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第40話 空に近い迷宮

 都庁ダンジョンは、上に向かって伸びていた。


 エントランスホールの吹き抜けを貫く螺旋階段が、遥か上方に向かって伸びている。壁面は古代ギリシャ風のアーチが連なり、蒼白い魔力灯が浮かんでいる。


 莉奈の指先が、熱を帯び始めた。


「EP、上がってる。登るほど回復してる」


 健一が確認した。


 高度そのものが原因ではない。イカロスを父親に会わせたい。その気持ちが強くなるほど、莉奈のEPが戻っている。


「でも敵もおるで」


 大阪が螺旋階段の上を睨んだ。


「十体以上。五階おきくらいに配置されてる」


 山岸の【探知】が報告した。ミノタウロスの劣化コピー。渋谷のやつと同等か、それ以上。


「七人で、十体。一体ずつ片付ける」


 莉奈のポールを握る手に力が入った。


 最初の劣化コピー。


 金子が【道化】でヘイトを引き、

 大阪がパターンを読み、

 山岸が弱点を探り、

 小保内がバフをかけ、

 莉奈が叩き、

 健一がマップで退路を確保する。


 三十秒で撃破。


 二体目。二十秒。連携が研ぎ澄まされていく。


 三体目の時、金子が被弾した。劣化コピーの拳が、ヘイトを引いていた金子の右肩を掠めた。金子は悲鳴を上げなかった。歯を食いしばって、笑顔のまま立ち続けた。


「金子!」


「大丈夫! うち、まだ──」


「黙って下がって。大阪、金子の代わりにヘイト引ける?」


「無理や。ウチのスキルは観察系で──」


「じゃあアタシが前に出る。金子は後ろで休んでて」


「莉奈ちゃん、【道化】がないとヘイトが散って──」


「散ったら散ったで、七人で受ける。一人に集中させる必要ないでしょ」


 莉奈はポールを構え、劣化コピーの正面に立った。


 渋谷式だ。ヘイト管理ではなく、正面火力で押す。EPが回復した莉奈の雷は、都庁の上層では渋谷の地上並みの出力を取り戻していた。


 四体目と五体目は、莉奈が前衛で雷を叩き込み、山岸が弱点を指示する形で片付けた。金子は後方で悔しそうな顔をしていたが、大阪が「休むのも仕事や」と言い聞かせた。


 六体目が、違った。


 踊り場に現れた劣化コピーは、他の五体より一回り大きかった。角が長く、身体の表面に赤い紋様が浮かんでいる。他の劣化コピーにはなかった意匠。


「あれだけ、雰囲気が違う」


 大阪の【看破】が警告した。


「動きが速い。他の五体の倍以上。しかも──こっちを見てる。莉奈ちゃんだけを」


 莉奈がポールを構えた瞬間、劣化コピーが突進した。


 速い。渋谷のミノタウロスの劣化コピーより明らかに速い。莉奈は横に跳んで躱したが、壁際にいた健一の方に軌道が逸れた。


「健一!」


 健一が【光の盾(イージス)】を展開した。


 だが、この劣化コピーの一撃は盾を貫通した。光の膜がガラスのように砕け、健一が吹き飛ばされる──


 莉奈が、健一と劣化コピーの間に入った。


 ポールで受けた。腕に衝撃が走り、足が床を滑った。歯を食いしばって踏ん張る。ステンレスのポールが軋み、ひしゃげる。両腕が痺れた。


「莉奈!」


「いいから、黙って下がってなさい……!」


 莉奈は劣化コピーの拳を弾き返し、隙を突いて胸部に雷のポールを叩き込んだ。だが、一撃では倒れない。赤い紋様が光り、ダメージを吸収している。


「山岸、弱点は!?」


「胸のコアの位置が他と違う! 左にずれてる! 紋様の中心、左鎖骨の直下!」


 莉奈は二撃目を狙った。


 だが劣化コピーが先に動いた。戦斧の横薙ぎ。莉奈は上体を反らして躱したが、金髪の毛先が風圧で乱れた。


 三撃目の踏み込みで──ポールが、左鎖骨の直下を貫いた。


 光の粒子に散る。


 だが、他の五体の倍の時間がかかった。


「……何あれ。他のとレベルが違う」


 莉奈は荒い息を整えながら、ひしゃげたポールを見た。もう真っ直ぐには振れない。


「あの赤い紋様。壁画の削り跡と同じ魔力の質感や」


 大阪が眉をひそめた。壁画を怒りながら焼き消した、あの悪意。同じ手が、あの一体だけを強化していた。


 七体目は普通の劣化コピーだった。


 ひしゃげたポールでも、一撃で砕けた。


 六体目だけが「特別」だった。誰かが──わざわざ、一体だけ強くした。


 八体目で、和田が動いた。


 劣化コピーが金子の──いや、莉奈の方に突進してきた瞬間。和田が片手を上げた。


 劣化コピーの拳が、空を切った。拳の軌道上の空間と、三メートル横の何もない空間が──入れ替わっていた。


「攻撃の軌道と、何もない場所をすり替えた」和田が言った。


 七体分のパターンを見続けて、タイミングを計っていたのだ。


「和田──アンタ」


「七体分、大阪ちゃんのパターン読みを聞いてたからな。軌道が読めれば、すり替えるタイミングも分かる」


 大阪が珍しく驚いた顔をしていた。


「あんた、梅田でこれ使えてたら──」


「遅かったわ。ごめんな、金子」


 金子が後方から叫んだ。


「謝らんでええよ! 次はうちも前に出る!」


「だから休めって」


 莉奈がツッコんだ。


 自分で言いながら、笑ってしまった。こいつら、本当にうるさい。でも、うるさいのは──嫌じゃない。


 残り二体は一分以内に片付けた。


 最上階。


 四十八階。


 展望室の扉の前に、七人とイカロスが立った。


 全員、傷だらけだった。


 金子は右肩を庇い、莉奈のポールはひしゃげ、健一のメガネのレンズにヒビが入っている。


 でも、全員が立っている。


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