34話 はーべすと
西園寺紬妃を助けられない理由は様々だ。
プライドを誇りに持つ彼女の性格は相手に対して蔑むような態度を取ることから、裕福な環境下で培った記憶が今の彼女として成立している。所謂お嬢様タイプの傲慢でワガママな人だ。人の意見についてあまり乗り気ではない、頑固な性格のせいで話しにくい部分が多々ある。
正直、人の付き合い方が下手なだけで。
まだまだ教養が足りない。彼女はまだ完璧ではないのだ。
反省している姿も年相応にモジモジしていたり、本当は細やかな人なのだろう。怒られるような行動を取らない為かショックは一般人より以上に神経質になる。
情緒的になるのは癖になっているからか。
「……とりあえず座ろう。立ってると疲れる。相澤、客人に飲み物を」
「はーい」
指示の通りに契はお盆を持ってポットの前に立つ。何かと準備している間にそれぞれ空いている席に腰掛ける。ポットから湯飲みに注がれる音が響き、お茶の香りが徐々に広がっていく。
状況的に鑑みると一対五。
完全に西園寺紬妃が不利に見える。
風紀委員長は彼女の失敗を指摘し、追い討ちを掛けないよう逃げ場を与えた。しかし感情のままに動いた彼女は結果として自滅の道に進んでしまった。
ベルティーユについては中庸な位置に立ち、この問題について興味がなかったと言える。単純に面白そうだからの感覚で後を付いてきた可能性もある。
とりあえず野次馬に修正。
あとは彼女自身がどのように話を進めるのか、刮目しなければならない。
「粗茶です」
茶托を乗せた湯飲みを三人に渡してから、停止した話は再始動する。
「紬妃。この話、どう折り合いを付ける?」
先頭に立つ七弦は腕を組んでは同胞に訪ねる。
勝敗は既に決まっており、これ以上進展しないと捉えている。激昂した彼女の前でも微動だにしなかっただけあって、風紀委員長の肩書きは飾りではないことが証明された。
やはり上に立つ者として風采は輝くものがある。
遅刻したあの時もまた、普通の人とは違う感性が光っていたのか。
それともただの偶然だったりして。
「……認めたくはないですけど、負けちゃいました」
心身が回復して正気を取り戻した紬妃の方は恥ずかしそうにして答える。
「今の私では彼を打ち破ることはできず、本当の事を言ってしまえば、相手にさえならなかった。真正面からハッキリと言われてみたら、私個人的な問題で。正直、彼に負けたくなかったと言いますが……」
顔を覗き込むような仕草をしながら弥彦の様子を伺う。
何度か瞬きをしつつ、何処か遠慮気味に話しかけてくるではないか。
「……怒って、ませんよね?」
「いや、全然」
微妙に気まずさを漂わせる素っ気ない反応をしてしまった。
やはり話しにくい。肩に力が入りそうになる。しおらしい彼女の反応が珍しく、何よりも意外性があった。あれほど傲慢だった彼女が素直に反省をしている。
つんけんした態度で負けセリフを言うと思っていた。
張り合いがなくて扱い方に困る弥彦に対し、何を思ったのか契は両手でポンと合わせた。振り向くと満面の笑みを浮かべている。
「……どうかしたのか?」
「考えてみたんだけど、私達は部活を続けてもいいんだよね」
紬妃に近寄り笑顔のまま訪ねてきた。
ただならぬ威圧感でも感じたのか紬妃はビックリして距離を置いてしまう。そういえば彼女を怒らせると手が付けられないことを思い出す。
「え、ええ。この話は無しにしても構いませんけど……」
「だったら風紀委員会と恋路部が一緒に協力することはできないのかな?」
互いに協力する方向で解決。
人助けをベースとした恋路部と規律を正すとした風紀委員会の方向性。一人一人の道徳心を更に成長する為に配属・設立したというべき存在。
元は本来あるべき意識を積ませる為の指導を。
それを契は隔たりを越えて、より良い学校生活と社会に貢献しようと力の総和を求めていた。
「……なるほど、って合併じゃん!?」
冷静に考えて理世が突っ込む。強いて言えば先程のスカウトと変わらない。
「やっぱり喧嘩しちゃいますネー。雌雄を決する、でしたっけ? トップを決めない限り何にも解決になりまセーン。そこは白黒付けないと。……白黒? 白黒付けないカフェオーレ♪」
「呑気に歌ってる場合……?」
あくまでも他人事に過ぎず。
いざこざを起こしても元の鞘に収まる時間は必要で、そう簡単に都合を合わせられる力量も空しく、平行線上の関係では進展しない。
ある意味でベルティーユの無関係さは話題に区切りを付けようとしていた。
「ちなみにカフェ・オ・レはフランス語なんですよ!」
「知らないわよそんなの」
もしも今後続けるとしたら。
風紀委員会との関係は切るものではない。
しかし過去の事例として生徒会副会長である神式杏が迷惑を掛けた事実は拭えず、未だに生徒会には近寄り難い存在なのは紛れもない。もしも誰かが迷惑を被ることがあれば、両者はあまり乗り気ではない上に本来なら帳消しにしたいハズ。
何れにせよ難問であるのに変わりない。どう傾くかが問題だ。
「ねぇ、貴方はどうするの?」
「そうだな……」
気持ちを汲み取ってしまえば。
敬遠したいのが紬妃で。それでも一緒に協力してみたいのが契。二人の願望は極端に走り、決して相容れない未来になってしまう。
選べば不幸になるのは秒読み。
けれどそんな悲壮なビジョンは要らないから、両者に希望のあるキッカケを探り当てる人物がいるとしたら。
やはり、この場面において任せられるのは彼女しかいなかった。
「成瀬、今回の依頼が解決した際、協力してはくれないだろうか」
「……なるほど」
条件を織り込む。
七弦と会話するカードはそれしか浮かばない。
生半端な態度で申しても相手に伝わるハズがなく、幻滅に終わるだけ。期待を背負った答えが安っぽい物であれば裏切られてしまう。そうはさせないために、ある一定の取引が必要だ。
だったら交渉をするまで。どちらにも利益の浸透を図ることが出来る。
悪くはない動機付けだ。
ものの可能性を見込む涼しげな微笑を浮かべる弥彦に、七弦の方はほんの少し頷いてどこか納得した様子。すると彼女は不敵な笑みを見せ、ノリノリで手を貸し、演技に力を入れていた。
契以外の人達は訝しげに伺うだけ。バレていない。
「そうね……。君が引き受けた依頼を解決でもすれば、協力しても構わない」
「じゃあ、折り合いは……!」
「ただし、条件は発生するけど」
待ってました、と言わんばかりの反応。
裏で仕組んでいたと思うまい。見事に意識を惹き付けていく。
狼狽するとベルティーユや理世は息を呑む。やはり風紀委員長、紬妃が策を練った糾弾よりも迫力は増しており、短所を狙い定める洞察力のレベルが違う。
そして、当たり障りのない条件を見出す彼女なりの誠意は、本質を捉えていた。
「最低でも五人、部員を増やすこと。無事に条件を満たしていれば風紀委員会は協力してあげる。同好会ではあまりにもみすぼらしいから、正式な部活になるまではお預けということで」
「でも、恋路部は先生直々に設立した部活動では……」
「分かった。その条件は呑めるぞ」
内情を理解していた紬妃の言葉を遮る。
誰かの失態を責めるつもりはない。失敗を成功へと変えたいだけ。反省を生かし次に繋げられるようなヒントを与えるだけの、お節介なガイドに過ぎない。これ以上彼女は無駄口を叩けない。
間違ってもいい。
間違うことは恥ずかしいことじゃない。
もう一度、見直せられる機会は最も羨ましい時間なのだから。
「悪くはない提案だが、二人の意見が聞きたい」
「意見ね。私は賛成よ。これなら迷惑掛けないし。……正直、恐れ多いわ。確かにこの部活は同好会のレベルよね。みんなに認知されてないし……」
「ちょっと待て、認知されたら俺が困るんだけど?」
不満を募らせるが、理世の方は然らぬ顔をしては笑顔を贈るだけ。
「それは貴方が頑張らないと」
「拒否権はないのか……」
最低でも二人加入しなければならないので、宣伝も実施する可能性が高くなるばかり。美少女(の内一人はトップカースト)二人もいれば効果は覿面だ。
というか野次馬が来るのではないか?
「彦くんの意見に賛成だね。みんなで解決できるなら私は十分だよ」
「えっ、な、なんで下の名前を、あ、貴方は相澤さんに一体何の関係が……!?」
「今更かい。呼び方ぐらいで恥ずかしくなるなよ」
頬を赤らめる紬妃に呆れて対応。
たかが名前に関して気になるものなのか。あだ名というのに神経過ぎる紬妃に事情を話すとした。不意に目が合うと即座に目線を離してしまう。
冷静さを欠けていて、耳までもが赤くなっていた。
「み、見つめないで……」
「もう、俺はどうすればいいというんだ……」
解明の余地もなく。一向にややこしくなるばかり。
緊張が途切れて話題が斜め上に行く。さっきまでの殺伐が嘘のようにお茶と雑談の時間が増えてくるのだろうか。女子も五人もいれば仲間外れにもなり、最近の流行さえ追い付けない。
独特の雰囲気に飲み込まれていたのは弥彦の方だった。




