第10話 暗闇の遭遇と、もう一つの生存
休憩を終え、再び地下コンコースへ。健一のマップに従い改札の残骸を乗り越えた先で、莉奈の耳が異音を拾った。
モンスターの足音ではない。人間の足音だ。
暗がりの向こうから懐中電灯の光が揺れながら近づいてきた。大学生風の男がバリケードから引き抜いた金属バットを握り、会社員のパンツスーツの女性がコンビニ袋を両手に下げている。
男は山岸と名乗った。連れの小保内は職場の先輩。地上のパニックで逃げ遅れ、地下に迷い込んだまま彷徨っていたらしい。山岸のクラスは【探索者≪エクスプローラー≫】──戦闘スキルはないが、近くの物資や水源、空間構造の脆い部分を感知する能力。
「先輩のほうは?」
健一が訊くと、小保内は困った顔をした。
「クラスの欄に、『草』って書いてあるだけで」
草。
健一だけが目を細めた。草の者──忍者の別称。だが深く考える余裕はなかった。
山岸が水と食料の在庫がある場所を教えてくれた。109の地下。そこまでの護衛を頼めないか、と。
「お断り」
莉奈が即座に遮った。人数が増えれば足並みが乱れる。守る対象が増えるだけ。
「莉奈、僕に聞いたんでしょ。だから答えるよ」
健一が、初めて莉奈の判断に正面から異を唱えた。
「この人たちを見捨てて先に進むのは効率的かもしれない。でも、僕はしたくない」
莉奈は苛立ちで歯を食いしばったが、健一の目は逸れなかった。交差点で囮になろうとした時とは違う。「自分の意志で行動する」目だ。
「あーもう、勝手にすんな! アタシも行くっつーの!」
四人は隊列を組んで109へ向かった。途中、天井の配管からミルメクス≪巨大蟻≫が襲いかかってきた。莉奈が二匹を叩き落とし、山岸がバットで三匹目を砕く。
四匹目が莉奈の背後から落下した。
「お嬢ちゃん、伏せろッ!!」
山岸が莉奈を突き飛ばし、代わりに自分の左肩をミルメクスの大顎に晒した。ジャケットの肩が裂けて赤い線が走る。
莉奈が蹴り飛ばして仕留めた。
「なんでアタシなんか庇うのよ!」
「目の前で背中刺されそうになってる高校生を見捨てるほど、俺は腐ってないつもりだからだよ」
健一以外の人間が、自分のために傷ついた。たった四百メートルの付き合いしかない大学生が。「一人が楽」──その言葉が、初めて嘘のように感じられた。
その後、タロス二体が通路を塞いでいた。
山岸が天井の水道管の脆い継ぎ目を見抜き、莉奈が叩き割って濁流を浴びせ、タロスが足元を奪われた隙に非常階段へ駆け込んだ。戦わずに突破。莉奈の発想なら正面から突っ込んでいただろう。
109の地下バックヤード。水を一気に半分飲み干した。
「ありがと。助かった」
山岸は穏やかに笑い、それから目を伏せた。
「俺さ、地上でパニックになった時、隣にいた同僚が転んだんだ。手を伸ばせば届く距離だった。でも──振り返れなかった」
莉奈は何も言えなかった。
「だから、お嬢ちゃんがさっき虫に襲われた時、ああいう風に前に出られるのが、俺には眩しかった」
山岸がふと首を傾けた。
「なあ、この下に何かでっかい空洞がある気がする。物資じゃない。もっと別の何か。すごく……重い」
「コアかもしれない」と健一がメモに書き加えた。
「約束通り、ここから先は別行動。アンタたちは、ここで救助を待ちなさい」
莉奈は振り返らず歩き出した。
四人で歩いた四百メートルは、二人きりの時とは違う種類の緊張感があった。
他人を守る重さ。
他人に助けられる居心地の悪さ。
(一人が楽だなんて、もしかしたら……)
その思考を、莉奈は即座に心の奥へ押し込んだ。




