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30話 白鳩は翼を折られない

「俺が、風紀委員長……?」


 浮かび上がった疑問がこびりつく。


 断固たる権限の元で異性を寄せ付かない淑女の花園。

 それが風紀委員会。


 女性の立場の為に貢献する姿勢は架け橋そのものだ。影響力もありこれといった問題は挙げられず、理想的な学校生活が送られている。生徒会長の常盤美咲と風紀委員長の成瀬七弦。互いの指導者が女性だけあって、管理が行き届いている事だ。組織が十分に機能している事実を挙げている。


 そういう意味では男女平等の空間は実現しているハズだ。

 なのに、新たな指導者を必要とするのだろうか。


「これは、何かの間違いじゃないのか。既に成瀬が風紀委員長として成り立っているだろ。役者は欠けていない。そればかりか定員オーバーだ。男は禁制だろうし、正直その話は笑えない。不愉快だ」


 冗談にも程がある。

 感情が冷めていきつつある懐疑的な弥彦に、紬妃は言葉を丁寧に紡ぐ。

 まるで寝かせるような朗読。言い聞かせだった。


「……本来、風紀委員は男子禁制では無かったんです」


 思案を巡らす深刻そうな素振り。組織の概略を告げる彼女は難しい顔をする。

 正解に辿り着けない謎が紬妃にはあるのだろうか。


「十年前の話ですけど、過去に風紀委員長は男子だったらしく、当時は遜色ない男女平等の組織なんだとか。でも彼が卒業して以降、女性が座を占めるようになりました。その伝統は今も続いています」


「かつては男子が風紀委員長になるのは当然だった」


「それを彼は否定したらしいですね」


 現に笑い事に過ぎない昔話。

 大胆な活躍に苦笑を浮かべる紬妃。しかし風紀を治める七弦は至って真剣な眼差しを向けていた。そこにはあった過去の事実に全うな姿勢で、状況が打破することに歓迎の意を示す。


「同じ景色を眺める為に、固定された概念を払うことを決心した彼は引退を告げると同時に一人の部員を風紀委員長に指名した。それが代々に継がれる女性が頂点に君臨することを可能にした理由なんです」


「要は原点回帰ってこと。伝統を蘇らせる為に」


 七弦が言うには伝統を蘇らせる。

 という魂胆が風紀委員には研ぎ澄まされているのか。


 誰かが決めた制約を解除して、方向性はあらゆる場面に広げられたハズなのに。

 今更男子をトップに治めてどうするつもりだ。


 退けない事情を残す弥彦は真っ向に拒否を促していく。


「原点回帰か。俺じゃなくても活動は出来ている。成瀬の努力の結果だろ」


「でも! 貴方の行動力は随に結果を残しています! それは間違いなく貴方が人としての自覚があるから。海外で培った技術は正真正銘本物です。正直、恋路部に所属してるのが勿体ないほど、貴方という存在は可能性を秘めているんです」


 可能性を秘めていても結果を残さなければ意味がないのに。

 その保証は約束されていない。


「済まないが伝統を守ることは保証出来ないぞ」


「……活動とか伝統とか。そんな狭苦しいルールで貴方を駈るつもりは有りません。ただ、貴殿方三人居れば、少なくとも明るい未来は見えるのに」


「悪いけど、俺は都合の良い聖人君子じゃないんだ」


 夢のような協力にせがむ紬妃を、弥彦は幾度も躊躇いせずに拒む。

 まだ依頼が残っている。

 とても難関な迷宮を解き明かしてはいないのだ。人命に関わるほどの米粒程度な問題が。それを果たしていないのに嘆願は受け入れられない。


 まして、二人の意見なしに勝手に判断するのは言語道断だろう。

 彼女達の居場所を奪われてたまるか。


「こちらは依頼を引き受けている。計画は推移してる途中だ。流石に、彼女達を引き抜くのは呑めない話。そして可能性があるのは俺ではなく、二人の方だ」

「貴方は、自分を犠牲にしてまで他人を選ぶなんて……」


 申し訳ない。

 紬妃の倫理観には相容れない。


 古き伝統よりも未来に残す景色を選択してみせた。


「つまり俺達は間違えたんだ。本物には勝てないと」


 相談を通してようやく刮目した真面目な姿勢。他人を敬う道徳心に溢れた彼女達の優しさと、様々な喜怒哀楽を見せた本心は正直で。決して共感できない男女の隔たりはあるけれど、彼女達が居れば、どんな困難を乗り越えられそうな気がする。


 共に時間を共有した、かつての仲間のような冴え渡る感覚が懐かしい。

 守るべき対象は再確認した。


「二人の未来を、簡単に測るなよ」


 これが答えだ。

 誰かに委ねない選択肢。これこそが自由の証。

 昨日の自分を越えたその先にある未来を手に入れる契と理世は何も奪われない。一度やり直せることのできた人は間違いなく強い。何も考えないで生きてきた人よりも、何千倍も多くの世界を眺められる。


 既に完成されたリアリティーは不必要なのだから。

 もはや適任じゃない。


「そしてこの話はナシだ。お互い残念だったな。西園寺紬妃。名前、覚えたぜ」

「……今更ですよ」


 恋路部と風紀委員は決別する。宣戦布告の幕開けの瞬間を垣間見る。

 両者は敗北を認めず、完全勝利を目指す。意地の争いは熾烈にして混沌と化している。決して協定を譲らないアルトルイズムとエゴイズムは、反発するかのように拮抗を繰り返す。


 まるで、遠い兄妹喧嘩のみたいに。

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