第19話 青白い稲妻と、届かない決定打
『──ブモォォォォォォッ!!』
ミノタウロスが、目前で青白い光を放ち始めた莉奈を、明確な「脅威」と認識し、巨大な戦斧を全力で振り下ろした。
空気を断ち切る轟音。
コンクリートの床が粉々に砕け散り、土煙が舞い上がる。
だが、そこに莉奈の姿はなかった。
「……遅いっつーの」
「莉奈……。ノイズが酷くてほとんど読めない……。でも、一つだけ……胸のあたりだけノイズの質が違う。何かあるのかもしれない。でも確証がない」
背後から、血まみれの健一が身体を起こしてなんとか叫んでいた。
解析画面はノイズの嵐だ。数値は返ってこない。ただ、胸部周辺のノイズだけが他と波形が違う──それだけが、彼が掴めた唯一の断片だった。
莉奈は──笑っていた。口の端を吊り上げて。
怪物の背後、宙に浮いた莉奈の声が響いた。
移動したという感覚すらなかった。
ただ「あそこへ行きたい」と頭で思い描いた瞬間に、身体がそこにあった。それが、限界突破によって引き出された【迅雷紫電】の圧倒的なスピードだった。
「オラァッ!!」
莉奈は空中で身を捻り、青白い雷を限界まで纏わせた鉄パイプで、片っ端から叩いた。右腕、左脇腹、背中、膝裏。手当たり次第だ。ナビがないなら、自分の拳で探すしかない。
ガキィンッ! ガキンッ! ガギィッ!
青白い雷光に触れた箇所は確かに焦げ、弾け飛ぶ。
だが、どこを叩いても同じ手応えだった。
表面の筋肉は削れても、その奥にある何かには届いていない。
「グォォォォガァッ!?」
ミノタウロスが苦痛の叫びを上げ、巨体が前のめりにたたらを踏み、方膝を着く。
でも、倒れない。
着地した莉奈は、息を切らしながら自分の両手を見た。
五発叩き込んだ。
五箇所とも焦げ跡がついた。
でも、どれも「致命傷」じゃない。
その時、莉奈の身体が覚えていた。
タロスの膝を砕いた感触。パイアの頭蓋骨を打ち抜いた振動。
何十匹ものモンスターを殴って、殴って、殴り続けた右腕が「ここじゃない」と告げている。
(……外側じゃない。こいつは、中に何かある)
莉奈は、格闘ゲームの経験なんて一秒もない。
でも、この数時間で身体に刻まれた戦闘の記憶が、理屈ではなく感覚として教えてくれていた。
殴って散る光の粒子の色。
衝撃が跳ね返ってくる角度。
タロスを倒した時とは、何かが決定的に違う。
『ブグルルルッ……!』
ミノタウロスが再び立ち上がった。
焦げ跡からは黒い煙が上がっているのに、その眼球には微塵も衰えのない殺意が宿っている。HPが削れている気配がない。
「そう。アンタの鎧、全部ダミーなんでしょ」
莉奈は荒い呼吸の中で、ミノタウロスの巨体を睨みつけた。
殴った五箇所の感触を、身体が反芻している。
どこも同じ硬さ。
同じ反発。
まるで──本体を守るためのフェイクの壁。
だが。連続攻撃を叩き込もうと再びパイプを構えた瞬間、莉奈の身体に異変が起きた。
「っ、が、!?」
心臓を直接鷲掴みにされ、力任せに握り潰されたような激痛
莉奈は思わず鉄パイプを取り落としそうになり、その場に膝をついた。
ステータス画面が真っ赤に点滅していた。
『HP:12/120』
生命力が削れている。
MPが枯渇した代わりに、自分の身体を燃料にしていた。
(……そういう、ことっ)
莉奈は荒い呼吸を繰り返しながら、自分の右手を見つめた。青白い雷は、圧倒的な力を引き出す代償として、枯渇したMPの代わりに莉奈自身の『HP』を削り取って燃やしているのだ。
今の肉体には、到底耐えきれない劇薬。今の超高速の動きをあと数回でも繰り返せば、敵を倒す前に自分の身体が内側から弾け飛ぶ。
『ブグルルル……ッ!』
健一の解析が外れた衝撃と、自責の念が重なったのだろう。健一の身体は、謝罪の言葉を最後に、再び床に崩れ落ちていた。
今度は、ぴくりとも動かない。
「っ! ハハッ! マジでクソゲーじゃん」
莉奈は、口の中に溜まった血の味を吐き捨て、青白い雷を微かに纏ったまま立ち上がった。
もう、長くは持たない。
次の一撃。あるいは、その次の一撃が、自分の身体の限界だ。
それで倒しきれなければ、自分も、倒れている健一も、確実に死ぬ。
(……本当の弱点。今度こそ、本当の弱点はどこなのよっ!)
莉奈は、霞み始めた視界でミノタウロスの巨体を睨みつけた。
だが、どれだけ見つめても、どこに致命的な弱点があるのかなんて、ただのギャルである莉奈に分かるはずもない。
彼女はナビゲーターではない。前衛で、ただひたすらに敵を殴り倒すだけの『魔闘家』なのだから。
「健一ッ!!」
莉奈は、背後で倒れたままの相棒に向かって、喉が裂けるほどの声で叫んだ。
「いつまで寝てんのよ!! 目ぇ開けなさいよ! バカ健一!!」
返事はない。
ミノタウロスが、再び戦斧を高く振り上げる。
「アタシ一人じゃ、無理なんだよ……っ!」
「アンタの『目』がなきゃ……。こいつは倒せない!」
莉奈の悲痛な叫びが、地下迷宮に虚しく響き渡った。
返事は、なかった。




