない。莉奈はミノタウロスの額を見上げた。自分がここで止めなければ、ほかの持ち場も終わらない。


 健一が莉奈の足元を見た。


「莉奈、僕は君の足元を見る。額の光だけ追って走らないで」


「健一は自分の手の傷も見なさいよ。盾を何回も使えると思わないで」


 健一は裂けた掌を握る。


「分かってる。あと一回、本当に必要な時に」


 西で、パイアが鼻先に挟まった石材を跳ね飛ばした。


 金子は【道化】を掛け直そうとして、負傷した右肩の痛みに息を詰める。


 獣は彼女へ向き直らず、北へ続く裂け目に牙を差し込んだ。隔壁の縁が欠ける。まだ身体は通らない。だが、突くたびに欠片が増えていた。


 裂け目の脇で床の紫が膨らみ、土色の槍兵が一体せり上がった。玉座の冠が、一瞬暗くなる。


 槍兵はパイアの脇に立ち、近づこうとする金子へ穂先を向けた。獣の鼻先を狙える隙間が、槍に塞がれる。


 大阪が金子より先に間へ入った。


「ウチが見とる。アンタは下がり」


 【看破】が、牙を抜いてもう一度押し込む動きを捉える。


「和田、鼻の下。次に下げた時や」


 和田が床の瓦礫を【すり替え】た。石材が鼻先を押し上げる。


 パイアは頭を振って石材を砕き、大阪へ牙を向けた。


 大阪が横へ避けた瞬間、獣の胴に隠れていた槍が伸びた。踏み込む足は見えていた。だが、槍兵は大阪の退く方へ、穂先を低く回していた。


「大阪!」


 和田の声より先に、穂先が左の二の腕を裂いた。大阪は外側の石壁へ肩を打ちつけ、膝を落とす。HPの表示が大きく欠けた。


「大阪ちゃん!」


 金子が二人の間へ出た。笑おうとして、右肩の痛みに顔を歪める。


 槍兵は穂先を引き、動かない肩へ狙いを変えた。パイアも、金子の足元へ鼻先を下げる。


 大阪は立とうとした。足に力が入らない。


 金子の膝が、目の前にあった。その向こうで、槍の柄を握る手が動く。


 見ているだけで、間に合わない。


 視界の端に、文字が浮かんだ。


『覚醒スキル:【先見】』


「覚醒【先見】!」


 新たに開いたEPバーは満ちていた。発動と同時に、一節が消える。


 金子の右肩に槍が刺さる光景が、目の前に重なった。現実の金子はまだ立っている。槍は獣の胴の向こうから、肩の高さへ上がろうとしていた。


「金子、伏せて! 和田、そいつの足元!」


 金子が膝を折る。穂先が髪の上を抜けた。


 和田が床の瓦礫を【すり替え】、槍兵の踏み出した足を止める。


 金子に重なっていた光景が消えた。槍兵が握り方を変える。その次の動きは、もう映っていない。


 金子が左手で大阪の右腕を掴んだ。和田も肩を貸し、三人で獣の鼻先から退く。


「今の、何や」と和田。


「この先……刺されるとこが、見えた」


 大阪は血の流れる左腕を押さえた。右手にも、まだ金子の服を掴む力がない。


「次も見える?」と金子。


「今は……分からん。避けたら、消えた」


 槍兵は瓦礫を回り、三人の前へ穂先を戻した。

 パイアは空いた裂け目に牙を押し込む。


 金子が短く【道化】を掛け直すと、獣の目だけがこちらを向いた。


「うち、今日の主役やないもんな」


 声は明るかった。だが、金子は大阪の腕を離していない。


 和田が槍の軌道を無人の床へ【すり替え】る。


 その間にしか、三人は動けなかった。


 ダイは、手すりから抜いた金属の横棒を握り直した。


 佐藤たち四人は、合流前に折れた手すりから棒を拾っていた。


 ダイたちもその先の通路で三本を見つけ、汐沢に周りの石材を溶かしてもらった。


 テツが【測質】で選んだ、腕ほどの長さの横棒だ。折れた先や曲がった手元は避けた。片手で扱え、壁や床に触れる手を空けておける。


 今、その棒を握る手に汗が滲む。


 東では羽音が消えた。


 ダイは隔壁の上を見た。さっき左翼を擦った角へ、ハルピュイアが戻るのを待っていた。


 だが、鳥の怪物は天井を横切る石の梁の影を回った。テツが隔壁を蹴っても、顔を向けない。


 角から離れたところで、隔壁と天井の間を抜ける。鉤爪が、北の壁際へ落ちてきた。


「上!」と輪島が叫ぶ。


 伊禮がダイダロスの肩を抱き、崩れた石壁の陰へ引いた。鉤爪は老人のいた場所の瓦礫を削り、白髪へ破片を降らせた。


 ハルピュイアは爪を引き抜き、身体をひねる。傷んだ左翼の羽先が隔壁を擦ったが、付け根は角を避けていた。


 ダイは歯を食いしばった。もう一度、同じところへ飛んでくるとは限らない。


「爪を開く前に止める」とテツ。


 テツは左手に金属棒を持ち、右手で石板の欠片を取った。棒が届かない高さには投げるしかない。【測質】で割れ目のない一枚を選び、隔壁の上へ投げた。


 石板の欠片が鉤爪に当たる。ハルピュイアは爪を閉じ、東側へ身を引いた。


 老人を掴み損ねた顔が、今度はテツへ向く。


「下がれ!」


 ダイがテツの腕を引く。


 テツは足を床に残し、金属棒を隔壁の上端へ突き上げた。下がった爪先を横へ弾くが、腕が押し戻され、棒が隔壁に当たる。


 鉤爪はその上端を削り、テツの頬に破片が当たった。棒を構え直すまで、ダイが前に残った。


 鳥の怪物は東の側路へは降りず、すぐ北へ向き直る。


「また老人の方や。左の爪から来る」とマーサ。


 マーサは金属棒を胸の前に構え、空いた手をかざす。【測流】が、翼へ集まる魔力を追っていた。


 ダイは棒を左手へ持ち替え、【測距】で隔壁の上端までの距離を測った。右手で小さな石片を拾い、鳥が爪を開くところへ投げる。壁際の四人が身を伏せる時間を作った。


 隔壁の向こうから、伊禮が短く「下がった」と返した。


 壁際では、槍兵二体が汐沢を挟もうとしていた。


 一体が正面から槍を出し、もう一体が崩れた石壁沿いに回る。汐沢が避ければ、その後ろのダイダロスへ通る。


「右は見せるだけです。左が踏み込みます」と佐藤。


 汐沢は空いた手を床へ当て、左の槍兵の足元だけを【腐食】させた。沈んだ脚を引こうとする間に、右の槍が伸びる。


 左手の金属棒で槍の柄を押し、身体の脇へそらした。棒を伝わる重さに、汐沢の足が一歩下がる。


 輪島が穂先の擦る音を拾い、伊禮が老人を瓦礫の奥へ留めた。


 石壁の染みから、またイカロスに似た声がした。


「父さん」


 ダイダロスは石粉のついた指を握り込む。


「その声は──違う」


 振り向かなかった。


 人影の染みは、槍兵の背後から低く伸びた。老人が動かないなら、護衛の影を足掛かりにする。


「上だ!」


 今度は輪島と同じ声だった。


 伊禮は顔を上げかけたが、輪島の手が腕を押さえた。


「石壁からだ。俺じゃない」


 佐藤が染みの出た継ぎ目を告げ、汐沢がそこだけを崩した。途切れた影は槍兵の足元へ退き、次に誰かが動くのを待っている。


 正面では、山岸が【探知】で床の空洞を確かめていた。


 ミノタウロスは左膝をつき、右足で上体を支えている。その右足の載る石板は、端の下だけが空いていた。


 小保内は【ハイディング】で王の視線を避け、紫の光が薄い箇所を指す。彼女のクラス欄は、今も「草」の一字を示していた。


 山岸が石板の端を、バットで軽く叩いた。


 玉座でミノス王の指が動く。


「その足を動かせ」


 床の紫が強まった。右足が石板を擦り、上がった拳が山岸へ向かう。


 山岸は小保内の腕を引いて退いた。拳は二人のいた床を砕く。ミノタウロス自身も肩を震わせ、HPの表示がまた減った。


「今のずれは使えません」と連絡穴から佐藤。


 王はさっきより短い間隔で、命令を重ねていた。


「分かった。合図が来るまで触らない」と健一が返す。


 山岸はバットを握り直した。狙うのは膝ではなく、足を支える石板の端だ。


「先輩、今は強化しなくていい。最後まで取っといて」


「はい。最後に一回だけ」


 健一の【解析】に、深さ四十センチの空洞が出た。足が沈んでも挟まれないよう、割る縁と残す縁を山岸に示す。


「莉奈、あの子が肩を下げてくれれば届く。足場は、この二つ」


 低い瓦礫と、その奥の一段高い塊を指す。先に踵で押して、ぐらつかないことを確かめた。


 西で、槍兵が大阪の顔へ穂先を上げた。


 和田がその軌道へ手を向けると、槍兵は突きを止めた。柄の下端が金子の膝へ回る。パイアも石材を踏み越え、退き先へ頭を突っ込んだ。


「覚醒【先見】!」


 二度目の一節が消える。大阪の視界に、金子が転び、その後ろの和田まで牙に押し倒される光景が重なった。


「金子、しゃがまんと右! 和田、獣の前脚!」


 金子が壁に沿って身をずらす。


 和田が前脚の着く場所へ石材を【すり替え】ると、獣の胸がそこへ乗り上げた。槍の柄は、空いた床を打った。


 像が消えた。EPバーは、もう半分より短い。大阪は息を継ぐ。


 連絡穴から佐藤の声が届いた。


「次の合図で足場を落としてください。額に入る合図は、そのあとです」


 東で、ハルピュイアの羽が紫に明滅した。


 西ではパイアの牙が、床の線と同じ拍子に光る。


「魔物に回す力まで、額へ寄せとる。そこから床と天井へ戻ってる」とマーサ。


 床の紫が濃くなる。王は、莉奈たちが割ろうとしている足場まで光で満たした。


 金子が西から声を張った。


「莉奈ちゃん、こっちは任せて! そっちを見て!」


 パイアへ向けた声に、ミノタウロスも顔を上げる。


 ほんの一瞬、王の指とは違う方を見た。


 莉奈は額の紫から、赤い目へ視線を移した。


 ミノタウロスはまだ、止まろうとしている。


「右足、止まりました」


 佐藤の声に続いて、輪島の二打が響いた。


「今、足場を!」と健一。


 山岸が石板の端を打つ。小保内はその背に手を当て、右腕だけを一瞬強くした。踏み込みに遅れず、触れた手を離さない。


 石板の端が空洞へ落ちた。右足は挟まれずに沈む。


 小保内はすぐ【バフ】を切った。


 ミノタウロスは傾く身体に逆らわず、左肩を下げた。頭も伏せる。莉奈は二つの瓦礫を上がり、ポールの先を額へ近づけた。


 健一はすぐ横の、一段低い塊に残る。


「右の縁は欠けてる。左へ」


「見えてる!」


 莉奈はポールを伸ばしかけた。だが、額の紫が強まり、ミノタウロスの首が引きつる。ポールの先端を引き戻し、待った。


「額が見えなくなりました。発光を教えてください」と佐藤。


 健一が連絡穴へ声を送る。


「今、強くなった。まだ待つ」


 ミノス王が立ち上がる。


「音を出す者から潰せ。ダイダロスを逃がすな」


 壁際の槍兵が、連絡穴へ身を寄せた輪島に穂先を向ける。


 佐藤が空いた手で輪島の襟を引いた。槍は穴の縁を削り、中央へ通りかけた声が途切れる。


 穂先が抜かれる前に、佐藤が金属棒で柄を横へ押した。腕がしびれたが、輪島が身を引く間だけは稼げた。


 輪島が手を離せば、次の心音が分からない。


「汐沢さん、右の踵。その石板です」


 佐藤が指した床を汐沢が溶かす。槍兵は一歩退いたが、背後の槍兵に当たり、腐食した縁へ片脚を落とした。


 輪島が空いた場所へ戻る。金属棒を足元へ置き、片手を床に当てた。


 東からは、ハルピュイアの羽音がまた北へ流れた。


 テツが投げた欠片を避け、鳥の怪物が高く回る。


「次は真上。隔壁沿いじゃない!」とマーサ。


 ダイは石片を握ったまま叫んだ。


「壁際、伏せろ!」


 伊禮は老人を伏せさせ、自分の肩の上へ金属棒を差し出した。鉤爪が棒を掴む。握った腕ごと引かれ、伊禮はすぐに手を放した。


 もう一方の爪が伊禮の衣を引く。汐沢がその裾を掴み、石壁の陰からさらわせなかった。


 老人へ届くには、護衛を引き剥がさなければならない。ハルピュイアはもう一度高く上がり、爪を開き直した。


 金属棒が爪から落ち、東の側路の石板を鳴らす。


 伊禮は拾いに出ず、ダイダロスの肩を抱き直した。


 隔壁の上へ出た顔を、ダイの投げた石片がかすめる。鳥は身をひねり、また老人のいる方へ向いた。


 名古屋組の三人は、投げる石片が尽きるたびに床へ手を伸ばした。鳥が向きを変えれば、その先を叫ぶ。壁際から返る声が、羽音に切られた。


 西では、槍兵が和田を外側の石壁へ追い込んだ。パイアは裂け目へ頭をねじ込み、和田が戻そうとする瓦礫を鼻先で弾く。


 金子が大阪の腕を引いて退くと、槍兵が二人の方へ穂先を回した。和田は槍をそらそうと手を伸ばす。だが、金子と大阪がそのすぐ横を通る。向け直された穂先が、二人の間へ入ってきた。


 大阪は半分を切ったEPバーを見た。新宿で健一に聞いた、心が削れるという言葉。もう一度で、自分はどこまで残るのか。


 金子はまだ、自分を掴んでいた。右肩を動かすたびに、息が詰まっている。


「金子、手ぇ離して」


「離したら、立てへんやろ」


「和田。ウチを、後ろの石材と替えて。合図する」


 和田が大阪と、その南に残した石材へ目を走らせた。パイアが裂け目から牙を抜き、前脚を三人の方へ向ける。


 穂先が近づく。金子の手を引き剥がそうとしても、大阪の指には力が入らない。


「覚醒【先見】!」


 三度目の一節が消えた。南へ移った自分が、獣の牙に押し倒される光景が映る。石材のあった場所まで、その突進は通っていた。


「そっちやない! 壁側の、低いやつ!」


 和田が目を向け直す。金子が大阪の腕を放すのと同時に、和田は西の石壁沿いに残る瓦礫と大阪の位置を【すり替え】た。


 槍は大阪のいた場所へ突き出され、瓦礫に当たる。金子は石壁に手をつき、身体をそらした。パイアの突進が南の石材を砕き、欠片が三人の足元に転がる。


 大阪は西の石壁際に膝をついた。


 二人とも立っている。


 よかったと思ったのに、安堵が湧かなかった。血のついた腕を押さえる指が、自分のものではないように遠い。


「大阪ちゃん。返事して」


 金子の声は聞こえた。口を開いたが、返事が出ない。


 和田が大阪の前へ瓦礫を置き直した。金子はその脇から声を張り、槍兵を追い越して来ようとするパイアを引いた。


 和田が槍をそらすたびに、三人で南へ半歩ずつ退く。


 獣が裂け目へ戻りかける。金子が声を張り直し、和田が鼻先へ石材を送った。砕かれた欠片が大阪の靴に当たる。


 大阪はもう【先見】を使わなかった。


 二人の名前を、口の中で繰り返す。それだけは手放したくなかった。


 東では羽音が荒れ、北の壁際では槍が床を打つ。


 額は届く位置にある。莉奈はポールを握り直した。


 早く、と声に出しかけて、飲み込む。


 ミノタウロスの首は、まだ命令に引かれて震えていた。


 連絡穴が静かな間、自分の焦りだけで踏み込むことはできない。


 穴から伊禮の声が戻る。


「身体はお前のものだ。止まってていい」


 赤い目に、穏やかな光が戻った。


 振り上げられた拳が、空中で止まる。


 王の指が下りても、動かなかった。


「心臓が先です」と佐藤。


 健一は額を見た。


「紫は、まだ弱い!」


 輪島が足元の金属棒を取り、床を二度叩いた。


 莉奈は息を止め、額の紫を見た。


「莉奈、今!」


 健一の声に莉奈が踏み直す。


 伏せたミノタウロスの首の脇に、北の隔壁越しに北の玉座が見えた。


 王のかぶる冠が紫に光る。


 息子への命令では間に合わない。


 衝撃波が隔壁の上を越え、莉奈へ走った。


 健一は一段下から身を伸ばし、莉奈のすぐ横へ裂けた掌を向けた。


「【光の盾(イージス)】!」


 光の膜が、莉奈と衝撃波の間へ斜めに差し込まれる。


 二度目の発動でEPバーの一節が消え、残りは半分を少し下回った。掌から血が垂れる。


 盾は一拍で砕けた。


「動け。お前は私の──」とミノス王が叫ぶ。


「アンタのじゃない!」


 莉奈は最後の一歩を踏み、角と額の間へポールの先端を当てた。


 二度目の覚醒【迅雷紫電】。


 出力を一本の線まで絞る。EPバーの一節が消えた。雷を広げれば、ミノタウロスの身体まで焼いてしまう。


 金色の雷が、額の王冠形の支配紋へ入る。


 紫の紋様にひびが走った。


 だが、床から来る命令がそのひびを埋める。


「まだ足りない!」


 ミノタウロスの左手が、自分の意思で動いた。


 震える指を額へ伸ばし、莉奈のポールを上から押す。


 支配紋が割れた。


 額へ集まっていた紫の光が途切れる。床と天井へ戻る流れも、そこで切れた。


 東のハルピュイアは再び開いた鉤爪から輪郭を失い、羽音が消えた。

 西ではパイアが裂け目へ牙を押し込んだまま、光の粒子に散る。同じく槍兵も。

 北の壁際の槍兵二体も土に還った。

 槍兵の影に潜んでいたエムプーサの染みも薄れていく。


 隔壁は、せり上がった時と逆に床へ沈んだ。


 仲間の姿が見える。


 玉座のミノス王が手を振った。消えた床の線は戻らず、頭上の冠の光だけが弱くまたたく。


 莉奈は瓦礫から下りた。


 山岸が手を伸ばし、小保内が着地点を確かめる。


 健一も降り、莉奈の前に膝をついた。


「先にあの子のHP!」と莉奈。


 健一は【解析】の表示を確かめる。


「残ってる。呼吸もある」


 莉奈は健一の血のついた手を取った。


「アンタも、生きてる?」


「うん。君が待ってくれたから」


 西から金子が駆けてきた。

 和田は大阪を支え、瓦礫のそばへ座らせている。


「健一くんの手、うちも見てええ?」


 莉奈はその手を離さなかった。


「見るのはいいけど、先に包帯。金子の肩も、大阪の腕も」


「分かった、三人分やな」


 金子が大阪のところへ戻り、健一と莉奈もそばへ寄った。


 和田がポケットから出したハンカチを、金子が受け取る。


 大阪は右手で和田の袖を掴んだまま、健一に言った。


「三回、使うた。二人が無事なんやけど……嬉しいって、思えへん」


 健一が【解析】を重ね、息を詰めた。


「EPは残ってる。でも、次は使わないで。ここで手当てをして、二人といて」


 金子が血のついた左腕へ布を巻いた。


 大阪は痛みに顔をしかめた。その顔を見て、金子の手が少しだけ震える。


「ここにおるよ。うちも和田くんも」


 大阪は二人を見た。すぐには笑えなかったが、袖を掴む指は離さなかった。


 ミノタウロスは膝をついたまま、西と東と壁際から戻る莉奈の仲間たちを見た。


 伊禮が石壁から手を離し、息を吐く。


「もう、王の声は聞こえない」


 ミノタウロスが自分で頭を下げ、額を莉奈の手の届く高さへ近づけた。


 莉奈はポールを置き、そこに触れる。


 紋様があった場所は熱い。


 その下には、新宿で触れた時と同じ体温がある。


「遅くなってごめん」


 ミノタウロスが小さく鳴いた。痛みと安堵が混じった声だった。


 さっきまで声や打音でしか確かめられなかった仲間が、今は皆、同じ広間にいる。


 山岸が小保内を座らせた。


 小保内は自分から【ハイディング】を解く。


 クラス欄を覆っていたノイズが消え、「草」の表示に隠れていた一字が現れた。


『クラス:女』


「……え?」


 小保内は画面を見つめた。


 山岸が声を掛けかける。


 だが、ミノタウロスが王の方へ顔を向け、広間の空気が張り詰めた。


 小保内は言葉を飲み込み、画面を閉じる。


 ダイはダイダロスの肩を支え、佐藤と汐沢は老人の頭上の石壁を確かめていた。

 伊禮が転がっていた金属棒を拾う。

 輪島とともに、王の手元へ目を移した。


 ミノタウロスが道を開けた。


 隔壁は沈んでも、北の壁の一部から張り出している箇所は残っている。腰までの石の囲いの奥、一段高い壇の上。


 瓦礫の玉座の前に、ミノス王が立っていた。


 莉奈は王を睨み上げる。


「アンタ、また息子を盾にした。あの子が自分で逃げようとしたら、今度は迷宮まで使って」


 ミノス王は答えない。


 冠の下の目が莉奈から逸れ、王は玉座へ座り直した。


 その手は、消えた床の線へ向けたままだった。


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