35話 金木犀の花
早朝から降っていた雨は午後には止んでいた。
ふと外を眺めてみれば、黄昏色に染まる日差しが掛かっていることに気付いた。冷気を帯びた気温は徐々に暖かみを増していく。
気紛れに吹く微風は心地がいい。
明日は忙しくなりそうだ。
「……なに遠い目をしてるのよ」
「これから暖かくなると思ったら、中間テストが待っている。その前に依頼を解決しなければならないし。本人の希望として早期解決が望ましい。なんて無茶な用件を出したんだか」
女性陣の独特な雰囲気に馴染めず。
残された依頼に思案を巡らせ、有効期限の危惧について示唆を述べる。
世良正雪の言うストーカーの正体は未だに掴めず、張本人である片鱗さえ見せていない。ましては風紀委員会のメンバー達に時間が割かれているため、刻々とタイムリミットに迫っていた。
今日を含めて残り三日。
あまりにも無理難題な要求を仕向けた奴の顔が見たい。
「正直、時間が足りない」
「嘘でしょ……?」
深刻にも程がある。
難しい顔に呼応する理世は信じられないような本音を溢す。半分は事実だがこれほど重大さがせめぎ合うことは、この依頼の難しさが伺える。
犯人探しにも苦労する上に手掛かりさえノーヒントの状況で。
奴は今、何をしているのだろう。
「残り三日で結果を示さないといけない。というか結果を出さないと駄目だ」
「……厳しいわ。茶会をする場合じゃないかも」
「三日かぁ。結構難しいね」
それぞれ難しい顔を浮かべる三人。
アイデアを考えようとしても時間は一向に費やされるばかり。更に焦りが支障を来してくる。暇を余す猶予はないらしい。
「……これって、私達お邪魔モノ?」
「その通り」
様子を伺うような素振りのベルティーユと静かにお茶を一服する七弦。事情について詮索はしないようだが、内輪もめを魂胆に実行しようとした紬妃の方は、申し訳なさそうにしてお盆で顔を隠していた。
か弱い声を震わせて、必死に目を合わせようとしている。
「ご、ごめんなさい。本当に、悪気はないの……」
「ああ。西園寺は何も悪くない」
彼女を責めるつもりはない。
理不尽に仕上がった依頼について、僅かな違和感を覚えているだけで。
言葉通りのままに伝えれば。
きっと西園寺紬妃は更に人を優しくなれることだろう。
「悪いのは西園寺を利用した奴だ。だから、西園寺は謝らなくていいんだ」
「……!!」
西園寺紬妃が仕向けたように見せた『部外者』の差し金こそが、未だに正体を掴めてない謎の停滞感の正体だ。
「今、なんて言って……」
衝撃が走る理世。事態を鵜呑み出来ず目が泳ぐ。
「まあ、西園寺に非はないのは、第三者の差し金で動かされていたからだ。違和感を持たないか? どうして風紀委員が何も問題を起こしてない部活動に割り込んできたか。それは今回の依頼の犯人が指示した、計画通りのシナリオだったんだ」
「確かに私達は不祥事なんてしてないし、むしろ、何もしてない……」
「今回はちょっと違う依頼だったね」
世良正雪が尋ねた依頼が特殊過ぎていて。
官僚という名誉あるキャリアの人間として、将来を担う人物の一人は注目されるのが必然的になる。イメージを損わないよう、毅然とした態度で周囲に敏腕さを魅せる才能は本物だと伺える。何よりも慕う数の多さが証拠だろう。
だからと言って、全てが上手く流れるワケがないのだ。
邪魔する人間がそう望んではいないから。
「相澤の言うように俺達が引き受けた依頼は特殊そのものだ。個人情報を外に漏洩することは断じて有り得ないレベルだ。なのに、解決策を妨げようとした西園寺の行動は、犯人が思い付くような阻害だった。そういうことだろうな」
「……」
紬妃は黙ったまま。何も言え出せずにいる。
取れない罪悪感とその裏側で味わった加虐の味が交錯し、恐怖のあまり本心が不安定になってしまう。第三者に脅されている可能性もあり、彼女の中で葛藤が生まれているかもしれない。
だけど、それでも弥彦は間違ってしまった彼女を助けたいと決心する。
口元を隠す紬妃の反応と景色が滲む瞳を見てしまえば。
―――助けないと駄目なんだ。
「なるほどね。そういうことか」
「うい?」
バラバラだった主旨を完全に把握した七弦。
全然分からない様子のベルティーユとは対照的に、これまでの経緯を独自に熟考していたようで、内容が不明であるハズなのに、理解できるよう同胞に詳説する。
「私達は西園寺に利用された上に第三者に踊らされていたの。彼らをスカウトする口実の裏では、第三者のプランが着々と進んでいたようね」
「じゃあ、今までのやり取りは、相手の思うツボだったってことデスか!?」
「多分時間稼ぎ。余程問題を解決させられるのが嫌みたい」
時間稼ぎ。仲間割れ。争いごと。噂話。
そして個人情報。
犯人は計算高く、他人の心情を掻き乱す技術が長けているようだ。負の連鎖を断ち切ろうと必死に策を練っても、事前に仕組んだ罠が都合よく発動する。そうして疲弊した相手を自身の手を汚さないで潰してくるのだ。
簡単に人格を傷付けられる気狂いのプロフェッショナルが。




