膨らむ憎悪。
夏休みを利用してのシャドウの訓練。その成果はあったのか?
〜 小学六年の二学期 〜
毎日を訓練に費やした夏休みも終わり、全く気乗りしない新学期の始業式。夏休み中はバスで海まで行き、人がいない岩場でひたすらシャドウを操る訓練をした。何度かあの向井君から電話があったと、妹が教えてくれたが、あんな事があってからは、学校でも口を聞いていなかったので、かけ直す事をしなかった。
おおかた、謝罪の電話なのだろうと予想は出来たが、何を言われても、許せない気持ちは勿論、他人を利用するその心を、ボクは信じてあげる自信が無かったからだ。
教室に入るなり、体育館へ移動しろという先生の声が聞こえてきたが、それはボク達の担任ではなく、教頭先生の声だった。いつもの担任の指示であれば、皆んな言う事を聞かずガヤガヤしたままなのだが、教頭先生はちょっと怒りっぽい事でも有名だからなのか、今日は皆んな素直に黙って移動を始めた。
体育館には既に全校生徒が整列して、その場で座って待機していた。どうやらボク達のクラスを待っていた様子だ。皆んなの視線が冷たい。
『ゴホン!…。え〜、早く座りなさい。…、では、早速今学期から来ていただく先生をご紹介します。…、どうぞ先生、こちらへ。』
ステージ中央の壇上から、威圧感ある声でそう言ったのは校長先生だった。どうやら新しい先生の紹介をしているところらしい。校長先生は、スマート筋肉マンのメガネ教頭先生とは違い、ガッチリした体格で、柔道強いです!みたいな雰囲気を持った人だ。この人もまた、怖いと生徒に評判だ。
そして、先程校長先生から呼ばれた人物が、ステージ脇から姿を現した。全校生徒から「わあぁっ!」という、驚きと嬉しさが混ざった様な声が漏れた。
先生とは言い難いその人物は、パンツスーツ姿の女性だ。学校では見ない、凄く踵が高い靴に、上下真っ黒のスーツ。その襟元から覗くシャツもまた真っ黒で、何だかお葬式の装いに見えて仕方がない。
そして、顔はというと、これがまたかなりの美人だ。長い黒髪に、異国じみた顔立ち。ただ一つ除いては、実に完璧な女性だ。人それぞれ好みはあると思うのだが、やはりボクは大きい方が良いと思うのだ。
「おはよう諸君!今日からこの学校で、諸君らを鍛える為にやってきた、設楽美影だ!女だからといってナメてかかると、痛い目を見る事になるから、覚悟しておいてくれ!以上だ!よろしく。」
《うわぁ…、なんか凄い人が来ちゃったなぁ…。胸小さいのに態度だけはデカいし…。》
「あー、一つだけ言い忘れていた。女性の身体についてあれこれ想像するのは諸君らの自由だが、口に出せばセクハラ行為となる。特に先生を含めた男性諸君!気をつけたまえ。私の目の前でそんな事を口にして、明日の朝日を見れたヤツはおらん!女子もしかり!自慢話しは結構だ。お腹いっぱいで吐き気がするので、そんな話しは慎む様に!以上!」
《あわわ…、バレてないよね?ボクはまだ死にたくないよ。無茶苦茶な先生だな…。》
言いたい事を言ってステージから姿を消した設楽先生。その様子を横で見ていた校長先生、教頭先生は、口をパックリ開けたままで固まっていた。その後、顎が外れたらしい二人に代わり、他の先生が進行をし、朝礼は何とか無事に終わった。
教室に戻る生徒の口からは、それぞれ、あの設楽先生の事が話題として飛びかっていた。
一時限目のチャイムが鳴ると同時に教室に着いたが、まだうちの担任は来ていない様子だった。それぞれが自分の席につき、最初の授業である国語の教科書を準備していた。そして、廊下を蹴る靴の音で、皆んなの表情に緊張が走ったのが分かった。その瞬間に静まり返ってしまったからだ。
そして教室のドアが勢いよく開けられ、姿を現したのは、あの設楽先生だった。カツカツと靴を鳴らしながら、教卓につく先生。
「どうした、このクラスには号令はないのか!おいそこのお前!お前だ!」
いきなり怒鳴りだしたと思ったら、ビシッと音が聞こえてきそうな程の勢いで、ボクの方を指差してきた。
「え…、あ、ボクですか?」
「お前は返事の仕方も知らんようだな。その腐った性根を叩き直してやるから覚悟しておけ!よし、お前が号令係だ!一生やれ!」
なんとも理不尽で、そして豪快なこの先生との出会いが、ボクの人生に大きく関わってくるとは、この時のボクにはまだ知るよしも無かった。
〜 放課後ホームルーム 〜
何となく分かっていた事だが、設楽先生の一言に、このクラスの全員が希望を無くした音が聞こえた気がした。
「なんだお前ら?もう一度言うぞ。明日から私がこのクラスの担任だ!それ拍手ー!」
パチ…、パチ…。パチ…。
「キサマらー!!帰る前に校庭五十周走りたいか!!!!」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
「うんうん、そんなに歓迎してくれるのか。先生は嬉しいぞー!よし!帰れ!」
間違いなく皆んなは恐怖に突き動かされた顔をしていた。この理不尽大魔王、いや大魔女は、いつか教育員会からお叱りを受ける事だろう。ぜひそうあってくれ!と心の中で祈る事しかボクには出来なかった。
「おい、平塚…。何か困った事が起きたら言え。いいな。」
ほとんどの生徒が教室から出払った時、設楽先生がボクにそんな優しい言葉をかけてくれた。胸は小さいが、その言葉にボクは少しだけ先生を良い人だと感じた。
明日からまた設楽先生の指導の元、学校生活を送るのかと思うと、胃が痛くなってくるが、口が悪いだけで、暴力的な事は無い。それに以外と生徒を見てくれている事も分かった気がする。
そんな事を考えながら校門を抜けた時、その影から誰かがボクの腕を掴んできた。驚きながらも振り返ると、そこには向井君の姿があった。少し俯き加減の姿勢が、あの時の事を謝罪するつもりだと予感させる。
「あの…、平塚君。あの時は…、本当にごめん。怖くて…、須藤達が怖くてあんな事を…。平塚君を連れて来いと言われて、断れなかったんだ。本当にごめん。」
その謝罪の言葉に、ボクはどう言葉を返していいのか分からずに、無言のまま向井君を見下ろしていた。ボクが許しの言葉を口にする事を待って、深く頭を下げたまま動かない向井君。しかし、正直なところ、ボクの気持ちはまだ整理がついていない。簡単に許す事が出来ないでいた。
そのままの状態で、どれくらいの時間が過ぎただろうか。ボクはあの時の悔しさを細かに思い出してしまっていた。そして、余計にこの謝罪を受け入れる事が困難な状態になっていく。怒りの方がどんどん大きく膨らんでしまった。そして。
「ぐあっ…、平塚…く…ん。苦し…いよ…。やめて…よ…。」
その声に我に返ったボクは、向井君の方へと視線を移した。そこには、シャドウに首元を掴まれ、高々と持ち上げられて苦しそうにもがく、向井君の姿があった。
「シャ、シャドウ止めろ!下ろすんだ!」
つい声に出てしまったが、シャドウは一向に言う事を聞こうとしない。そしてボクの心にも変化が現れた。自分でもどうしようもない程に、向井君を憎む気持ちが湧き上がってきたのだ。
《ボクを騙したこんなヤツなんか、消えてしまえばいいんだ!…、あ、そうじゃない、そんな事思って…、いない。…、》
こんなやりとりを自分自身の心の中で何度か繰り返す。そして、向井君を助けないと!と強く思った時、シャドウの細く伸びた一部が、向井君の身体をボールでも投げるかの様に、グラウンドめがけて放り投げてしまった。
しまった!と思いながら、どうする事も出来ないボクは、向井君が数十メートルの高さから落ちていく姿を見ている事しか出来なかった。シャドウに身体を押さえられていたからだ。
「向井君ー!!!!」
ボクの声だけが向井君の元へと飛んでいく。
自分の心とは、口にしている言葉と沿わない時もある。頭でいけないと分かっていても、ままならないのが本心である。その心のあり方が素直にシャドウを通して出てしまう主人公。とうとう同級生にも手をかけてしまう事に…。




