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27話 いたずら

 奏でる声は空間の中で溶けていく。


 風紀委員に属した彼女の衝撃的な発言。

 それは伝播するように、この場所にいた人物達は四面楚歌の感情を顔に現す。


「……私達を引き抜きをして、恋路部の勢いを落としたいつもりなのかしら」

「ノンノン。違いマース。むしろ潤滑して欲しいのデース!」


 怪訝に疑心に募らせる理世。


 逆手を取って渇望を述べたベルティーユは指を振って否定的。余裕を覗かせる外人口調に、理世はさらに猜疑心を助長させる。相容れないというか、元々波長が合わないらしくお互いの主張を譲らない。


 間を挟む風紀委員長である成瀬七弦は咳払いをし、


「あくまでも見解の所だけど、これは納得行くかな。ボランティア活動を務めている部長。新藤さんね。正直に言って、君の奮起だけで依頼が解決できてしまうのであれば、今の君は、味方を必要する機会に恵まれないと思う」


「二人増えても、貴方は結局独りぼっちだったでしょう?」


 じっくりと弥彦を観察する美しい瞳。

 不敵に笑みを湛えている。彼女の何処かでは確信を得ているような。


「ああ。俺は元々独りだ。何も間違ってはいないぞ」


 言葉を溢したつもりのない弥彦は答える。

 しかし不気味なのは紬妃の異常ほどの執着心。監視していたのであれば納得は行くものの、見透かした発言に慎重に扱わなければならなかった。


 優位性、アドバンテージはどちらに傾いているのだろうか。


 妙に詮索が上手い立ち回り。彼女の慧眼はどこまで監視していた。想像以上に情報が漏洩している錯覚に腑に落ちない。私生活に記憶に無く、過去に会ったこともさえ存在しないというのに。


 どうして彼女は新藤弥彦を詳しそうにするのだ。


「わざわざ事実を呟くほどの、尋ねた理由がそれだけの程度だったのか」

「まさか! これが枢軸としたら私は呆れてます」


 あどけなく手を合わせた紬妃は再び笑みを湛える。ノリでベルティーユも加わり「そうデース」と呟くが、相変わらず風紀委員長は無反応。


 ただ、周囲の反応を見聞していそうな様子だ。


「……私の顔に何か付いてる?」

「いや、なんともない」


 偶然視線が重ねてしまう。

 何時かの登校でアンジャッシュ状態になったのは悪い意味での思い出。その影響で理世に問い詰められる結果に。


 互いに精神に苦痛を負ったのに、七弦は羞恥すら失せていた。

 冷静沈着を押し通せるほどの忍耐力を備えていた。単純に事を終えて立ち直ったのか根っからの性格で物事に動じなかった可能性もある。


 けれど、あの茶番劇に果たして意味は含まれていたのだろう。

 本人に言わなければ解決しない。


「理由、聞きたいですか?」

「彼女の話を聞くの? 新藤くん」


 胸に手を添えて首を傾げる紬妃に、遮るようにして間を阻む理世の両者。


「邪魔したいんですか茅月さん。何もメリットを得られないのに?」

「これは効率の話じゃない。新藤くんの話よ!」


 バチバチと火花を放つような威勢を掲げる理世の反論と、潔白なまでの微笑みを崩さない紬妃の凍てつく視線。完全な睨み合いによって、これまで黙っていた契は手を差し伸ばして静止しようとする。堪らずにベルティーユもあたふたするが二人の間を牽制しようと試みた。


「喧嘩は止めよ?」

「そ、そうデース。みんな仲良くしないと駄目!」


 しかし何をイラついているのか理世はとんでもない行動に出る。

 金髪碧眼の少女の膨らんだ胸を鷲掴み。


「あがががががが!?」


「……独りぼっちを侮辱するのは絶対に許せない。男子禁制の風紀委員だからって私達の部長をバカにするな!」


「私怨こっち関係ないですよねー!!」


 たった一人だけセクハラされている景色を弥彦は見ていた。


 男卑女尊のイメージが強い社会習慣のある風紀委員。

 それを正当化しようと紬妃は恋路部を分断するべく、校内から浮いている弥彦を心を込めて貶した。


 蔑られている部長の姿を眺めて。

 理世は腹を立てしまい正面から意見をぶつける事に。お互いに譲らないので牽制するばかりなのだが、流石に涙目のベルティーユを無視できない弥彦は、


「可哀想だから離してやってくれないか」

「……そうね」


 素直に解放してくれる事にホッとした。

 大体、こんな状況をどう反応したら良いのか困る。人の目を気にさえすれば別に無視するので構わない。だがその空間に男が居ればアウトだ。


 かの偉い人はこう言った。三倍の数には勝てない、と。


「あ、ありがとう! 弥彦はベルの命の恩人ですよ!」

「別に命の恩人ほどでもないけど……」


 慎重な姿勢の弥彦にお礼を言うベルティーユ。片言を忘れるという痛恨のミスを露呈するものの、敵対心の意志はなく、きちんと相手の目を話していた。セクハラで訴えられると考えてしまった弥彦は意味なくたじろぐ。


「弥彦って、優しいんだね!」


 知り合いでもないのに絶妙な距離感は少々苦手だ。


 海外の方では日本よりもフレンドリーに接してくれる。年功序列という国有文化に興味がないのだろう。だからなのか彼女は暗黙のルールに束縛されず、ハッキリとした本音を相手に伝えられる。


 ポジティブに雰囲気を和ませようと、感謝を述べたハズが。


「うふふ、やはり彼は思い遣りがあるんですね。感心します。貴女とは違って」

「何か言った?」


 氷点下を織り成す心理戦は酷い模様。

 明らかに敵対心を燃やす二人の乙女が拮抗中だった。


 安い挑発を乗った理世も悪い、誹謗中傷を仕向けた紬妃も当然悪い。

 どっちもどっちだ。反駁し合う状況を静観している契や七弦とは違って共有する方向性が違うらしい。


「大体、新藤くんを貶す理由なんて何処にもないのよ。貴女はただ単に弱い者虐めをしているようだけど、それは勘違いしてるわ」


「勘違い?」


「ええ。分かるかしら? 新藤くんは貴方に対して相手にする価値がないの。その理由は単純、侮辱を続ける西園寺さんに構う時間なんて有り得ない。どれほど酷い事を言われてもね、彼は成功のために抗い続けるんだから」


 面倒なことは無視する。

 後回しに見えて実は賢い選択肢。行き詰まるのであれば迷わずにスルーをしても構わない。たとえ悪口や嘘の噂に変化しても、真実を知っているのは本人だけだ。


 本質を見抜いてしまえば時間をより効率良く使える。


 依頼を成功させるべく、理世はこの混沌に満ちた部室を解放したいが為に、紬妃のでっち上げを否定してみせた。


「邪魔をしているのは貴女よ、西園寺紬妃さん」


 恋路部のメンバーとして。

 自分自身が出来ることを探る。それは誰かの為に繋げる強さへと変わっていく。弥彦を信じているからこそ、理世はどんな困難でさえ見失わない誇りを持って真剣に言葉を告げられることができた。


 潤滑より信頼を上回る理世の真っ直ぐに透き通った瞳に。

 風紀委員の彼女は微笑んだ。

 何事もなく。


「数多の批判に屈せずに、己の正義を全うする。そう言いたいんですか」


 うんうんと真面目に頷いて。

 熱弁した理世の言葉を汲み取ろうとして紬妃はそっと耳を傾けてみる。


 だが、弥彦にとってその仕草には違和感を覚えた。


 ぬるま湯に浸かる曖昧な温度。熱いのか寒いのか判断しかねないアンバランスな状態。進展しなかった一時的な前哨戦は本題には入っていない。なのに、彼女だけは意図的に策略を狙っていたかのような、器用な猫被りを演じていた。


 誑かす挑発は、彼女の思い通りに動く。

 この瞬間を待っていた瞳は色を変え、興味に溢れた眼差しを向ける。


 そして西園寺紬妃は口調を変えた。


「―――ねぇ、手のひら返しって、知ってる?」

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