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第46話 ダイダロスの沈黙

 政府の保護施設は、都心から少し離れた住宅街にある古いマンションの一室を改装したものだった。表向きは「外国人研究者の仮宿」ということになっている。


「いらっしゃい、莉奈さん、健一さん」


 ドアを開けたのはイカロスだった。


 日本語が少し話せるようになっている。アクセントは独特だが、発音は明瞭。茶色い巻き毛は散髪され、ユニクロのTシャツとジーンズを着ている。数千年前の少年が、令和の服を着ている光景は、まだ慣れない。


「イカロスくん、日本語上手になったね」


 健一が笑うと、イカロスは少し誇らしそうに胸を張った。


「テレビで覚えた。『おはようございます』『いただきます』『推しが尊い』」


「最後のは覚えなくていい」


 莉奈がツナマヨのおにぎりを渡すと、イカロスは両手で受け取って嬉しそうに頬張った。コンビニのおにぎりが好きだと聞いていたが、食べ方が独特だ。フィルムの剥がし方を健一に教わったのに、毎回海苔がぐちゃぐちゃになる。


「父さんは奥にいる」


 イカロスがリビングの奥を指差した。


 窓際に、ダイダロスが座っていた。白髪の老人は窓の外を見つめている。展望室に一人で座っていた時と、同じ姿勢だった。


「ダイダロスさん。お加減どうですか」


 健一が声をかけた。ダイダロスがゆっくりと振り返る。


「……ああ。来てくれたのか」


 声に力がなかった。以前の覇気が消えている。壁画を描き、設計図を引き、迷宮の接続を切る指示を出した時の気迫が。


 莉奈はダイダロスの目を見た。


 目を合わせない。視線が泳いでいる。渋谷の放課後、スマホの画面ばかり見ていた頃の自分と同じ。何かから目を逸らしている。


「右手が時々痺れるんだけど、何か分かる?」


 莉奈が訊くと、ダイダロスは一瞬だけ目を見開いた。それから、すぐに視線を窓に戻した。


「……古い魔力の残滓(ざんし)だろう。じきに消える」


 短い。


 いつものダイダロスなら、魔力の残留メカニズムについて長々と語るはずだ。それを一行で片付けた。


 帰り道、健一と並んで歩きながら、莉奈は呟いた。


「あの爺さん、おかしかった」


「うん。何か隠してる」


「分かるの?」


「分かるよ。渋谷で莉奈が毎日『平気』って嘘ついてた時と、同じ顔してたから」


 莉奈は健一の肩を軽く叩いた。


「余計なこと覚えてんじゃないわよ」


 夜

 莉奈が部屋のベッドに寝転がっていると、スマホが鳴った。大阪からの電話。


「莉奈ちゃん。今日ダイダロスに会ったんやろ」


「うん。なんかおかしかった」


「やっぱりな。ウチ、先週面会した時に気づいてん。あの爺さん、嘘ついてる」


「嘘?」


「【看破】は消えてへん。スキルは使えへんはずやけど、ウチの『目』は残ってる。あの爺さんの目の動き、声の震え、全部──何かを隠してる人間のパターンや」


 莉奈は窓の外を見た。


 夜空は暗い。


 星は見えない。


 でも、


 東京駅の方角だけ、


 空が微かに紫に光った気がした。


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