28話 フラストレーションアイロニー
違和感の燐片が溢れる。
従前から示していた彼女の仕草。
風紀委員の立場を見越して、気品のある振る舞いと相手を見抜くような慧眼は、真実へ辿り着く為の『武器』として恋路部の人間に技量を知らしめた。
特に新藤弥彦を貶し。
力及ばすの二人の部員を引き抜く。
全ては恋路部の属する転校生の活躍を潤滑する為に。
最低限の評価をしながらも挑発と呼ぶべき彼女の行為は刺激的だ。批判を重ねておきながら、感心するという、風邪を引いてしまいそうな温度差の手のひら返し。まるで最初から把握していた物腰は見事に理世の反発を呼び起こす。
予定調和の歯車を動かすエネルギーとして。
彼女の正義が確信に変わる瞬間、待ち望む策略は既に手中に収められていた。
そして冗談を唄う。
「ふふふ、茅月さんは本当に何も知らないんですね」
年相応のあどけない笑顔。
ちょっとだけ小馬鹿にした煽る発言。知ったかぶりの理世には偏見の目で威圧。無慈悲なまでの情けは容赦なくルサンチマンを焚き付ける。
「大したことないですけど、これは意外でした。てっきり御冗談のつもりで暴言を吐いたと勝手ながら想像していましたが、まさかの見当違い。正直に私の意見を聞くだなんて、正真正銘のピュアなんですか?」
この嗜虐を込めた発言に乗ってはならない。
なぜなら絶対に反撃を食らうからだ。余計な失言でマウントを取ろうとする陽動作戦は常套手段のようなもの。
論理さえ捩じ伏せる、俺様ルールを扱う卑怯者の切り札。
過去に挫折を味わう経験を持つ弥彦でも、安直な行動はリスキー過ぎると判断。
しかし、理世は亜麻色の髪を払い除けるだけだった。
「それはどうかしらね」
反旗を翻そうとする理世の意図。不気味なまでの紬妃の扇動に反論できる武器があるらしい。分かりやすい挑発を耳を傾ける事でさえ簡単ではないのに、理世は自分の感じてきた事実を述べる。
言葉は実に美徳であり、人間味のある価値観であった。
「彼が侮辱されているのを見す見す黙ってるの? 出来るワケがないでしょ」
信頼。
今まで感じてきたもの全てを総じて、理世が気付いた答え。
余計なお世話なんかじゃない。続けてきた関係は間違っていなかった。
「私は恋路部の部員として本音を言っただけ。貴女の手段に対して気に食わないのは、簡単に人を区別している軽率な態度に物申し立てているから。新藤くんを優遇してるつもりはないの。……当然の反応よ」
厳しい表情を浮かべた理世は挫けない。
依怙贔屓ではなく、至って常識的な徳性の反応。避難される側の人間について一方的な偏見を拘らない理世は本音をぶつける。手段の選ばない卑劣な行為を前に、自分が見付け出した正義とは反していた。
どちらかが正しいのではない。
何が当たり前の感覚なのか決断をする問題だった。
綺麗事でもない正当化を。
「大体風紀委員の立場がありながら、誹謗するのはどうなの?」
職務とはかけ離れている姿勢に、風紀委員長である七弦は感心したような瞬きをゆっくりと何度か繰り返す。ベルティーユの方も「あー……」と呟いた。裏に事情が隠されている様子だが、それでも弥彦は身構えるだけ。
尋ねられても紬妃にダメージを負ってはいない。
その証拠に、彼女はチッチッチッと軽快に舌打ちしながら指を振ってみせた。
「だ・か・ら。手のひら返しって私はそう言ってるじゃないですか」
顔色変えずに。
軽やかな口調は崩れない。
一体何処に状況を打破するキッカケがあるというのか。どんなに理世が正論を述べようとしても彼女は平気であどける。その背後に隠れた嗜虐的な諸刃の剣を突き止めなければ、混沌とした雰囲気になってしまう。
そんな勝機を掴む余裕綽々の紬妃の姿に。
険しく眺めていた弥彦はある言葉に違和感を抱き意識に衝撃が走る。
―――どうして彼女は同じフレーズを連呼し続けるのだろう。
これはまるで。
好き好んで悪役を演じていると言わんばかりに。
「別に私は彼について否定の一言や誹謗中傷の件も言ってませんよ?」
「いいえ、絶対に嘘よ。言ってたわ。新藤くんを貶す発言。風紀委員の立場がありながら弱い者を糾弾する残忍さ。恋路部の活躍を邪魔をする部外者じゃない」
徐々にフラストレーションを蓄積していく理世。
手元からすり抜けていく感覚はひたすら続くばかり。反論しても効果は薄いのは分かっている。
けれど、彼女が抱いた敵意はとうに熱を帯びていた。
「これ以上口論しても無駄。時間の無駄なのよ」
「……そう、ですか」
苛立ちによって吐き捨てる台詞を放つ瞬間。豹変の兆しは深淵を覗く。
代わりに眺めた景色はやがて真実に到達する。
―――ほんの少しだけ、微笑みを湛える紬妃の唇が開いたような気がした。
「やっぱり、茅月さんは勘違いをしていましたか」
「え……?」
「大根役者となる傀儡に気付かないだなんて、これこそ時間の無駄なんですよ」
咄嗟の発言に、流石の弥彦でも阻止できない。
ようやく裏で潜んでいた彼女の意図を理解しても遅過ぎた。アドバイスを与える事も、発言を統制する手段でさえ奪われてしまった以上、これから起きる時間の無駄は誰かを傷付けるだろう。
相澤契か茅月理世。あるいは成瀬七弦か九条ベルティーユ。
そして新藤弥彦。
犠牲者に相応しい人物を選ぶのは、風紀委員を勤める西園寺紬妃次第である。
事前に蒔かれていた罠から逃れられないと知っても。
自爆させるための薄情な言葉を並べても。
最悪のショータイムが始まろうが、弥彦はまだ諦めてはいなかった。
同じ瞳をした奴には絶対に負けたくない。
あの従妹だってそうだ。




