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24話 暗躍する距離感

「そういえば、世良正雪っていう学生は知っているか?」


 不意に向けてきた意味不明の話題。

 突如にして後輩達の元気な会話に挟む新たなシルエット。


 校内ではトップカーストに君臨する人物だと認知し、憧れの対象となるような、清々しいほどの誠実さと完璧なルックスを誇る好青年は紛れもなく頂点を成すかけがえのない人物だろう。


 それは憧れという絶対的な対象として、崇拝される人気者へと昇華する。

 当然、彼の後を追う人は少なくない。


「え、世良先輩ですか?」


 質問に対して先に答えてくれたのは絶賛恋する乙女の愛花だった。

 そつなく昼食を取る涼華よりも反応が現れた彼女。即答の返事はやけに首を突っ込みたくなるような勢いを見せている。というか転校生の噂よりも興味と本性が勝っている気がして、弥彦は何も物申すことができない。


 だって、負けを認めざるに負えないでしょ。

 これは。


「あ、ああ。知っていることだけを話してくれないかな」

「はい! 分かりました!」


 素直で宜しい。が明らかに胸を張っている証拠は正しく自信有り気だった。

 別に構わないものの、なぜか釈然としない。


「世良先輩はですね、格好いいし運動も出来て、勉強もできるじゃないですか?」

「そうだな」


 実は初耳である。分からないのに尋ねられても返事に困る。

 一方の涼華は飲み物を飲んでいる途中でむせてしまった。口を覆って笑いを押し殺そうと努力はするが、視線は明後日の方向だ。


「やっぱり先輩に憧れて同じ高校へ進学する人は少なくはないですかね。えへへ、実は私もその一人なんです。話してみたいし、付き合ってみたい、かなぁ……」


 頬を朱色に染めて未来を語る愛花。


 恥ずかしいのか頬を両手で押さえている。身振りも若干ぎこちなく震えて。平和そうな笑顔は本物で本心なのだと弥彦はそう見えた気がする。純粋に好きな人を想う甘酸っぱくて爽やかな青春の一部分であると。


 程遠い夢ほど、現実に憧れていく。


「……なんて。先輩に言っても詰まらないだけですよね」

「どうだろうな」


 第三者の目線は正直だ。

 他人の恋愛感情何にも思わない。それは冷淡だと糾弾されてしまうものだ。


 けれど、これは事実であることは決して変わらない。


 あくまでも他者の距離を保つ弥彦は実際に関係のない話。愛花が勝手に熱を帯びた恋愛を抱いていただけの事。肯定する意味も否定する理由も、この際に必要とする選択肢は何処にも見当たらない。


 彼女の恋愛はきっと差し伸ばせないと煩雑して考えると。


 少しだけ、弥彦は距離を置きたくなった。


「……世良は、人気者なのか」

「はい。校内は勿論のこと。他校でも噂されているとか。流石は官房長官のご令息ですね」


 意外な身分だった。

 側面を見通しても弥彦は静かに納得。公に出来ない依頼と、大人の立場である公務員に相談していた理由が結び付いた。両親の慧敏な教えを正雪は約束し、見事なまでにスクールカーストの頂点に君臨する。


 聞けば聞くほど、世良正雪の人格が筒抜けていく。


「もっといい高校に行けたのに。サッカー強い高校に行けたのに。自分の決めた道がある先輩はとても凄いです。自分なんて、話掛ける勇気はないし……」


「こう見えてこの子は先輩と会話すら実ってませんよ」


 しれっと残酷な現実を呟いた涼華。

 その裏切られた感が漂らせていたのか、夢を見る愛花の甘い笑顔に変化が。メデューサと目が合ったように硬直化してしまい、持っていたスプーンが手元から溢れた。


「ちょっと、それは無いよ涼華ちゃん!」

「だって本当だし。嘘を吐いて愛花はどうしたいの? 世良先輩と付き合いなら告白すればいいのに。もしかしたらオッケー、貰えるかもよ」


 猪突猛進の如くストレートに図る策士涼華。

 嫌な予感しかしないが、当たって砕けてしまえば敗北を認めるしかないのでは。


「でも、先輩は恋人がいる噂があるんだよ……?」


「あくまでも噂だから、直接本人言えば分かると思うよ。居なかったら愛花なりのアプローチを掛ける。恋人がいれば、乗っ取るしか、他に方法はない」


「私が悪役やるんだ!?」


 負けられない乙女の戦いがここにある。

 徹底的に恋愛へ結び付こうとする涼華。完全に理解した上で挑戦させようとしている。大人しい面影を含め、彼女は知人に対して遠慮のない本音を魅せる、友達思いの少女だ。


「有馬は世良に対して何か思うものはあるか?」

「ないです」


 即答。

 微塵のなさに相方は驚愕。

 あまりの潔さに想像とは違っていたようだ。もしも好意を抱いていたら友情に亀裂が走りかねないし、なかなかのリスキーだったのではないか。


「高校が自宅に近かったので。近いと便利ですからね」

「分かる。仲間だ」


 結託して握手を交わす。誰もが見ても謎の儀式にしか見えなかった。


 この高校に転校してきた理由はとても簡単。自宅に近いから。土日が休みを含め理想とする環境下を選んだものの、理不尽に印象操作されるわ無駄な噂で居場所は無くすわで散々な結果に至ってしまう。


 しかし休日あれば苦ではない。ポジティブに過ごせるのだから楽だ。


「えっと、何してるの? 新藤先輩と涼華ちゃん?」

「握手」

「見れば分かりますぅ……」


 苦笑いをして誤魔化す愛花に気付く。

 状況を整理すると、世良の人気には敵わないものがあり、生まれた瞬間から高貴たる環境下で過ごした彼は紛れもなく誰かを必要とする人間である。人から親しまれ信用をされており、恋心を抱く女子は多い。


 全てを兼ね備える主人公のような天才が抱える問題。

 以前として、不明なままだ。


「早乙女は世良に一度も話掛けていないんだな?」


「は、はい。そうです。恥ずかしいことに一度も……。だって、二年生に怖い人がいるんですよ? 絶対に目を合わせたら駄目な人って感じです。一年のみんなは世良先輩に話掛けられないんです……」


「ボディーガードの真似をしてるけど、般若にしか、見えない」


「そうか。般若、か……」


 一年生が恐れられている二年生。

 正雪に好意を持つ愛花でさえ近付くことさえ許されない存在。


 それは一体何のために尽すのだろう。天才と謳う彼は恋愛でさえ自由というのに。行動を束縛させる護身を選ぶとは考えにくい。恋路部という怪しげな部活動に頼るに至った証拠は、自分の為だと告げたハズだ。


 なのに、何かがおかしい。


 ストーカーを探すつもりが、ストーカーを遠ざけようとしているではないか?

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