外伝 第31話 一行の向こう
テツのメッセージは、いつも一行だ。
ダイが普段受け取るのは、「おはよう」「了解」「分かった」「寝る」
長くても「今日は暑い」くらいだった。何を考えているかは、文字だけでは分からない。会えば黙って隣にいるテツも、画面の向こうでは一行になった。
だから、その日の朝、グループチャットにテツの名前で百文字を超えるメッセージが投下された時、ダイは画面を三度見した。
テツ: まだ行ったことないやつは、行ってほしい。
名古屋駅西口の「カツどん太郎」が今月二十八日で閉店するらしい。
たいていダイと部活帰りに寄ってた。中学の頃から通ってた店だ。
いつも頼むのは、自家製の甘めの赤味噌を使ったカツサンド。
パンは毎朝焼きたて。
ここのカツは薄めだけど、衣がサクサクで味噌との相性がいい。
うまい店だけど、店主が高齢で後継者もいないとのこと。
閉まる前に、もう一回食べておきたい。
しばらく、新しい投稿が来なかった。
ダイは長文を読み返し、次の通知でようやく画面を下へ送った。
マーサ:テツくんが長文!? 体調悪い!?
和田:AI乗っ取りちゃう?
大阪:テツくんが食べ物のレビュー書いとる……。文体がグルメ雑誌……
ダイはスマホを握りしめて、テツに直接電話した。
「テツ。カツどん太郎、閉店するのか」
「ああ。昨日、前を通りかかったら張り紙がしてあった」
「お前、あの店そんなに好きだったのか」
電話口で、テツが三秒ほど黙った。
ダイは返事を急かさず、受話口へ耳を寄せた。
「ダイと初めて行った店だ。中二の冬。部活帰りに。お前が『腹減った』って言って、一番近い店に入った。それがカツどん太郎だった」
ダイは記憶を辿った。中二。部活帰り。寒い日。名古屋駅の西口を歩いていて、味噌の匂いに引き寄せられて──
「……覚えてる。お前、あの時も無表情でカツサンド食ってたな」
「美味かったからな」
「美味い時も無表情なのかよ」
「顔に出す必要がない。味は舌が知ってる」
四月二十八日。
最終営業日。ダイとテツとマーサの三人で、カツどん太郎に行った。
店主のおじいちゃんが、「おう、いつもの子たちか」と笑った。
中二の冬から通い始めて、二年余りになる。おじいちゃんの味噌カツサンドを頬張りながら、マーサが泣いた。
「美味しい……。食べ納めや……」
テツは無表情で食べていた。
でも、最後のひと口を飲み込んだ後、おじいちゃんに向かって、小さく頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
店主が手を止めた。テツの空いた皿を見て、「ありがとな」と言った。
テツはもう一度だけ頭を下げた。
ダイは残っていたカツサンドを口へ入れた。いつもなら二口で片づける大きさだったが、少しずつ食べた。
帰り道、テツがグループチャットに一行だけ投稿した。
テツ:美味かった
ダイはその一行を、店を出てからも開いていた。
何度も読み返した長文と、店主へ下げたテツの頭が、短い言葉に重なった。
* * *
マーサから電話がかかってきた。
「ダイくーん! 大変! 修学旅行のレポート、先生に怒られた!」
「何書いたんだ」
「事実を書いただけやよ! 『東京駅──迷宮になった修学旅行』ってタイトルで!」
電話の向こうで紙の音がした。マーサは返されたレポートを広げているらしかった。
「先生、なんて?」
「『東京駅の避難は知っています。ただ、地下で見たことと伝聞は分けて書きましょう』って。わたし、ほんとに見たのに! もう一度書き直しやって!」
「地下の詳細は公表されてない。先生には確かめようがないんだろ」
「ダイくん、証人になってよ! わたしが嘘ついてないって!」
「証人にはなる。でも学校に説明するなら、保護担当官を通してくれ。俺の話だけじゃ、確認できない部分もある」
マーサが電話の向こうで唸った。
テツに相談した。
「マーサのレポート、どう書き直せばいい?」
テツが三秒黙った。
「……嘘じゃない範囲で、ぼかせばいい。『東京駅で予想外の出来事に遭遇し、見知らぬ人たちと協力して困難を乗り越えた。その経験から、リーダーシップとチームワークの大切さを学んだ』。嘘は一つもない」
「お前、文章上手いな」
「二百文字なら書ける」
ダイが例の文を伝えるとマーサは「ずるい! でも頭いい!」と笑った。
そのまま写す代わりに、自分が見た避難の様子と、仲間に助けてもらった場面を選んで書き直した。
後で見せてもらったレポートには、誰から聞いたことかも添えてあった。
先生は「見たことを自分の言葉で書けたわね」と言ったらしい。
後日、マーサがグループチャットにレポートの成績を報告した。
マーサ:レポートB評価やった! テツくんありがとう!
テツ:どういたしまして




