第21話 砕け散る理不尽と、青白い残光
ガガガガガガッ!!!
青白い稲妻と、赤い魔石の膨大なエネルギーが真正面から激突し、凄まじい火花と衝撃波がプラットホームに吹き荒れた。
「おおおおおッ!!」
莉奈は、ひしゃげた鉄パイプの柄を両手で握りしめ、体重のすべてを前方へと押し込んだ。
硬い。
信じられないほど硬い。
魔石の表面に見えない防壁が張られているかのように、その先端が数ミリ単位でしか進まない。反発するエネルギーが莉奈の両腕を破壊しようと逆流してくる。
『ブモォォォォォォッ!!』
ミノタウロスが、自らの死を悟ったような、あるいは下等な人間に胸を貫かれている屈辱に対する怒りの咆哮を上げた。
巨体が痙攣し、振り下ろしたまま止まっていた戦斧を、再び持ち上げようと右腕の筋肉が異常なまでに隆起する。
「莉奈ッ!! 押し切れぇぇッ!!」
背後で、血まみれの健一が、喉から血を吐き出しながら叫んだ。
彼には見えていた。【解析】の視界越しに、ミノタウロスの魔石にほんのわずかな亀裂が走り始めているのが。
だが、莉奈の身体も完全に限界を迎えていた。
『HP:1/120』
視界の端で、ステータス画面が真っ赤に点滅し、エラー音を鳴らし続けている。青白い【迅雷紫電】を維持するための生命力が、もう一滴も残っていない。
視界は真っ暗にフェードアウトしかけ、指先の感覚はとうに消え失せていた。
(……ここまで、なの?)
押し負ける。
そう直感した瞬間、莉奈の脳裏に、地上で交わした何気ない会話が蘇った。
『命の恩人にフラペチーノくらい奢りなさいよ』
『特大サイズのフラペチーノ、奢るよ。全部終わったら』
(……なめんな)
莉奈は、血まみれの唇を吊り上げ、最後の気力を振り絞って笑った。
(アタシは神崎莉奈よ。
こんな薄暗い地下で、牛のバケモノに押し負けて終わるような、
ダサい女
じゃないっつーの!)
「奢られチケット……。無駄にするんじゃねーよォォォォッ!!!」
パリンッ!!
莉奈の魂からの絶叫と共に、青白い稲妻が最後にして最大の閃光を放った。
限界を超えた魔力が、鉄パイプの先端に一点集中する。
──そして、音が消えた。
轟音でも、爆発でもなかった。
青白い光がミノタウロスの「魔石」を貫通した瞬間、地下空間から一切の音という音が吸い取られたのだ。
ミノタウロスの咆哮も、
蛍光灯の明滅のノイズも、
莉奈自身の心臓の鼓動すらも。
無音の中で、赤黒い魔石がスローモーションでひび割れていく光景だけが、莉奈の網膜に焼き付いた。
パリン、と。
小さく、ひどく脆い音が、静寂を割った。
魔石が粉々に砕け散る、その一音だけが、妙に澄んで地下空間に響き渡った。
ミノタウロスの赤い眼球から光が失われる。
振り上げかけた戦斧が空中で止まり、三メートルを超える巨体が、ゆっくりと後ろへと傾いていく。
莉奈はその光景を、夢の中のように見つめている。
巨体が床に沈み込み、鈍い振動が足の裏に伝わってきた時、ようやく世界に音が戻ってきた。
ズズンッ……!!
地響きを立てて仰向けに倒れ込んだミノタウロス。
その傷口から、強烈な青白い光が漏れ出し、やがて全身を包み込んでいく。
「はぁっ、はぁっ」
莉奈は、鉄パイプを突き出した姿勢のまま、荒い呼吸を繰り返していた。
光の粒子──ポリゴンとなって空中に霧散していく怪物の姿を、呆然と見つめる。パイアやタロスとは比べ物にならないほどの、膨大な光の奔流。
それは、地下鉄のホームに一時的な白昼を呼び込んだかのように眩しかった。
『個体名:ミノタウロスの討伐を確認しました。経験値を獲得──』
無機質なシステム音声が脳内に響くが、莉奈の耳にはもう入っていなかった。
眩い奔流が完全に消え去った後、後に残されたのは、静寂と、莉奈が落とした鉄パイプの乾いた金属音だけだった。
「勝っ、た?」
莉奈はフラフラと数歩後ずさりし、そのまま膝から崩れ落ちた。
全身から力が抜け、指一本動かすことすらできない。
生命力も魔力も、文字通りすべてを使い果たした。
「莉奈……!」
背後から、引きずるような足音と共に健一が這い寄ってくる。
彼は、倒れ込んだ莉奈の傍にたどり着くと、その無事を確認して、子供のようにボロボロと泣き出した。
「よかった……っ! 本当に、本当によかった!」
「ちょっと、汚い顔で、近寄らないで……よ。制服……汚れ……る」
いつものように憎まれ口を叩いたつもりだったが、声はかすれ、息絶え絶えで全く迫力がなかった。
それでも、莉奈の口元には安堵の笑みが浮かんでいた。
強大すぎる暴力は、金髪ギャルとオタク男子の、不器用で絶対的な信頼の前に、完全に打ち砕かれたのだ。




