↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
104/111

外伝 第31話 一行の向こう

 テツのメッセージは、いつも一行だ。


 ダイが普段受け取るのは、「おはよう」「了解」「分かった」「寝る」


 長くても「今日は暑い」くらいだった。何を考えているかは、文字だけでは分からない。会えば黙って隣にいるテツも、画面の向こうでは一行になった。


 だから、その日の朝、グループチャットにテツの名前で百文字を超えるメッセージが投下された時、ダイは画面を三度見した。


テツ: まだ行ったことないやつは、行ってほしい。

   名古屋駅西口の「カツどん太郎」が今月二十八日で閉店するらしい。

    たいていダイと部活帰りに寄ってた。中学の頃から通ってた店だ。

    いつも頼むのは、自家製の甘めの赤味噌を使ったカツサンド。

   パンは毎朝焼きたて。

    ここのカツは薄めだけど、衣がサクサクで味噌との相性がいい。

    うまい店だけど、店主が高齢で後継者もいないとのこと。

   閉まる前に、もう一回食べておきたい。


 しばらく、新しい投稿が来なかった。

 ダイは長文を読み返し、次の通知でようやく画面を下へ送った。


マーサ:テツくんが長文!? 体調悪い!?


和田:AI乗っ取りちゃう?


大阪:テツくんが食べ物のレビュー書いとる……。文体がグルメ雑誌……


 ダイはスマホを握りしめて、テツに直接電話した。


「テツ。カツどん太郎、閉店するのか」


「ああ。昨日、前を通りかかったら張り紙がしてあった」


「お前、あの店そんなに好きだったのか」


 電話口で、テツが三秒ほど黙った。


 ダイは返事を急かさず、受話口へ耳を寄せた。


「ダイと初めて行った店だ。中二の冬。部活帰りに。お前が『腹減った』って言って、一番近い店に入った。それがカツどん太郎だった」


 ダイは記憶を辿った。中二。部活帰り。寒い日。名古屋駅の西口を歩いていて、味噌の匂いに引き寄せられて──


「……覚えてる。お前、あの時も無表情でカツサンド食ってたな」


「美味かったからな」


「美味い時も無表情なのかよ」


「顔に出す必要がない。味は舌が知ってる」


 四月二十八日。


 最終営業日。ダイとテツとマーサの三人で、カツどん太郎に行った。


 店主のおじいちゃんが、「おう、いつもの子たちか」と笑った。


 中二の冬から通い始めて、二年余りになる。おじいちゃんの味噌カツサンドを頬張りながら、マーサが泣いた。


「美味しい……。食べ納めや……」


 テツは無表情で食べていた。


 でも、最後のひと口を飲み込んだ後、おじいちゃんに向かって、小さく頭を下げた。


「ごちそうさまでした」


 店主が手を止めた。テツの空いた皿を見て、「ありがとな」と言った。


 テツはもう一度だけ頭を下げた。


 ダイは残っていたカツサンドを口へ入れた。いつもなら二口で片づける大きさだったが、少しずつ食べた。


 帰り道、テツがグループチャットに一行だけ投稿した。


テツ:美味かった


 ダイはその一行を、店を出てからも開いていた。


 何度も読み返した長文と、店主へ下げたテツの頭が、短い言葉に重なった。


* * *


 マーサから電話がかかってきた。


「ダイくーん! 大変! 修学旅行のレポート、先生に怒られた!」


「何書いたんだ」


「事実を書いただけやよ! 『東京駅──迷宮になった修学旅行』ってタイトルで!」


 電話の向こうで紙の音がした。マーサは返されたレポートを広げているらしかった。


「先生、なんて?」


「『東京駅の避難は知っています。ただ、地下で見たことと伝聞は分けて書きましょう』って。わたし、ほんとに見たのに! もう一度書き直しやって!」


「地下の詳細は公表されてない。先生には確かめようがないんだろ」


「ダイくん、証人になってよ! わたしが嘘ついてないって!」


「証人にはなる。でも学校に説明するなら、保護担当官を通してくれ。俺の話だけじゃ、確認できない部分もある」


 マーサが電話の向こうで唸った。


 テツに相談した。


「マーサのレポート、どう書き直せばいい?」


 テツが三秒黙った。


「……嘘じゃない範囲で、ぼかせばいい。『東京駅で予想外の出来事に遭遇し、見知らぬ人たちと協力して困難を乗り越えた。その経験から、リーダーシップとチームワークの大切さを学んだ』。嘘は一つもない」


「お前、文章上手いな」


「二百文字なら書ける」


 ダイが例の文を伝えるとマーサは「ずるい! でも頭いい!」と笑った。


 そのまま写す代わりに、自分が見た避難の様子と、仲間に助けてもらった場面を選んで書き直した。


 後で見せてもらったレポートには、誰から聞いたことかも添えてあった。


 先生は「見たことを自分の言葉で書けたわね」と言ったらしい。


 後日、マーサがグループチャットにレポートの成績を報告した。


マーサ:レポートB評価やった! テツくんありがとう!


テツ:どういたしまして


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。