第49話 排出された少女
東京駅の丸の内口は、地獄絵図だった。
紫色のドームが東京駅の地下全域を覆い、地上のコンコースの一部まで侵食している。パトカーと消防車のサイレンが重なり合い、警察が必死にバリケードを張っている。避難した一般客が数百人、丸の内の広場に溢れていた。
莉奈たちのタクシーが停まった。
七人が降りると、すぐにドームに近づいた。紫色の壁面が空気を歪ませている。渋谷や新宿と同じ色。同じ匂い。
「入れる?」
莉奈がドームに手を伸ばした。指先が触れる直前で、弾かれた。磁石の反発のような力。
「弾かれた。──入れない?」
健一が【解析】を試みた。ステータス画面は復活していない。だが、ダンジョンに近づいたことで、微かに反応する。
「中に人がいる。何人かは分からないけど、スロットが埋まってる感じがする。新宿の時は召喚された瞬間に中にいたけど、今回は外から入ろうとしてる。だから弾かれてるのかも」
「じゃあ、どうすんの。中に人がいるのに」
その時、ドームの表面が波打った。紫色の壁面が一瞬だけ薄くなり、中から人間が吐き出された。
三十代の男性。スーツ姿。地面に転がり、這いつくばって咳き込んでいる。目が虚ろだ。
「大丈夫ですか!」
小保内が駆け寄った。男は震えながら「中に……化け物が……」と呟いている。
続けて、もう一人。制服姿の駅員。ドームから弾き出されるように飛び出し、地面を転がった。
「自動排出? 中のキャパシティを超えた人間が、外に弾き出されてるんだ」
健一が分析した。ダンジョン化した瞬間、システムは内部の人間から十四人を「同期対象」として選び、枠を超えた人間を外へ排出しているらしい。少なくとも、入口付近では。
三人目が飛び出した。
四人目。
五人目。
駅の地下にいた一般客が、次々とドームの外に吐き出されている。莉奈たちは排出された人間を助け起こしながら、状況を把握していった。
六人目が排出された時、莉奈の耳に、他と違う声が聞こえた。
「中にまだいるんです! ダイとテツがまだ中にいる! ダンジョンなんです、これ! お願い、誰か──」
パニックの群衆の中で、一人だけ「ダンジョン」という単語を使っている人間がいた。
莉奈は群衆を掻き分けて、声の主を見つけた。
短い茶髪の女の子。
莉奈と同い年くらい。制服ではなく、フリルのついた私服。観光客だ。顔に擦り傷があり、膝を打ったらしく足を引きずっている。泣きそうな顔で周囲の大人に「中にまだ人がいるんです」と訴えているが、誰も取り合わない。パニックの中で、「ダンジョン」なんて言葉を使う子供は、頭がおかしいと思われている。
「アンタ」
莉奈が声をかけた。少女がこちらを向いた。
「突破者?」
その一言で、少女の目が変わった。恐怖と混乱の中に、一筋の希望が走った。
「……梅田?」
「渋谷」
「渋谷の! わたし、名古屋です。マーサ。名古屋ダンジョンの突破者。中にダイとテツがまだいます。一般の人も何人か。わたしだけ外に弾き出された」
莉奈はマーサの肩を掴んだ。
「落ち着いて。状況を教えて」
マーサは深呼吸をして、震える声で語った。
名古屋組三人は修学旅行の自由行動で東京駅に来ていた。丸の内の地下街でお土産を見ていた時、突然紫色のドームが広がった。ダンジョン化。名古屋のトライアルと同じ現象。
三人はすぐに態勢を取った。
周囲には数え切れないほどの一般客がいて、パニックに陥っていた。ダイが「落ち着け、ここはダンジョンだ」と声を上げたが、一般客には「ダンジョン」の意味すら分からない。
そして、排出が始まった。ドームの壁面が収縮し、キャパシティを超えた人間を外に弾き出す。一般客が一人、二人と消えていき、マーサもその波に巻き込まれた。気がついた時には、ドームの外に転がっていた。
「ダイとテツは中に残ってます。一般の人も、わたしが弾き出される直前で八人くらい。ダイが『一般人を出口に誘導する』って言ってたけど、パニックで誰も言うこと聞いてなくて──」
「出口? 出口があるの?」
「ダイが言ってました。ダンジョン内部に、外に繋がる排出ポイントがある。そこに一般人を連れていけば外に出せる。それで──」
「それで?」
「一般人が出た分だけ、外から誰かが入れるようになるかもしれない、って。ダイが、スロットがどうとか──」
健一の目が光った。
「スロットが空く。一般人が一人出るたびに、外から一人入れるようになる。マーサさん、ダイさんは名古屋のトライアルでもこのシステムを経験してるの?」
「はい。名古屋の時もキャパシティがあって、十四人以上は入れなかった」
十四。渋谷も十四。
新宿は七。
そして東京駅も──十四?
「莉奈。中のダイさんが一般人を排出ポイントに誘導できれば、そのぶんスロットが空いて、僕たちが入れるようになる」
「つまり、ダイとテツの二人が中で一般人を説得して出さないと、アタシたちは入れないってこと?」
「そう」
莉奈はドームを睨んだ。
中に入れない。
自分の力ではどうにもならない。
名前も知らなかった男に、
全てを委ねるしかない。
「……最悪」




