第34話 信頼の一歩
隠し通路の先は、トラップ地帯だった。
感圧式スイッチと射出孔が、床のタイル一枚一枚に仕込まれている。新宿のトラップは渋谷より密度が高く、安全なタイルの間隔が狭い。
「健一、大阪、山岸。三人の目で索敵して」
莉奈が指示を出した。渋谷では健一ひとりのナビだった。今は三人分の「目」がある。
健一の【解析】が魔力反応でトラップの起動回路を検知する。
大阪の【看破】が床面のタイルの微妙な色味の違いからスイッチの位置を推測する。
山岸の【探知】が床下の空洞と射出孔の配管構造を透視する。
三つのスキルが重なり合い、安全ルートが一本の光の糸のように浮かび上がった。
「右斜め前、二歩。左の壁際に寄って。天井のパイプの真下は安全」
三人の声が、交互に莉奈を導く。莉奈は一切の思考を挟まず、声だけを信じて動いた。
健一の声が、妙に耳に残った。冷静で、距離があって、感情を抑えた声。──父が出張先から電話をかけてきた時の声に似ている。「元気か」「勉強してるか」。用件だけ伝えて、切る。温度のない声。
でも、健一の声には一つだけ違うものが混じっていた。──震え。「右斜め前」と言いながら、声の端が微かに揺れている。莉奈が踏み外すことを、本気で怖がっている。
父の声は、震えなかった。たぶん、怖くなかったのだ。莉奈を失うことが。
──やめよう。今は、声を信じて動く。それだけでいい。
「金子、莉奈の後ろを正確に。足跡と同じ場所だけ踏んで」
「了解!」
金子が莉奈の足跡を正確にトレースする。【道化】で培った動体視力が「莉奈の動きを完コピする」技術に転用されていた。
和田が壁際で待機し、万が一トラップが作動すれば射出物と空間を【すり替え】て消す保険。
小保内が山岸の背中に手を当て、【バフ】で【探知】の精度を底上げした。
七人が順番に通過し、全員無事に抜けた。
「一人じゃ無理。二人でもギリギリ。七人なら──いける」
莉奈は自分の言葉に、初めて実感を込めた。
トラップ地帯を抜けた先に、最深部への階段が見えた。石造りの螺旋階段。下から吹き上げてくる空気が、全ての魔力を吸い込むように重い。
「EPが下がってる。このまま下りたら、最深部では雷の出力も落ちる」
健一は理由を口にしなかった。「コアが魔力を吸っている」という以前の仮説は、もう捨てている。EPは莉奈の感情そのものだ。恐怖を押し殺し、心を固くするほど、その総量が落ちていく。
だが、その真実を告げる覚悟はまだなかった。
最深部では雷が使いにくくなる。
今回は覚醒も使えない。使わないと決めた。
「行くわよ」




