第39話 父の居場所
イカロスが莉奈の前に立った。
「──父はどこだ」
真っ直ぐな目だった。
ここではない場所を探している目。空を。太陽を。父を。数千年もの間、彼にとっては数時間だが、この暗い広間で、ずっと。
健一が答えた。
「神話の一説では、ダイダロスは『高い塔に幽閉された』と言われてる。この駅の近くで一番高い建物は──東京都庁。高さ二百四十三メートル。もし神話の『高い塔』が今の街に重なってるなら、候補はそこだと思う」
山岸が【探知】を起動した。空間の歪みを辿る。
新宿駅から西へ伸びる歪み。その先、地上を越えてさらに上。高い場所に、微かだが確かに、人間サイズの生命反応がある。
「いる。都庁方向。最上階付近に、一人」
健一も【解析】を重ねた。新宿駅側の迷宮と、都庁側の迷宮は同じ一つの構造ではなかった。だが今は、地下の連絡通路に沿って魔力の経路が繋がっている。
別々の迷宮が、一本の道で接続されていた。
イカロスの目が見開かれた。
「おそらく、あなたのお父さんは、あなたを救える人材を探すために、全国にトライアルダンジョンを仕掛けた。渋谷も梅田も全部──あなたのお父さんが」
莉奈はポールを肩に担いだ。
「行くわよ。都庁。──あのオヤジ、息子を救いたかったんなら、試験なんか仕掛けないで、直接助けを求めればよかったのに」
「それができない理由があるんだよ。加害者が被害者に助けを求めるのは──すごく難しい」
健一の声は静かだった。
莉奈はその言葉に何も返さなかった。返せなかった。
父親が家を出ていった後、一度だけ電話をかけてきたことがある。莉奈は出なかった。留守電にも何も入っていなかった。言えなかったのだろう。「ごめん」とも「元気か」とも。
あの時、出ていたら──。
考えても仕方ない。今は、目の前の父と子を会わせること。それだけだ。
新宿駅の地下から都庁へ続く連絡通路に入ると、壁面が変わった。現実の地下道に迷宮が重なるように、コンクリートが石灰岩の切石積みへ、さらに古代ギリシャ風の精密な石造りへ変わっていく。
通路の中間で、脳内に声が響いた。
壁の奥から、また聞こえた。あの声。迷宮を通じた、老人の声。新宿に入った時の冷たい案内放送とは違う。これは生身の人間の祈りだ。
『──お願いです。息子を、助けてください』
命令でも事務連絡でもなかった。
ひとりの父親の、剥き出しの祈り。
「泣いてるやん」
金子が呟いた。
大阪が無言で金子の肩をポンと叩いた。
莉奈は拳を握った。
このオヤジは、ずっとこれが言いたかったのだ。でも言えなかった。
自分が迷宮を作って人を巻き込んだ張本人だから。
(アタシの親父も──あの電話で、同じことが言いたかったのかな)
莉奈はその考えを、今度は押し込めなかった。
痛いけど、目を逸らさない。渋谷の莉奈なら逸らした。
でも今の莉奈は、逸らさない。




