第20話 目覚めと、たった一つの正解
暗く、冷たい水底のような意識の中で、健一は声を聞いた。
『いつまで寝てんのよ!!』
『アタシ一人じゃ、無理なんだよっ!アンタの「目」がなきゃ!』
それは、いつも強がって、一人で何でもできるような顔をしていた幼馴染の、悲痛な叫びだった。
(……莉奈?)
意識の浮上を妨げるように、額から流れ出た血が左目を塞いでいる。
全身の骨が砕けたように痛む。
さっき【光の盾】を展開し、ボスの凄まじい一撃を正面から受け止めたのだ。レベル1の戦術士の肉体は、すでにとっくに限界を超えていた。
このまま目を閉じていれば、痛みも恐怖も消えて、全てが楽になる。
だが、健一の脳裏に、莉奈の姿が焼き付いていた。
小学生の頃、自分が苛められていると、金髪を揺らして真っ先に飛び込んできてくれた背中。この狂った世界で、迷惑そうな顔をしながらも、一度も自分を見捨てなかった不器用な優しさ。
(莉奈が、僕を呼んでる……。僕の『目』を、必要としてくれてる!)
さっきは間違えた。
ノイズの中から拾ったデータを信じて、莉奈を間違った場所に導いた。あの貴重な一撃を、無駄に消費させた。その事実が、罪のように胸を灼いている。
(……でも、だからこそ。今度は、間違えない)
健一は、激痛に悲鳴を上げる身体を、気力だけで無理やり叩き起こした。
重い瞼をこじ開ける。
涙と血で滲んだ視界の中で、青白い雷を纏った莉奈の姿が見えた。
圧倒的な絶望を前にしても、彼女は立ち向かおうとしていた。
自分の命を燃やして、戦い続けている。
健一は意識の底で藻掻いていた。【解析】を起動しようとするが、画面はノイズで潰れたままだ。数値は返ってこない。消去法も使えない。
彼の『目』は、このボスの前では完全に無力だった。
(……僕じゃ、見つけられない)
その事実を、健一は受け入れた。
悔しさで胸が張り裂けそうだったが、それでも──ここで意識を手放すわけにはいかない。莉奈がまだ戦っている。
自分に弱点が見つけられなくても、できることは、ある。
* * *
戦斧の刃が、莉奈の金髪の毛先を掠めようとした、その瞬間。
莉奈は見た。ミノタウロスが戦斧を振り上げた刹那、分厚い大胸筋の隙間から、赤い光が脈打つように漏れたのを。
(──胸。健一が言ってた「ノイズの質が違う場所」)
健一の断片が、莉奈の中で繋がった。
五箇所殴って全部同じ手応えだった。
でも胸だけ、殴る前から違和感があった。
解析のノイズが乱れる場所と、莉奈の拳が感じた振動の違いが、同じ一点を指している。
理屈じゃない。
データだけでもない。
健一の「目」が拾った欠片を、莉奈の「拳」が確信に変えた。
「見つけた」
莉奈の口元に、好戦的で、最高に不敵な笑みが浮かんだ。
健一は、意識の底でその声を聞いた。
自分が届けた断片が、莉奈の中で答えになった。完全な解析ではなかった。でも、不完全な自分の一欠片が、莉奈の最後の一撃を導いた。
「やれ、莉奈」
莉奈は回避行動を取らなかった。
迫り来る戦斧の軌道に対して、逆に一歩、前へと踏み込んだのだ。刃が莉奈の肩をかすめ、制服の生地と肌を裂くが、そんな痛みは青白い雷の熱狂にかき消された。
「そこを退けェェェッ!!」
莉奈は限界を超えた魔力と生命力を鉄パイプに集中させ、ミノタウロスの分厚い胸板の中心、健一が指し示した、微かに光る赤い魔石がある一点へと、一直線に突き出した。
青白い閃光が、槍のように研ぎ澄まされる。
レベル差も、ステータスも関係ない。
相棒の『目』が導き出した絶対の正解に、
莉奈の持てる全ての『力』を叩き込む、
最強の一撃。
「貫けぇぇぇぇッ!!!」
莉奈の絶叫と共に、青白い稲妻を纏った鉄パイプが、ミノタウロスの胸板に激突した。




