32話 次こそは
あの証言は。
果たして切り札と呼べるものなのか。
「実は筒抜けだったんですよ。特に、貴方の個人情報」
明白に示す敵意と貫いてきた意志の強さ。二つのポテンシャルを兼ね備えた弥彦に、更なる選択肢を選ぶべく、紬妃はタブーだった妙手を繰り出す。
「参考になりましたよ。新藤弥彦である理由に基づいた行動は、本当に興味深い。協力してくれた匿名の皆さんお陰で、数々の依頼を解決してきた経緯とその生き様について把握しました。やはり、貴方は特別じゃないですか。帰国子女さん」
「え……」
「帰国子女……?」
「おー! 私と同じ帰国生だ! これがいわゆる親近感ってヤツですね!」
そういえば契と理世には告げていなかった情報だ。
触れられてはいない個人情報が、新たに四人の女子に公開処刑されてしまった。
「何か訂正するところは有りますか?」
「無いな」
弁解を求めた紬妃は覗かせる。
対して弥彦は冷静さを保っているものの、少々怫然としていた。
誰かにバレるのは時間の問題だとあらかじめ想定している。
しかし告げ口によって漏洩するのは遺憾極まりない。相容れない紬妃に告発した匿名の人物について特定したいところではあるが、思い当たる数名のシルエットが鮮明に浮かんでくる。
記憶に留めている限り、これは間違のないことだ。
(……アイツらか)
連想出来る人物。
それはたったの二人しかいない。
担任兼顧問である秦村吉報と、カーストの頂点に君臨する世良に恋をする少女、早乙女愛花だ。
愛花の方については記憶に新しい。何より自分から述懐した言動だ。単純にモヤモヤした気分を払拭して欲しかったので、あくまでも弥彦は事実を告白しただけ。だがしかし、愛花は他人に利口過ぎるが故に、意図も簡単に風紀委員に情報提供をしてしまったのだろう。利益になるとっておきの情報を有しようして。
めちゃくちゃ分かりやすい魂胆だ。
もしも会う機会があれば、彼女は笑顔で誤魔化しそう。
(可愛い顔して結構軽はずみな行動してんだな。この先思い知らされるな……)
軽率なのは残念だが問題は終わってない。
ただでさえ秦村先生の謎多き経緯も怪しいのだ。
恋路部の廃部を知らせてきた時では生徒会副会長の座に付く神式杏の野望に勘付いていた部分を残している。それだけではない。これまで関わってきた全ての登場人物に、一人の転校生の痕跡を売り渡した可能性だってある。
思い当たる人物達を考えた。
部活の妨害を企てた犯人、神式杏。
校内一の謎に包まれた仮面を被った狂人、三日月天寧。
不気味に接してきたクラスのハイブリッド女王、鈴ヶ森美雨。
他人を散々煽り自分が一番賢いと思い込んでいる地雷少女、中島萌佳。
そして、今回の依頼を寄せてきたカーストの頂点に君臨する少年、世良正雪。
(敵だらけじゃないか……)
これはうんざりする。
最悪全員が犯人という可能性を残すという地獄。モチベーションが上がらない。気分を損なわせる戦法をよくも思案を巡らす紬妃は鬼か。
「うふふ、心当たりがありましたか?」
「いや、アンタの執念が強すぎてビックリしている。幽霊よりも怖いな」
「女の子に言う発言ではないんですけどね、はぁ……」
期待していた素振りを空気読めない発言で幻滅にされる紬妃はため息を吐いた。
こちらは歓迎する覚えはない。
最初から、拗れていた関係は変化を遂げられないのだ。
「それで俺を脅して何がしたい。名声ならアンタが風紀委員長になればいいだろ。こっちはこっちで依頼を終わらせたい。とうに決別したんだ。今から雌雄を争っても全部茶番だ。これ以上邪魔をするなら自分の居場所に帰りな」
「んー、それは無理な話ですね! 貴方達が追っている依頼とやらをお邪魔しても宜しいんですかね? 当人に聞けば、ぜーんぶ、分かっちゃうんですよ?」
「うわ……」
「これは、心が病んでますね。ははは……」
優劣を覚えた紬妃の笑みはもはや病んでいて。
ハイライトが消えた瞳に小さな悲鳴を上げるのは理世だ。口元を押さえては困惑の表情を浮かべるばかり。ベルティーユの方もどうしたらいいのか分からず、結局頬を引きずって苦笑い。
だが、それでも弥彦は怯まない。
部長の肩書きを背負う者として、弥彦は自慢げに軽く微笑む。
「―――西園寺。お前は、結構詳しいんだな」
最後の最後まで立ち向かう着想の精神には少なからず評価しよう。あらゆる手段を使ってでも成し遂げたい夢を追い掛ける姿は光栄だと感心できる。だがしかし、挑む相手が悪かったに尽きるのには、彼女が隠した抱負を見破ったからだ。
紬妃は一つだけ間違えた。
「俺達を風紀委員にスカウトしに来たのは本当だろう。それと俺が与しないことを事前に知った上で交渉を続けた。たとえ辣腕になってもな」
「ええ。理解が早くて助かります」
沈んでいく空気と冷却された風が紬妃に味方にして、殺伐していた雰囲気に終息が訪れる。勝ち誇ったような、敵なしの笑みを浮かべる彼女はまだ知らない。
見誤る見解が破綻しかけている状況に、違和感を持たずに。
彼女はまんまと流されていく。
「強情な貴方だからこそ、念を入れたんですよ。貴方達の信頼をどうしたら亀裂が走るのか。そこで相澤さんと茅月さんのお二人の活躍が必要でした」
「人を騙して良くも簡単に言えるわね……」
回りくどい悪趣味に理世は不快感を思い出す。
拘束する為だけに悪用した紬妃の執念。それは完璧な勧誘を行う為に仕組まれた罠。嵌められた者は容赦なく叩き潰し、匙を投げるまで終わらない。
ある意味では拷問に親いジャンルではあった。
「結果次第では仲違いするところでしたが、見事に阻止されましたね」
「勧誘の裏に殺伐を仕向けていたなんて、あなたはどんな神経してるのよ……」
「ごめなさいね。どうしても彼の素性が見たくて。度を越していると私も反省してます。……ですがね、彼の前では一筋縄で行かないんですよ。この意味分かりますかね。新藤くん、貴方は今失うものがないと」
契と理世のスカウトを阻止した功績と紬妃の翻意に振り向きもしなかった弥彦の
達観した判断力。
人材について語る彼女は一理あり、風紀委員長の座に相応しい能力だろう。機転を利かせる指導者の素質を見抜いていたのは、紬妃もそれなりの鑑識眼を備わっていた環境の良さを伺わせる。これは評価する。
だがしかし、何より残念なのは粗暴過ぎる真意こそが欠点だ。
彼女はまだ勘違いをしていることを。
「ですが、貴方は幾つかの情報によって、本来の実力を発揮出来なくなりました」
匿名に寄せた数々の情報。
余裕綽々の紬妃の艶の含んだ笑みに通ずる。雌雄が付いた激闘にもう用はないと幕を閉じるつもりだ。反論出来ない二人に対しても、挑発は終わらない。
玩具を与えた子供のような、年相応のスノッブを晒して。
「確かに俺は自爆をした。他人に軽率な行動を取ったのは本当だ」
「認めるのですね。貴方自身の敗北を」
その瞬間、誰々が十人十色の表情を浮かべていた。
混沌と化している状況にベルティーユはただただ狼狽し、理世は信頼する少年の発言に対して驚愕し、静観していた七弦は変化を捉えたのか目の色を変え、そして契は何かを思い出したのかこの光景を目に焼き付けていた。
風向きは追い風となってこちらを味方にしてくれる。
小さな兆しを紬妃は知らない。
「元々貴方は独りだったから、他人を求めてしまったから、貴方は彼女達に簡単に騙されたんですよ。大人しくしていれば、こんな惨めな姿を晒してしまうなんて、本当に残念な人ですね。……失望しちゃいました」
勝者は決まった。
勝ち目が薄く、打算が通じない展開を逆転する気力はとうに失せた。都合の良い解釈では、どんな発言も正当化する余地もないだろう。
そのあざとい仕草が証拠になると。
気持ちを高ぶる紬妃は確信に辿り着いたと、そう思ってたに違いない。
相手は未だに戦ってすらいないのに。
「騙されている、か。お前は冗談も器用に言えるのか」
「え……?」
突然と消える笑顔。忽ち戦慄に染まるのは末恐ろしいほど弥彦はシニカルに微笑を湛えていたから。鋭利な視線に潜める覚悟の違いを彼女に示す。
これは何度目の駁撃なのだろうか。
「自分の過ちぐらい反省したところで、他人に失望される筋合いは一切ない。お前は勘違いしていたのさ。せいぜい一泡吹かす為の最低限の悪戯なんだろうが、この程度の馴れ合いで内輪喧嘩になるものか。たかが寄せ集めの情報で勝ち誇っている時点で面目は丸潰れ。その思考停止した偏見では、俺を風紀委員長に駆け上ることも、二人を受け入れることも出来ない、ただの出来ない身勝手なお嬢様だ」
慈悲さえ見捨てられた容赦のない発言が炸裂する。
もちろん、この場にいる全員に向けたサプライズは効果覿面だった。
並外れた威圧感だけがこの場を支配する。
開戦の火蓋を切った張本人の弥彦。
本気で紬妃の真意を陥落しようとする姿勢は誰にも止められない。
それは間違いなく紬妃に向けた誹謗中傷の嵐だ。怒涛の連続はこれまで彼女が成してきた行動を否定させる布石そのもの。渾身の一撃を込めた圧倒的オーバーキルはもはや歯止めが効かないようで。
「……流石、恋路部のリーダーとして相応しい人物ね」
物怖じしなかった七弦は落ち着いた笑みを浮かべながら拍手を送っていた。




