第3話 空中に浮かぶウィンドウと、しぶしぶパーティー結成
化け物の残骸が最後のひとかけまで空気に溶け込み、路地裏には再び不気味な静寂が降りてきた。莉奈は、まだ熱を持っている鉄パイプを肩に担ぎ、大きく息を吐き出した。
「……で、なんなのこれ」
莉奈は、苛立ちを隠そうともせず宙を睨みつけた。
彼女の目の前には、さっきから半透明のウィンドウがふんわりと浮かんでいるのだ。触ろうとしても、デコったネイルの先は空を切るだけ。だが、視界の端にずっとへばりついている。
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神崎莉奈
クラス:魔闘家(Lv.1)
H P:120/120
M P:15/30
スキル:【雷纏】
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「ゲームのステータス画面じゃん……。マジで意味わかんない。現実がバグったとでも言うわけ?」
苛立ち交じりにストローの先を噛む莉奈。
すると、背後から不意に冷静な声が聞こえた。
「現実がゲームのシステムに侵食されてるんだ。いや、この世界そのものが、ダンジョンという別の法則に塗り替えられたと言ったほうが正しいかもしれない」
振り返ると、健一が立ち上がっていた。
さっきまで腰を抜かしてガタガタ震えていた男と同一人物とは思えないほど、その声は落ち着いていた。黒縁メガネの奥の瞳は、恐怖を通り越し、ある種の『理解』の光を帯びている。
健一の視線もまた、莉奈には見えない空中の何か、彼自身のステータス画面を捉えていた。
「……アンタ、なんでそんな冷静なわけ? さっきまで泣きそうだったくせに」
「泣いてはないよ。でも、少し落ち着いたのは確かだ。僕にとって、得体の知れない現実よりも、ルールのあるゲームシステムのほうが、まだ理解できるからね」
健一は、こういうオタク特有の適応力の高さを持っている。
小学校の頃から、新しいゲームを買うと説明書(今はチュートリアルだが)を隅から隅まで読み込み、システムの最適解を即座に導き出すタイプだった。極限状態の恐怖の中で、彼の脳は「ゲーム的法則」というすがりつけるロジックを見つけ、なんとか正気を保ち直したのだろう。
「莉奈は前衛の『魔闘家』さっきの雷撃の威力、マジで桁違いだった」
「勝手に分析してんじゃないわよ。で、アンタは何なわけ? どうせ村人Aとかでしょ」
「『戦術士』だよ」
健一はメガネをくいっと押し上げた。
いつもの癖だ。考えがまとまったときにやる仕草を、莉奈は知っている。
「戦闘能力は皆無に近い。でも、マップの把握や敵のステータス、弱点を見抜く【解析】っていう初期スキルがあるみたいだ。莉奈、お願いがある」
健一は一歩踏み出し、莉奈を真っ直ぐに見つめた。
「僕と、パーティーを組んでくれないかな」
「はぁ?」
莉奈は反射的に顔をしかめた。
「パーティー? こんな状況でパリピってんじゃないわよ、バカじゃないの」
「違う違う! ゲーム用語だよ! チームを組むっていう意味で……」
「じゃあ最初からそう言いなさいよ。オタク語で話すな」
「なんでアタシがアンタなんかと。足手まといになるだけっしょ」
言葉にした瞬間、莉奈の胸の奥でチクリと何かが痛んだ。
さっき、あの猪みたいな化け物の前で無意識に健一を庇った自分。「一人が楽」と言い聞かせている自分の足が、なぜ他人の前に出てしまうのか。その矛盾に、莉奈はまだ名前をつけられないでいた。
「足手まといにはならない。いや、戦闘ではまるっきりお荷物だけど……でも、情報なら提供できる」
健一は必死に食い下がった。
「この紫色のドームのせいでスマホのGPSは死んでる。地上はさっきみたいなモンスターだらけで、どこにどれだけいるかも分からない。不意打ちされたら、莉奈一人じゃ対応しきれないはずだ」
「……」
「僕の【解析】スキルがあれば、敵の配置を事前に察知して、安全なルートを探せる。パーティーを組めば、経験値の共有やマップの連動もできるはず」
「だから……僕を守ってほしい。その代わり、僕が莉奈の目と耳になる」
健一の足元は、よく見るとまだ微かに震えていた。強がっているのはお互い様だ。経験値だかなんだか知らないが、要するに敵を倒せば強くなる、一緒に倒せばお互い強くなれる? ということだろう。ゲームオタクの言うことをいちいち正確に理解する必要はない。
この幼馴染は、自分一人では五分以内に別の化け物の餌になることを自覚している。だから、必死に自分の存在意義を提示して、莉奈にすがりついているのだ。
莉奈は、ため息を一つ、大きくついた。
「……あーもう。ウザい」
宙に浮かぶウィンドウを操作し、【パーティー申請:高橋健一】の項目の横にある、【承認】ボタンを指で乱暴に振り抜く。
ピロン、と間の抜けた電子音が路地裏に鳴った。
『神崎莉奈と高橋健一がパーティーを結成しました』
脳内に無機質なアナウンスが流れ、莉奈の視界の端に、健一のHPとMPのバーが追加された。
「ありがとう、莉奈」
健一が安堵の表情を浮かべる。
莉奈は視線を窓の外へ逸らした。
「アンタのナビがないと、安全に駅まで辿り着けない。それだけ。アタシの指示には絶対従うこと。いい?」
「了解。頼りにしてる」
「キモいこと言わないで」
莉奈は得物を握り直し、路地裏の出口へと歩き出した。健一は【解析】スキルを起動し、空中に浮かび上がった光のマップを確認しながら、その後ろをついて歩く。マップの上では、安全なルートが細い光の糸のように一本だけ伸びていた。
莉奈が先頭、健一が二歩後ろ。それは奇しくも、小学校の通学路で、いつの間にか自然と決まっていた二人の定位置──その距離感と同じ。
紫色の空の下、莉奈は鉄パイプを肩に担いだ。
二歩後ろを歩く足音が、不思議と耳障りではなかった。




