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23話 存在理由

 虚誕だらけの噂を沢山聞いてきた。


 四月初めに転校してきたのは良かったものの、理不尽な印象操作によって、周囲の反応は最悪なものに豹変する。植え付けられた恐怖と勝手に作り上げられるデマの連鎖は止まらずに、現在に至る転校生は孤独の片隅に追いやられてしまう。


 しかし、別に不便だと弥彦はそう思わない。

 誰かを疑うのは当然なのだ。


 知らない相手を身勝手な想像で補おうとするからだ。


 そうして出来た人物像は本人とは随分とかけ離れていたり、思っていたほどの印象を欠けていたり、実際にその相手を知らなければ、肩透かしを貰う程度の皮相な見解に過ぎない。


 噂は決して真実に辿り着かないように。


 自分自身の力で判断することが、正解に繋がるルートだと識別している。

 そして今回は二人の後輩が真相を確かめようとしている。


 デタラメな噂に流される。

 単純な者達への終わらない戯れ言に終止符を打つために。


 奇跡的に巡り会えた影ながら有名な転校生に、食堂という場所を借りて、涼華と愛花は包み隠さずに事情を弥彦に話した。


「……先輩の噂について、私は本当の事が知りたいんです。みんなが騒いでる噂話が果たして事実なのか、実際に、先輩の言葉を聴いてみたいんです」


 真っ直ぐな瞳は真剣そのもの。


 きちんとした姿勢は嘘ではない。毅然とした表情は落ち着いており、凛とした見た目とは裏腹にかなり芯が強い様子。まだ高校に入学して一ヶ月経ってないのに肝が据わっていた。


「そうです! このモヤモヤした気分、払拭したい!」


 隣に座る愛花もまた胸元に両手の拳を作り上げて構えてる。

 まやかしの噂を信用せず、ただただ目の前にある真実を求める彼女達。彼女達の信念を弥彦は疑いなく汲み取る。


 弥彦が求めていた『正義』は、間違いなく彼女達の心にあった。

 高揚とした冴える意志を。


「……分かった。俺だけか知る事実を君達に教えよう」

「ホントに!?」

「ああ。正直、出回っている噂には興味がある。早乙女の言う通り中途半端な現状はやっぱり面白くない。だったら俺自身が話せばいい」


 期待していたものが実り、彼女達には安心した笑顔が綻びる。

 これでいい。


 何かを伝えるのは難しくはない。

 けれども間違えてしまえば誤解は生んでしまう。


 相手に説明する真剣さが足りないから、曖昧な関係は拗れて修復できなくなる。本物が乗っ取られる最悪な事態を咲かせる前に、正しい方法を教えるまでだ。


 今度は、こちらのターンだ。


「じゃあ、二人が聞きたいことを言ってくれるかな」

「分かりました」


 欠点のない寛容はすぐに後輩の涼華と愛花に届く。

 昼食と共に進行していく時間。長居しているハズなのに一向にも昼休みは終わらない。彼女達の声は雑音より綺麗に奏でている。


「あの、先輩は四月初めに転校してきたんですよね。家庭の事情とかで……」


「そうだ。両親は外交官で国家公務員。再び赴任したんだ。丁度その時高校の進級と重なって、もう一度海外へ転校するかと思っていたが、ちょっとした事情で日本に留まることに決めたんだ」


「ちょっとした、事情?」


 カレーライスを食べたまま、キョトンとして顔を傾げる愛花。


「私情を挟むけど、俺は高校の入学式に憧れていたんた」

「入学式。ですか」


 いちご牛乳を口に含める涼華は意外そうな反応を見せる。そして二人は顔を見合わせることに。何処に違和感を覚えるのだろう。

 弥彦は咳払いをして、


「……ああ。あっちには入学式なんて無いんだ。指定されたクラスを見付けるだけの流れ作業さ。想像していた感覚とは違っていたんだ。アメリカは」


「え、海外って入学式はないの!?」

「ということは、先輩は帰国子女……?」


 互いに違う反応が返ってくるものの、とにかく話を進む。


「それで合ってる。時期的に両親は日本へ帰国するけど、偶然にも高校に入学する機会が出来たってワケさ。世界は九月から新学期だが日本は違う。中学は既に卒業していたし、六ヶ月の間はずっと猛勉強だったよ」


 移り行く多忙な環境に追われる日常。

 文化そのものが違う世界で、必死に努力をした成果。けれど生活に馴染めるまで多くの時間を利用してきた。


 交流の架け橋を担う者達の一族の生活は、決して世間とは違う。

 目に見えるもの全てが特殊だった。


「それから高校に入学して一年、家族は再び海外へ渡米していった。……俺だけが日本に残り、生まれた祖国で過ごすと約束したんだ」


 頑固な意地か、気高き誇りか。

 何が正しいのは分からない。どうしても優劣を決めたがるそんなご時世。


 それでも何かを見付けた弥彦にとって、以前過ごした高校と現在過ごしてる高校に十分な価値がある。時に苦しんでも、時に悩んでも、日本にいることは限りなく素晴らしいと思えるような思い出があった。


 今まで身に付けてきた正義。

 決して無駄ではなかった確かな意味を背負って、今日もまた生きている。


 誰かの為に有ることを。


「まあ、破天荒なものに変わっていたけど」


 ハンバーグ定食を食べ終える弥彦。両手を合わせてご馳走さまでしたと告げる。渇いた喉元をお茶のペットボトルで潤していると、自然と彼女達の目が合う。


 キラキラした瞳は燦々と照らす太陽みたいに眩しかった。

 本当に眩しい。


「先輩はすごいですよっ! だって海外に住んでいたなんて羨ましい!」

「噂とは全然違いますね。何故先輩が非難されるのか、私には分からないです」

「な、なんでだろうな。どうしてだろう」


 大体の原因をとてもよく理解している弥彦は青ざめては余所見。

 転校とか帰国といった珍しさには興味があるのか、愛花は関心を持って、涼華の方は真面目に考察していた。ちょっと不安だ。


「実は先輩、凄い人物だったりして?」

「……それは有り得ないと思う。断固として誓う」


 愛花の試す甘い微笑みに弥彦は即否定する。

 取って付けた噂を解消しても、愛花の方は完全に見る目が変わっていた。


 あれは色心の目だ。


「……愛花。先輩を尋ねても無駄。付き合っている人がいるかもね」

「えっ、私そんな目で見えたの!?」

「うん」

「あはははは……」


 しれっと援護する涼華。

 要領が良いのか空気が読める涼華に後で感謝しなければ。


 目立ってしまう可能性は否めない。やむ終えず口を噤む弥彦は一手を打つ。流石に話題を変えるしか他に方法はない。ここは無難に注意を逸らしてみせた。


 例えば。

 身代わりを利用して。


 注目すべきターニングポイントを照準に重ねて狙い打つとしたら、都合のいい的を決めなければならない。それも絶対的な存在を驕る人物を選べば、一瞬で話題はより信憑性のあるものへ傾く。


 その適任は、校内で一人しかいない。

 アイツだ。

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