第28話 五人と、壁に溶ける悪意
五人での探索は、二人の時とは別物だった。
健一の【解析】が半径五メートルの壁面をスキャンし、大阪の【看破】がその範囲外を観察で補完する。
「健一くん、右壁の染み。マップに映ってる?」
「いや、五メートルぎりぎり外だ。でも大阪さんが言うなら──」
「映ってなくても分かるよ。あの染み、他のタイルと乾き方が違う。微かに湿ってるように見える。エムプーサは擬態中に体表から粘液を出すやろ。だから擬態ポイントの壁面は、周囲より少しだけ湿度が高い」
健一が息を呑んだ。【解析】は魔力反応でエムプーサを検知する。大阪の【看破】は、目視の観察で「壁の湿り気」から敵を見抜く。アプローチが全く違う。
「二人分で全方位カバーできるね」
「せやな。デジタルとアナログの二重索敵。悪くないやん」
五人が通路を進む。
先頭は莉奈。右に金子、左に大阪。後方に健一と和田。
角を曲がった瞬間、天井からエムプーサが三体同時に落下してきた。
「上!」
大阪の声に、莉奈は考える前に動いた。ポールを振り上げ、一体目の触手を薙ぎ払う。金色の雷光が通路を照らし出す。
「二体目、金子の三時方向!」
「はーい! こっち見てこっちー!」
金子が【道化】を発動した。二体目のエムプーサの注意が、瞬時に金子に集中する。黒い触手が金子に向かって伸びる──
「金子、伏せろ!」
莉奈が叫んだ。金子がしゃがんだ瞬間、莉奈のポールが金子の頭上を通過し、二体目の触手を叩き切った。
「ナイス、莉奈ちゃん!」
「喋ってないで避けなさい!」
三体目が壁面に逃げようとした。擬態モードに入れば、また検知できなくなる。
「和田!」
莉奈が叫ぶ前に、和田が動いていた。
三体目が溶け込もうとした壁面と、反対側のガラス張りの壁の位置を【すり替え】で入れ替えた。エムプーサはガラスの壁面に張りつこうとするが、ガラスには擬態できない。黒い身体がずるずると滑り落ちる。
「今や、莉奈ちゃん!」
莉奈のポールが、滑り落ちたエムプーサを床に叩きつけた。光の粒子に散る。
「……三体、二十秒。悪くないじゃん」
莉奈が息を整えながら言うと、健一が横から無言でステータス画面を覗き込んだ。莉奈のHPを確認している。「怪我は?」とも「大丈夫?」とも言わない。ただ、数字を見て、安心して、視線を戻す。
その仕草に、一瞬だけ胸がざわついた。
父がそうだった。テストの点数を無言で確認して、何も言わずに部屋を出ていく。良かったのか悪かったのか、表情から読めない。心配してるのか、興味がないのか、分からない。不器用な距離の取り方。
健一のそれは、たぶん心配だ。
──たぶん。父のそれは、今でも分からない。
ざわつきはすぐに消えた。
和田が壁に寄りかかってにやりと笑った。
「なあ、今の戦闘で気づいたんやけど。うちの【すり替え】、壁面だけやなくて、もうちょい応用効くかもしれんな」
「応用?」
「位置を入れ替えるってことは、空間の座標を操作するってことやろ。物体に限定せんでも、例えば、敵の攻撃の軌道と、何もない空間を入れ替えたら──」
大阪の目が見開かれた。
「攻撃が消える?」
「まだ試してへんけどな。失敗したらうちが死ぬかもしれんし」
和田は笑った。でも、その目の奥に、本気の光があった。
通路の奥で、健一のステータス画面が微かに反応した。山岸のアイコンが、灰色から薄い緑色に変わり始めている。
「莉奈、山岸さんの通信が回復しかけてる。近い」
「どっちの方向?」
「北西。京王線方面」
「行くわよ」
莉奈が歩き出すと、金子が横に並んだ。
左腕の痣を、もう見せまいとするように、袖を引き下ろしながら。




