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33話 アンチ・レコード

 怒涛の言葉が彼女に降り注ぐ。


 核心に辿り着いた恋路部の部長と、それを見越していた風紀委員長の少女。

 たったの一言によって、空気の流れが変化させる影響力は周囲を流布して、事態は加速させていく。


「どうする、紬妃。このままでは窮地に追い詰められてしまうけど」


「ピンチなのは分かってます。でも、貴女が保証を掛けているってことは……?」


「手を引いた方が賢明ってこと」


 悠然とした仕草が明示する。


 先見力を示唆させた七弦は微弱な笑みで応える。結果が追い付く前に、既に彼女は方向転換に気付いており、気分次第で口を挟めば誹謗中傷のラリーが途絶えてしまう恐れが加わる。


 なのに七弦は賢明に後退の意を告げてみせた。

 更にその意味に含まれるのは、これまで紬妃が策を練ってきたプランを破棄することだ。実に否定的で実に退廃的。


 まるで、その物腰は勝敗が付いたようだと言わんばかりに。


「何を、言ってるんですか……」


 これまで寡黙を貫いて静観するばかりの風紀委員長が相反する発言に、紬妃は動揺を隠しきれず、その瞳は泳いでいる。


 それもそうだ。

 頼みの綱であり支柱を押さえる為のカギを握る存在だろう。

 何よりも最大戦力として位置付けていたハズ。この陳腐な部活動に寄越す機会を得ていることが証拠だ。デメリットさえ突き付ければいいだけの話。


 だが、成瀬七弦は自ら退けてみせた。


「何を根拠に弱音を吐くんですか。彼は、新藤くんは自身の敗北を認めていた。管理下が杜撰だったから、他人にバレたんじゃないですか。それをどうして」


 必死に華奢な拳を振って、説得を試み紬妃は諦めない。


「彼はただの悪あがきを……」

「私はあれをただの悪あがきだとは思っていない」


 ハッキリと否定して。ハッキリと意見を言って。ハッキリと主張した。


 仲違いの瞬間が訪れた。

 差し伸ばす視線を切りながら七弦は弥彦を見た。仲間の紬妃を逸らして、転換期を迎えた彼女はただただ静かにこの場を制する。誰にも邪魔させない独特の情勢は一人しか届かない。


「君はもう、届いているハズ」

「……」


 言葉は要らないのだろう。

 だから身内の失敗を理解し、他者の意見に尊重する理由が出来たのなら、成瀬七弦は風紀委員長に相応しい人物だと考えられる。排他的に削除せず正論に沿った流れを読む審美眼を併せ持ってるに違いない。


 彼女の見ている世界は紛れもなく本物だ。


「か、会話しないで成立してる……」

「私達置いてきぼりじゃない。これ……」


 困惑と呆然を織り交ぜながらベルティーユと理世は呟くしかない。


「……分からない。分からない、分からない!」


 意見が合わず亀裂は走り続ける中で、紬妃は言葉を吐き捨てて威圧感を放つ。


「私は何も間違っていない、こんな意味不明な結果で終わるだなんて、認めない。認める訳がないわ! どうして彼は認められる? 私の方が有利なのに!」


「ちょっと、落ち着け。成瀬に非はない」


「近付くな! 紛い物は黙れッ!」


 暴挙を止めようとして、今度は紬妃に手を叩かれてしまった。

 血が頭に登っているのか平手打ちが強烈でとても痛い。なんという強さだ。渋々弥彦は手を左右に振って痛みを和らげようとするが、若干違和感を募る。


「あのバカ、あれで手首を狙ってくるとか……」

「あまり動かさない方がいいよ。打撲なら少し冷やさないといけないかも」


 打撲に苛われる弥彦に契が助勢。

 とても献身的な行動に面を食らうがその優しさに部長として応えなければならない。首を振ってみせて心配はないと諭す。


「俺は平気だ。……それよりも」


 気になる方へ視線を傾けてみると。

 一人で憤慨する紬妃と粛然とした態度で見向きもしない七弦がいた。


「ここまで辿り着いたのに、あと一歩の所で手を引くなんて、ふざけるな! 彼の弱音を吐かせる為だけに他者に頭を下げることさえ勘弁なのに、この仕打ちを貴女に一体何が分かるの!?」


「分からない。だって、これは勝手に紬妃が望んだ結果の鱗片だから」


 罵倒が一方的に飛ぶ中。

 事柄の部分を透かす七弦はあくまでも動じず、詰まらなそうに彼女の失敗を暴露させる。これは彼女個人の反駁であり、未遂に終わった出来事だと。


 全ては両者に亀裂が走らないように。

 実に効率的で予想の斜め上を行くカルトな終わり方を勧めているのに対し。


「全部私が悪いの!?」

「そうじゃない。……飛躍し過ぎ。ただただ過信をしていたってこと」

「過信なんてしてない!!」


 彼女が願った理想を排斥されそうになって。

 躍起に抵抗する紬妃の深刻な姿はあと一歩の所で涙が溢れそうに切実で。張り詰めた顔はワガママな子供ようだ。駄々をこねる彼女の心境は相手を知らず、上手く行かないから、迷惑ばかりを掛けている。


 まさに、身勝手なお嬢様だ。


「あの二人は何をしているの、仲間割れのつもり?」


 こちらに駆け寄る理世は耳元に囁く。

 訝しさを隠しきれない疑問の視線は渦中の二人に注がれている。


「なんだろうな。少なくとも喧嘩ではないような……」

「あー……。実は七弦が風紀委員長になってから、意見が段々合わなくなったんデース。でも、バチバチさせてるのは紬妃だけだし、正直めんどくさいタイプですね。今見ても分かるでしょ、自分勝手だもん」


 解釈を挟んだベルティーユは肩を竦めて呆れている様子。

 元々抗争があったのか関係は剣呑的。ただし、紬妃が憧憬に執着し過ぎているためか規律が乱れ始めていた。


 たかが一人の転校生に容喙する、強情な彼女は認められない。


「待って紬妃。あなたが何をしても無駄に終わる……」

「うるさい!!」


 最後の忠告を振り払い。

 たとえこの行動が後戻り出来ない事態であろうとも、過去を振り返っても、それはただの願望に過ぎない。


 全部、自分への八つ当たりだ。


「あんな出来損ないカーストの落ちこぼれが、一生泥を啜っていればいいのに!」


 そこには温情が溢れた慈悲はなく。

 啓蒙する最低限のリスペストは既に皆無だった。


 怨嗟を放つ姿は呪いを振り撒くようなものだ。

 もはや優雅という言葉はない。完全な敵対心は隠そうとはせず、脅しにも代われる豹変さに、同胞の人達はどんな顔色を浮かべるのだろう。憎しみを滲ませた鋭利な瞳は容赦なく弥彦に向けられる。


「私は貴方のような人間が大嫌いだ!」


 人を脅しを掛けた煽るばかりの選択を選んできて。

 無責任振り回してきた数々の所業は決して許されるハズかないのに。


 震える声は演技ではなかった。実際に新藤弥彦という転校生が嫌いなだけで。

 思い通りにならないから、ヒステリックになっている。


「―――」


 手段を選ばない彼女の冷酷な処世術。

 優位を得る方法を屈指し、見事に地位を積み上げてきたからこそ、崩壊してしまうであろう未来を恐れて疑心暗鬼になってしまった。心の何処かでほん少しの違和感の気付いた素振りを必死に騙そうと抗う。


 そんな紬妃の心境を弥彦は決して共有できない。


 八つ当たりはもう終わっている。


「……嫌いになっても俺は構わない。それで胸がすっとするなら、幾らでも他人を否定すればいい」


 全ては自分自身のままに。

 人様の選択を邪魔する理由なんてそもそもない。これは単なる嫌がらせだ。自分を恍惚する猛毒の餌だ。夢中になって噛み続ける爽快感はデタラメにコーティングされた空想そのもの。


 いつかは消えてしまう夢に浸り。有りもしない地位に浸り。

 虚飾に浸り尽くした彼女に、弥彦は正直に厳しさと言うものを突き付けた。


「だがな、そんな戯れ言で満足するなら、俺はアンタの事が大嫌いだ」

「……ッ!!」


 もはや理解に到達しない。

 だったら解答に辿り着く促進になろう。自身の失態を素直に認められるような教養のある人物に。目の前に捕らわれた出来事だけを執着し続けてきた彼女の暴走に決着を付けさせてもらう。


 依頼を終わらせる為に、立ちはだかる壁を壊す。


「西園寺、お前の目論みに付き合う暇もない。てか何を仕組んでいたんだ。まあ、俺を完璧に騙せてなかった時点で風紀委員の誘いは破棄だ」


「騙せていなかった……?」


 違和感の矛先が焦点に合わせていく。

 これまでの発言の数々が絶妙にすれ違っていた原因の一端が暴露され、一心不乱だった紬妃は思案を巡らせる。だが執念が頑なに拒絶し、首を左右に振る。


「そんな、まさか。実力を持った貴方が底辺カーストに堕落して、評価は最悪だったじゃないですか。なのに貴方は何を信用を得ることが出来たの……? 疑うばかりの人生に心底ウンザリしていたと思ったら」


「正直ウンザリはしていたさ。だけど、西園寺が謎を解いてくれたんだ」


「……私が?」


「君のお陰で、ようやく糸口が見えた気がする。ありがとう」


 誰が感謝すると思っていたのだろう。

 敵に塩を送るような、想像を越えた行動に七弦と契を除いて愕然するばかりだ。対者の紬妃も訳分からずにこの場で狼狽するだけ。


「感謝される覚えはないのに。なぜ、貴方がそう……」

「加担した匿名の中に相澤と茅月の二名が含まれてなかったからだ。それだけ」


 とことん相手を疑心暗鬼にさせたいのであれば。

 内側から壊す、つまり身内の裏切りや崩壊を助長させる方法を探すのが妥当だ。当然手間は省くしコストが安い。


 何より手を汚さないのが最大のメリットだろう。


 でも、紬妃は見抜けなかった。

 成し遂げられなかった理由として、限られた人物にしか該当しなかったこと。

 

「自慢じゃないが、俺自身、あまり話しかけられないから……」

「それ自慢ではないでしょ……」

「な、何か悩みとかあるかな? あるなら是非聞いてあげるよ 彦くん」


 得にすらならない自虐を含ませながらも、改めて気を取り直す弥彦は自身が決めた椅子に座ると、空いている席に誘導させる。そこですんなりとベルティーユが別の席に座ると、紬妃も黙って腰掛ける。


 渋々とこちらの様子を伺う彼女は怪訝そうに、


「私の自惚れた発言で貴方にバレていた、ということですね」

「正解だ」


 相手に失礼がないよう毅然とした姿勢で望む。拍手でもしたら相手は煽られたと勘違いして喧嘩勃発に成りかねない。偽りがない事を証明して、事実を彼女に話せば気持ちを汲んでくれるかもしれない。


 たとえ敵対した間柄であっても、この関係は簡単に切れないのだから。

 分かり合える未来を弥彦は目指す。


「基本的に話掛けてくる人は至極限られてくる。当然人の顔を覚えられる容量だ。それほど他人の関わりが少ないってことさ」


 転校初日から周囲は難色を示して。

 それ以降は面白いぐらいに好奇の目に晒されて、変な称号を貰い受ける羽目に。

 

 所詮グループを第一印象とする群衆達だ。

 独りを嫌い、言うことを聞かない他者を嫌い、そうして見つけ出した答えは仲間外れにされないことだ。顔色を伺っては話を合わせようと必死になる。仲間の意見を素直に受け入れてくれるのだから、彼らはなんて仲間思いなのだろう。


 けれど所詮は薄っぺらい社交辞令。束縛された集団心理には勝てはしないのだ。

 独りは自由にさせくれる。独りは景色を変えてくれる。


 それが今、まだ見ぬ未来に繋がってくれた。


「俺を非難する人達も必然的に絞られる。そうなると」

「相澤さんと茅月さんの二人もまた、理解してくれる側もいるって訳ですか。……私は、貴方を否定する前に貴方を理解していれば、何か違っていたのかも」


 隙を突かれていたことを自覚し、自身の暴挙について素直に受け入れた紬妃は静かに瞬きを繰り返し、どこか踏ん切りが付いたのか彼女は是認する。


 でも、ほんの少しだけ。

 寂しそうな表情をした彼女の瞳は諦めの色を浮かべていたように思う。


 紬妃が心の底に隠していた本音を。


 その先にある景色に進んでしまう弥彦では、手を差し伸ばすことはできない。


 『まだ』助けられない。

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