第47話 三度目のダンジョン化
朝のニュース速報で、目が覚めた。
『緊急速報です。今朝六時三十分頃、JR東京駅の丸の内地下広場付近で、東京都内では渋谷・新宿に続く三度目、全国では七件目のダンジョン化現象が確認されました。紫色のドーム状バリアが東京駅一帯を覆い──』
莉奈は跳ね起きた。
スマホが震えている。
メッセージアプリの通知が滝のように流れてくる。「新宿ダンジョン同窓会」のグループが爆発していた。
金子『東京駅やばくない!?』
大阪『テレビ見ろ。渋谷の時と同じドームや』
和田『まーた始まったか』
山岸『莉奈ちゃん、健一くん、右手痺れてないか?』
小保内『生きてます。テレビ見てます』
金子『小保内さん!! 無事!!』
金子『スタンプ』
金子『スタンプ』
金子『スタンプ』
大阪『スタンプ連打やめろ』
いつもの光景。
だけど、メッセージの間隔が異常に短い。全員が、同時にスマホを握りしめている。
莉奈は右手を見た。
痺れている。昨日までの「たまに来る残響」ではない。はっきりと、ステータス画面が明滅している。半透明のウィンドウが視界の端で点滅し、数字が──読めない。でも、形は覚えている。あの画面だ。
渋谷の時は、痺れてから画面が出るまで数分あった。
新宿の時は数十秒だった。
今回は、目が覚めた時点でもう明滅している。
早くなっている。
莉奈は掌を握って、開いた。指は動く。感覚もある。
ただ、皮膚の下で何かが起き上がろうとしている感じがする。
三度も同じことをされれば、身体の方が覚えてしまうらしい。
(……行けって言われてる気がするんだけど)
健一からの個別メッセージ。
『莉奈。ダイダロスさんに連絡つかない。施設に電話したけど応答なし』
莉奈の血が冷えた。
『イカロスは?』
『イカロスだけ施設にいる。ダイダロスさんが昨夜出ていったらしい。「すぐ戻る」と言って』
すぐ戻る。
その言葉を信じて待っている少年の顔が、脳裏に浮かんだ。
リビングに降りると、母親がテレビの前に座っていた。東京駅のニュースが繰り返し流れている。テーブルの上にコーヒーのマグカップ。
冷めている。──ずっとここで見ていたのだ。娘が起きる前から。
「行くの?」
母親の声は平坦だった。
でも、マグカップを握る手の指先が白くなっていた。
「うん」
「……そう」
母親はコーヒーを一口飲んだ。
冷めたコーヒーを、顔をしかめずに飲み干した。莉奈の母は莉奈に似ている。泣かない。泣く代わりに、冷めたコーヒーを飲み干す。
「帰ってきなさいよ」
「当たり前っしょ」
母親は、それ以上何も訊かなかった。
どこへ行くのか、何をするのか、誰と行くのか。訊かない代わりに、キッチンへ歩いていって、冷蔵庫からペットボトルの水を一本出した。
それをテーブルの端に置いた。
莉奈の方を見ないまま。
何も言わずに置いて、背中を向ける。
──父と同じ形だ、と一瞬だけ思った。
でも違う。父は出ていく前に置いた。
この人は、帰ってくる前提で置いている。
莉奈は水を取って、リュックに入れた。「ありがと」とは言わなかった。言ったら泣きそうだったからだ。
莉奈は玄関で靴を履きながら、振り返った。
母親はテレビを見つめていた。
背中が、少しだけ小さく見えた。
大阪から電話が来た。
出る前に、莉奈はすでに答えを知っていた。
「大阪。あの爺さん──」
「やりよった。あの爺さんが、東京駅のダンジョン作りよった」
大阪の声は、怒りで震えていた。




