外伝 第37話 行ける人から
大阪のノートに、日曜日が四つ並んでいた。
その下には、十六人の名前。
名前の横に、丸と三角と、まだ何も書かれていない空欄がある。
「全員行ける日、ないな……」
五月の金曜日。
放課後の教室で、大阪はシャープペンを置いた。
金子が机の向こうからノートを覗く。
和田は隣で、提出するプリントの端を揃えていた。
「夏休みまで広げてみる?」
「まだ予定分からん人がおるやろ。山岸さん、来月のシフトも出てへん言うとったし」
きっかけは、金子の『またみんなで会いたいなあ』だった。
東京から帰ってきて、画面の中では何度も話した。誰かが黙っていても、別の誰かが何かを送る。それはもう、毎日のことになっていた。
それでも金子は、一緒に歩きたかったらしい。
『今度は、ちゃんと観光したい。お土産買って帰るやつ』
それには大阪も賛成だった。
行きたい場所を訊く前に、まず会える日を集めた。
けれど土日は仕事の人もいる。
テストが近い学校もある。
島から来るなら、日帰りでは難しい。
空いている日と、そこまで行ける日は、同じではなかった。
「これ、ウチの日曜、丸ついとるけど」
大阪は一番右の列へ指を置いた。
「その日、おかんと買い物行く約束しとった」
「あ、ほんま?」
「うん。忘れとった。予定集めといて、自分がこれや」
消しゴムで丸を消した。
十六人が揃うには程遠い列の、もう一つの丸がなくなった。
和田がプリントを鞄へ入れた。
「先に、行ける人から行ったらええんちゃう」
「それはそうやけど。せっかくやし、全員でと思って」
「全員で行く日は、決まったら行ったらええやん」
大阪はノートを見た。
丸が五つある列も、六つある列もあった。ただ、全員が揃わないと分かるたび、その列を読むのをやめていた。
「……これ、今決めんでもええか」
「うち、会いたいって言っただけやし。今月中に絶対集合、とは言うてへんよ」
金子が自分のスマホを出した。
「大阪ちゃんが全部決めてくれんでも、うちも探すし。お金も貯めるし」
「まず、今週たこ焼きに使う分から残せよ」
「それは別の予算!」
大阪はノートの一番下に、
夏休みの予定が分かってからもう一度、と書いた。
丸の並んだ表は、そのまま残した。
* * *
グループへ『全員で会う日は、まだ保留。予定分かったらまた教えて』と送ると、すぐに健一から返信が来た。
健一:僕も学校の予定を確認しておくね。
小保内:私も、休める日が分かったら連絡します。
伊禮:こっちも、移動込みで調べてみる。
大阪がノートを鞄へしまっている間に、金子は別の投稿をしていた。
金子:とりあえず今日、たこ焼き食べる人、この指とまれ!
「今!?」
大阪が顔を上げると、金子は目の前で人差し指を立てていた。
「三人揃っとるんやから、口で言えや」
「遠くのみんなも誘ったんやもん」
「今日の梅田に、どうやって来るねん」
和田が画面を見た。
「マーサ、返事来たで」
マーサ:行きたい! でも今からは無理!
金子:名古屋にもたこ焼きある?
マーサ:あるよ!?
大阪は声を出して笑った。
金子も笑いながら、ノートを持つ大阪の手を引こうとした。
「ちょい待ち。戸締まり」
「先、下で待っとく!」
金子が教室を出た。
和田も立ち上がり、窓の方へ回った。
大阪が廊下側を確かめている間に、残っていた窓を一つずつ閉めている。
最後に金子の席へ戻り、机の横に掛かった袋を外した。
「あいつ、弁当袋忘れとる」
「持ってったって」
和田は自分の鞄と弁当袋を、別々の手で持った。
* * *
たこ焼きが来るより先に、写真が一枚届いた。
輪島が送った、海の写真だった。
手前に、袋に入った菓子パンが二つ写っている。
輪島:こっちはこれで参加。
金子:海つき! ずるい!
大阪:たこ焼きの話どこ行った。
店の席に座った金子が、届いた写真を和田にも見せた。
海の明るい色が、スマホを傾けると白く光った。
「ええなあ。いつか行こな」
「まず旅費な」
「大阪ちゃん、さっきからお金の話ばっかり!」
「行きたいから計算しとるんやろ」
言ってから、大阪はメニューへ顔を戻した。
金子が何か言いそうな顔をしたので、追加の飲み物を先に訊いた。
次の通知では、紙袋を持った莉奈の手が写っていた。
横に健一らしい靴の先が見える。
莉奈:こっちは帰り道のパン。もう買っちゃったから。
金子:何パン?
莉奈:明太フランス。
和田がスマホを見ながら呟いた。
「たこ、とうとう一個も出てきいひんな」
「もうすぐ来るわ」
店員が舟皿を運んできた。
大阪はスマホをテーブルの端へ寄せ、三人分の皿が置かれる場所を空けた。
金子は箸を持ち上げ、一つをつまんだ。口へ運びかけて止まる。
ふう、と吹いた。
もう一度、吹いた。
「……何見とるん?」
「いや」
大阪はストローから口を離した。
「食べられる温度まで待てるんやなと思って」
「うちかて学習するわ!」
「それを毎回頼むわ」
和田は右から三番目をしばらく見てから、端の一つを取った。
大阪は何も言わず、自分の舟皿を引き寄せた。
三人の皿を撮って送ると、今度はダイから返事が来た。
ダイ:こっちは部活終わってから。テツも一緒。
マーサ:わたしも塾の前に合流する!
金子が『待っとるよー』と打ちかけた。時計を見て、文の終わりを消す。
金子:何食べたか、あとで見せて!
送ってから、たこ焼きをもう一つ取った。
全員の分が揃う前に、大阪たちの皿は空いた。
* * *
その夜、大阪が風呂から戻ると、通知が増えていた。
佐藤が送ったのは、図書館を出てから買ったという小さなパンだった。写真の端に、手書きのメモが覗いている。
汐沢は『今見た』の一言だけ。続けて、コンビニのプリンを送った。値引きのシールがついていた。
金子が『お得!』と返している。
大阪は髪を拭きながら、写真を上へ送った。
名古屋の三人はそれぞれ違うアイスを持っていた。マーサの指に、溶けたチョコがついている。
小保内からは、会社を出たところだというメッセージ。
山岸はこれから休憩で、まだ何も食べていないらしい。
金子:山岸さんも、何か食べたら見せてな。
山岸:今日中じゃなくてもいい?
金子:もちろん!
大阪はスマホを充電器へ繋いだ。
机のノートを開く。
昼間の表に、新しく届いた予定を一つ書き足した。まだ決まっていないことの方が多かった。
人差し指を立てた金子のスタンプが、ノートの横で光った。
今度会えたら、どの店へ行こうか。
大阪は、日付の下に小さく『店も探す』と書いた。
歯を磨いて布団へ入ってから、スマホがまた鳴った。
山岸:まかないの焼きそば。今、できた。
大阪は写真を開いた。箸が一本ずつ違う方向を向いていた。
大阪:熱いうちにどうぞ。
返事を送って、
今度こそ画面を伏せた。




