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36話 銀木犀の花

「そういうことなら、どうして私達に事情を話くれなかったんですかー!?」

「あわわ……」


 肩を強引に揺さぶられてまたしても混乱に陥ってしまう紬妃。

 もはや立場は形勢逆転しているようで、同胞の失敗と気付けられなかった責任がベルティーユを怒らせていた。余計にややこしくするだけなので、ここは宥めることにした。


「少しは落ち着け。西園寺は仕方なく相手に翻弄されたんだ。ぶつけるな」

「きっと紬妃は確信犯と会ってない気がする」

「そう思うか」


 コクッと頷いた七弦。

 争い事を望んでいたのであれば、確信犯は姿を見せたくはないハズだ。効率よく撹乱させる手段として紬妃に入れ知恵を与えたのは傀儡の可能性が高い。


 徹底的に醜態を晒したいと言うのであれば。

 張本人は更にサクラを使って壊滅状態にしたいらしい。


 余程の悪魔だろうか。


「奴は一人じゃないと見ている。俺が想像していたイメージとは大分違う。強いて言えば、活動の内情が露呈しまくっている現状は正直疑う部分」

「もう、誰なのよ。犯人は……」


 やり場のない憤り。過ちをしてしまった紬妃への反論もできず、ましてや恋路部の破壊と風紀委員の失策さえ狙ったかのような戦略に理世は懲りていた。


「でも、これって私達の責任じゃ……」


 不安に刈られてしまいベルティーユは落ち着きようがない。まるで後で叱られる臆病な子供のような慌ただしさだ。


「何もかも敵の策略に嵌まって、負け犬みたいな辛い思いをするなんて、私考えられません……。窮鼠猫を噛む。もしかしたら、相手は風紀委員を壊滅したいんじゃありませんよね!? そうだとしたら……、先生に怒られる!」


 依頼どころかの問題ではない。

 管轄の甘さを漏洩し、失態を告知する者が現れる恐怖は末恐ろしいもの。これまで維持し続けてきた校則が匿名の愉快犯によって瓦解されてしまうのは悪い印象に繋がる。恋路部も同等で、未だにストーカーの犯人を見付けられずにいない現状が、風紀委員のイメージを損ねていく。


「どうしよう。失態は避けられない……」


 完全なる失態が表に流布したとき、風紀委員の威厳が破綻してしまう。

 信用を取り戻せなくなる。


「ええ。ベルの言う通り、これは紛れもなく、何を言おうが失態に変わりない」


 それでも尚冷淡と姿勢を正す七弦は身内の失敗だと認める。


 静かな瞳は湯飲みを黙視し、刻々と流れていく時間を無視していく。根本的な誤りが見落としてないか、確実に反省を活かせる為の一手を探って。


 大切な仲間の失敗を、更なる糧にするためのチャンスを見定める為に。


「確かに失敗は悪いわ。本当は完璧にこなしてほしいところね。でも、それは誰もが経験すること。誰もが通る道なの。恐れていては何も進めない。前に進みたいのなら、本気で挑戦することを忘れないで」


 何かを取り組む為ならば。

 中途半端では駄目だ。諦めても後悔するばかり。

 他人の譫言に騙されてしまう、行為者・観察者バイパスが蔓延る世間で、心の底からやり遂げたいと思えた野望は絶ち切れたりしない。


「現状を打破したいのであれば、限られた選択は一つのみ」


 全ては本来の目的の為に。

 自分自身が抱いた夢を邪魔するインベーダーに覚悟を示すのだ。


「次は私達の番よ」


 反撃の時が来た。

 人を道具のように利用し、自らの手を汚さない秀才気取りの玉座から落とそう。醜い争いを望んだ張本人を改心する一撃必殺のアクションを轟かせよう。


 一人はみんなの為に。みんなは一人の為に。

 逃げも隠れもしない。本当の覚悟がある限りどんな困難でも前に進んでみせる。


 挑戦を一蹴してやろう。


「……このまま、黙って見ているワケにはいかないわね」

「私も、誰かの助けになりたい」


 困っている人を救いたい。

 純粋な気持ちが彼女達の心構えを昂らせる。啓発の立場として、感じてきた経験が献身となって人を救う。繋がる者から紡ぐ者へ。以前救ってくれた人と同じように、可能性を信じる二人は目の色を変えた。


 誇りを持つ恋路部のメンバーは始動する。


「相澤さん、今回の依頼を解決して、西園寺さんの仇を取るわよ」

「うん。そうだね!」


 彼女達は未来がある。

 眩しいくらいの青空に広がる世界が待っていることを。


 決められたルールに縛られない自由な発想。色めいた景色は未知な可能性を呼び起こす。固定概念は関係ない。謎を飛び越える探求心は誰にも止められない。今回誰かの迷いを払拭できるキッカケになれば。


 手を引く理由を二人には存在しない。


「で、でも、恋路部と風紀委員は相容れないのに……」

「何言ってるのよ」


 不安を募らせた紬妃に理世は優しく否定してみせる。

 透き通った瞳はしっかりと前を見定め、望みを含んだ言葉は一体どれだけの勇気が詰まっているのだろうか。


「これは依頼なんかじゃない。困っている人を助けるのは当然でしょう?」

「……!」


 都合のいい理屈だとは思わない。

 困っている人を助けたい。そんな生半端な言い訳で解釈されるべき物ではない。


 純粋に。単純に。


 ()()()()()()()()()()だけで、答えは十分だった。


「本当はお節介かもしれないけれど、西園寺さんの事情を知ったら、私達はきっと退かない。助けなくちゃって思うよ。一人で抱えて苦しむよりも、みんなの力を合わせて助けた方が、心が楽になる」


「貴方の痛み癒してあげる。だから今こそ、力を合わせるべきだわ」


 理由は必要無かった。

 一番必要としているのは整然とした正しい信念だろう。


 モラルが欠如していく時代の中で、曇りなき道徳心が世界を変える。自分自身の意思が当たり前だと自負しても、他人側にとって違和感しかないのは、それは歪んだこじつけに過ぎないから。正論を言ったつもりが人を傷付けてしまうのなら、他人に共有できる部分ではなかったから。何も考えなしにぶつけてしまうのは誰かの当たり前を理解していないから。


 全ては公共性の配慮が欠けた承認欲求こそ、自分自身の悪意の権化だ。

 それを悪用する今回の張本人を問い詰めなければいけない。


 ならば、真実を確かめよう。


「そうデスね! 一通念天貫きましょう!」

「組織の隔たりは関係ない。人として、あるべき価値観を全うするだけよ」


 耳を澄ましてみれば。

 忘れてはいけない目標が出来ていた。知り合いを傷付けた本人を問い質し、誰か為に努力をする姿勢を啓蒙すること。そして誰かを貶してはいけないと誓って。


 不幸の連鎖を断ち切る為に、契りは自信を持って確言してみせた。


「西園寺さんを助けよう!」

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