第27話 再会と、三人の漫才師
新宿駅の地下は、歩けば歩くほど嫌な予感しかしなかった。
エムプーサの擬態を警戒しながら、莉奈と健一は丸ノ内線方面の連絡通路を進んでいた。健一の【解析】を半径五メートルに圧縮するテクニックのおかげで、壁に溶け込んだ敵は検知できる。だが、それ以上の範囲は見えない。五メートル先が安全かどうか、一歩ずつ確かめるしかない。
「山岸たちのアイコン、まだ灰色?」
「うん。通信圏外のまま。でも、生きてることは確かだ。HPバーはゼロになってないから」
「あいつらなら大丈夫っしょ。山岸のバットと小保内さんの、あれ、なんて言ったっけ。気配を消すやつ」
「ゲームとかなら、ハイディングかな。渋谷の時はまだスキル名が表示されてなかったけど、多分もう発現してると思う。もし、ガチの草だった場合、気配がないから背景としか認識されないスキルかもしれない」
渋谷では「草」としか表示されなかった小保内のクラス。
健一が「草の者=忍者の別称」と推測していたが、確かめる前にダンジョンが消えた。今回は、会えれば分かるだろう。
通路が広い空間に出た。
元は地下鉄の乗り換えコンコースだったらしいが、ダンジョン化で天井が吹き抜けのように高くなっている。薄暗い空間の奥で、何かが動いていた。
戦闘の音。金属がぶつかる音ではない。もっと奇妙な音。
何かが弾け飛ぶ音と、甲高い笑い声と、関西弁の怒鳴り声が入り混じっている。
「モンスター?」
「違う。人間が三人。戦闘中」
健一の【解析】が、五メートル圏外にいる三つの人型反応を捉えていた。正確な位置は分からないが、動きは明らかに人間のそれだ。
莉奈はポールを構えたまま、音のする方向に歩いた。コンコースの奥に近づくにつれ、戦闘の全貌が見えてきた。
一人の女が、通路の真ん中に仁王立ちしていた。
両手をひらひら振りながら、体長二メートルの蛇身の怪物、ラミアに向かって「こっちこっち」と手招きしている。その顔が、にこにこ笑っている。
正気じゃない。
「大阪ちゃん、三秒後に右巻くで!」
笑顔の女がそう叫ぶと、物陰にいたもう一人の女が即座に応えた。短髪で、鋭い目つきをしている。
「金子、しゃがめ。和田、左の柱」
ラミアが突進した瞬間、笑顔の女がさっと座り込んだ。蛇の顎が空を切る。同時に、通路の柱に手を当てていた男が何かをした。
柱が消えた。
正確には、柱と十メートル後方の消火栓の位置が入れ替わった。ラミアは柱にぶつかるつもりが虚空を突き抜け、壁面に激突して動きを止めた。
短髪の女がラミアの背後に回り込み、落ちていた看板の破片で急所を一突き。光の粒子に散った。
「よっしゃ! 今のナイスやった!」
笑顔の女が手を叩いて飛び跳ねている。その左腕に、赤黒い痣が広がっているのを莉奈は見逃さなかった。
「アンタたち、何やってんの。コントの練習?」
莉奈が声をかけると、三人が同時にこちらを向いた。笑顔の女がぱあっと顔を輝かせた。
「あっ、人間! 人間おった! はじめまして! 梅田ダンジョンの金子です!」
「うるさ。……渋谷の莉奈」
短髪の女が一歩前に出た。鋭い目で莉奈を値踏みしている。だが、敵意ではない。観察だ。
「大阪。こっちも梅田。そっちのメガネくんは」
「高橋健一です。渋谷ダンジョンの……」
「はいはい、自己紹介は後で。もう一人の男は?」
「和田。よろしゅう」
壁際から、のんびりした声。柱と消火栓を入れ替えた男が、片手を上げてにやりと笑った。目が──笑ってない。ボケた顔で、こちらの戦力を測っている。
莉奈は三人を見回した。
金子。天然。両手を振ってモンスターのヘイトを引く。殴られる前提の囮役。左腕の痣が、それを証明している。自分が殴られる側に立つタイプだ。
大阪。ツッコミ。鋭い目。パターンを読む。健一のナビと役割が被る。いや、少し違う。健一は「データ」で動くが、こいつは「観察」で動く。
和田。大ボケ。位置を入れ替えるスキル。さっきの柱の消し方、あれは即興じゃない。事前に配置を見て、入れ替え先を決めていた。笑ってる間に最適解を考えてるタイプ。
「ねえ金子。その腕、大丈夫?」
莉奈が訊くと、金子は痣のある左腕を軽く振ってみせた。
「これ? 全然平気! うちのスキル、【道化】って言うんやけど、敵の注意を全部うちに向けるんよ。だから攻撃も全部うちに来るねんけど、梅田ではもっと上手く避けれてたのに、新宿のやつら速くてなぁ」
「金子。腕見せ」
大阪が金子の袖をめくった。肘から手首にかけて、古い痣の上に新しい痣が重なっている。梅田からずっと、この子は殴られ続けてきたのだ。
莉奈は金子の目を見た。痛そうな顔はしていない。本気で「大丈夫」だと思っている。自分が殴られることで仲間を守れるなら、それでいい。笑顔のまま壊れていくタイプ。
(こいつ、アタシだ)
渋谷で莉奈が満身創痍になりながらタロスを蹴散らしていた時の自分と、重なった。
「金子。アンタ、今日からアタシの隣で戦いなさい」
「え? なんで?」
「アタシの雷で先に敵を減らせば、アンタが受ける攻撃も減る。──アンタが壊れるのを黙って見てるのは、趣味じゃないの」
金子は目を丸くした。
大阪が少しだけ、目元を緩めた。
和田は笑っていたが、今度は目も笑っていた。
五人になった。まだ山岸と小保内が見つかっていない。でも──
「行くわよ。まずはあと二人、見つける」
莉奈がポールを肩に担いで歩き出すと、四人が後に続いた。
金子が莉奈の横に並んだ。
「ねえ莉奈ちゃん。うちも隣歩いてええ?」
「好きにしなさいよ」
金子が嬉しそうに笑った。
並んで歩くと、金子も莉奈も同じように左足から先に出す癖があった。
二人の足音が揃うのを、後ろの大阪がじっと見ていた。




