第33話 深層の牙と、戦いながらの喧嘩
深層に入った途端、空気が変わった。
壁面の石造りが粗くなり、天井から垂れ下がる赤紫色のツタが増える。モンスターの密度も跳ね上がった。タロスの亜種が通路を塞ぎ、その背後でエムプーサの群れが壁に溶けて待ち構えている。
「前方にタロス亜種二体。壁面にエムプーサ四体」
健一と大阪が同時に報告した。
「突っ込んで蹴散らす」
莉奈がポールを構えて踏み出した瞬間、健一が腕を掴んだ。
「待って。MPを温存したい。迂回ルートがあるかもしれない」
「迂回してる間にエムプーサが増えるかもしれないでしょ」
「でも、ここでMP使い切ったら最深部で──」
「最深部のことは最深部で考えればいいの。目の前の敵を倒さなきゃ先に進めない」
莉奈と健一の視線がぶつかった。
渋谷でもこの対立はあった。莉奈の「突っ込む」と健一の「温存する」。
「うちも突っ込む」
金子が莉奈の横に並んだ。
大阪が額を押さえた。
「二人とも前に出すぎ。一回黙って」
「あるで」
全員が山岸を見た。
彼は【探知】で壁の向こう側をスキャンしていた。
「左の壁、厚さ三十センチ。その向こうに隠し通路がある。モンスターの反応はない。床面の構造が歪んでて、人一人が這って通れる隙間がある」
莉奈は一瞬、悔しそうな顔をした。また「突っ込む」が不正解だった。
でも、山岸が見つけた第三の選択肢は、「迂回」でも「突破」でもない。「すり抜ける」だ。
「……分かった。山岸のルートで行く」
七人が壁の隙間を一人ずつ這って通過した。制服が石で汚れる。
金子が「莉奈ちゃん、スカート破れてへん?」と笑い、莉奈が「うるさい。見るな」と返す。
隠し通路の先は静かだった。
そして、声が聞こえた。
案内放送ではなかった。
迷宮の壁面を通じて伝わってくる、人間の声。
老人の声。
震えている。
『──お願いです。息子を、助けてください』
七人が立ち止まった。
「泣いてるやん、この声」
金子が呟いた。
莉奈は拳を握った。




