↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
48/105

第48話 半分の裏切り

 七人が緊急集合したのは、渋谷のファミレスだった。


 窓の外から、東京駅方面の空が紫に染まっているのが見える。テレビのニュースでは、丸の内のオフィスビルから避難する人々の映像が繰り返し流れている。


 健一のスマホが鳴った。着信ではない。テキストでもない。画面に直接、文字が浮かび上がった。迷宮のシステムを通じた直接通信。ダイダロスからだ。


 健一が声に出して読んだ。


「『ミノス王が来た。

イカロスの命を条件に、新たな迷宮の生成を要求された。

断れなかった。

東京駅の地下にダンジョンを生成した。

だが、途中で止めた。

完全な迷宮ではない。

不完全なダンジョンが制御不能で拡大している。

一般人が巻き込まれている。

私の力では止められない』」


 沈黙がファミレスに落ちた。


 ドリンクバーの氷が溶ける音だけが聞こえる。


 健一が最後の一行を読んだ。


「『助けてくれ』」


 莉奈はテーブルの上で拳を握った。


 爪がピンクのネイルの下で掌に食い込む。


 新宿で、あの爺さんはようやく「息子を助けてください」と直接口にした。今度は、自分がまた迷宮を作ったことまで晒した上で、「助けてくれ」と言った。


 だが──遅い。


 もう東京駅がダンジョン化している。一般人が巻き込まれている。テレビの映像では、丸の内の地下街から逃げ出す人々がパニックを起こしている。成長しても、取り返しのつかないことはある。


「あいつ、今度は自分の失敗まで言って、助けてって言ったわよ」


 莉奈の声は、不思議なほど静かだった。


「言うのが遅すぎたけど」


 大阪が立ち上がった。


「あの爺さんを信用できへん。新宿で助けて、壁画見て泣いて、一ヶ月経ったらまたこれや。何回同じことすんねん」


「大阪ちゃん──」


 金子が宥めようとしたが、大阪は止まらなかった。


「ウチらが新宿で何したか覚えてるか? 鎖砕いて、都庁登って、七人で接続切って。全部、あの爺さんのためにやったんや。それがたった一ヶ月で裏切られた。──ウチは、もう無理や」


 大阪の目が赤かった。


 怒りだけじゃない。裏切られた悲しみだ。壁画に描かれた七人の姿を見て、声を震わせていた大阪。あの壁画を描いた手が、また迷宮を作った。


 和田がコーヒーを啜りながら、ぽつりと言った。


「で、行くんやろ」


 全員が和田を見た。


「行くか行かへんかで言うたら、行くしかない。ダンジョンはもうある。中に人がおる。ダイダロスを許すかどうかは、帰ってきてからでええ」


 山岸が頷いた。


「和田の言う通りだ。感情の問題と、目の前の問題は分ける」


 小保内が静かに言った。


「私も行きます」


 金子が「うちも」と手を挙げた。


 莉奈は六人を見回した。


 全員がここにいる。信頼にヒビが入ったまま。ダイダロスを許すかどうか、答えは出ていない。でも──


「行くわよ。あの爺さんを許すかどうかはアタシが決める。でも、中の人たちを見捨てるのは別の話」


 七人がファミレスを出た。


 東京駅に向かう電車は止まっている。タクシーを二台拾い、紫色のドームに向かって走り出す。


 莉奈のタクシーには健一、金子、大阪。


 もう一台に山岸、小保内、和田。


 車内は沈黙だった。


 新宿の時とは違う空気だった。あの時は全員がバラバラに召喚されて、合流を目指した。今回は七人で揃って向かっている。でも、心がバラバラだ。


 信頼にヒビが入ったまま、戦場に向かう。


 金子がスマホを見ていた。


 メッセージアプリのトーク画面。「新宿ダンジョン同窓会」のグループ。昨日まで和田がボケを投下し、大阪がツッコみ、金子がスタンプを連打していた履歴。たった一日前の日常が、もう遠い。


 金子がスクロールを止めた。


 ダイダロスが施設に入った時に、健一が報告したメッセージ。『ダイダロスさんとイカロス、無事に施設に入りました。しばらくは安静に』。全員がスタンプで反応していた。ハートマーク。グッドサイン。あの時、全員が安心していた。


 大阪が窓の外を見つめていた。唇を噛んでいる。


「大阪ちゃん」


 金子が小さく声をかけた。


「自分を責めてるやろ。『看破で気づいてたのに、もっと早く言えばよかった』って」


 大阪が振り返った。目が赤い。


「……先週の面会で気づいてたんや。あの爺さんが嘘ついてるって。でも、確証がなかったから、莉奈ちゃんに電話しただけで──もっと強く言うべきやった」


「アンタのせいじゃない」


 莉奈が前を向いたまま言った。


「ダイダロスが相談しなかったのが悪い。アンタが気づいたのは、アンタの力。自分を責める暇があったら、その目を東京駅で使いなさい」


 大阪は何も言わなかった。でも、唇を噛む力が少しだけ緩んだ。


 莉奈は窓の外の紫色の空を見つめた。


(アタシの親父と同じだ。何回でも同じことをする)


 でも、父親と一つだけ違う。


 ダイダロスは「助けてくれ」と言った。


 父親は、まだ言っていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。