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19話 導き

 間違いは正すために存在する。

 事実を受け入れることで一つの目的に向けられる。全ては失敗を認める自身への成長のために。


 今まで見てきた景色が残酷だったからこそ。


 弥彦は変わらなければならない。転校する以前の高校生活を重ねずに、正しいと思える答えを探す。過ちを犯してしまった者の間違いを否定する。


 より良い正解へ導く。

 それこそが、繋がる人達を紡ぐ者の使命だ。


「力を合わせて、今回の依頼を解決するぞ」

「新藤くん……」


 ほんの少しだけの正直な部分を、目を瞠る理世に示す。

 隠してきた本音。真面目な人間が損をする理不尽な優劣の世界で封印してきた。弱い者いじめを守るために、憚られる立場に貶めた結末は無惨に等しかった。


 だが、それは過去の一部に過ぎない。

 恋愛に悩める少年少女に救いという手を差し伸ばすために、恋路部の部長として最善の解決へ導くだけだ。


 デメリットしか残らなかった思い出は邪魔になる。

 貫いてきた正義が迷わないよう、最低だった日常は彼方に払拭して。

 不条理な現実を裁く。


 そのために弥彦は演じてきた偽物の仮面を外してみせた。


「……これが、貴方らしい姿なのね」


 快く握手を受け入れた理世。優しい微笑は黄昏の後光に照らされて、くすぐったそうに肩を竦める。海外では挨拶の代わりだとそう告げると、彼女はものすごく落ち着いた様子で握手した華奢な手を振った。


 正直嫌がられると思っていた弥彦の方は気まずそうに伺う。


「な、なんか悪いことしたか?」


「いいえ。実際に新藤くんは悪いことをしていないわ。疑問のほとぼりが冷めただけよ」


「じゃあ手を離してくれないかな。ちょっと痛いんだ……」


「あら、私は全然痛くないけど?」


 水を得た花のような満面の笑みが返ってくる。それも棘を含んでいる綺麗な薔薇みたいに。


 けれども、強制的に離して貰うつもりは無かった。

 理世が相談してきたあの頃を振り返る。つんけんとした人見知りな彼女は性格が厳しくて、負けず嫌いの部分はとても頑固そうに見えた。他人の価値観を否定しそうな一匹狼の少女の恋愛事情を、解決できるのかと疑問視していた。


 それが彼女の本気な姿を見る前の、否定的でシンプルな感想。


 模擬デートを決行すると景色はあっという間に見間違えた。真剣に取り組む理世は本気で他人の事を思い、将来の彼氏に捧げる努力は惜しまない。


 青春を謳歌する者を見てしまえば。

 依頼を破棄した後のケアの薄さと自分自身の実力不足に後悔してしまう。もしも彼女が恋愛成就する未来があったのなら、弥彦がこなした活躍は、全て水の泡に過ぎなかったのに。


 彼女は恋路部へ入部してきたのだ。


 悠々とした姿は印象的だった。扉を開ければ歓迎する眼差しは温かくて、澄んだ紫色の瞳は色褪せない。明日を見据える彼女の意志と何事にも諦めない強い気持ちに、弥彦は心を打たれてしまう。


 こんなに勇気のある人は見たことはないのだから。


 一途に貫く強かさと真剣に生きる美しさを兼ね備えた茅月理世の存在意義。

 それはまるで、かつて掲げていた純粋な執念と似ていた。


 理不尽な現状に抗う術は名前の知らない誰かを守る為にある。

 もう一度、正義を振るう時が来た。


「……まあ、いいや。茅月、今後とも宜しくな」

「ええ。新藤くんよろしく」


 大事なものを思い出して。

 自信を取り戻した弥彦は迷わない。覚悟を背負い依頼を成し遂げるまで。全ては他人に捧げる倫理観を問い質す。歪んだ固定概念が自分を傷付ける猛毒なのだと、勘違いした過ちを完膚なきまでに正す。


 ストーカーに送る道徳心の鉄槌を下さなければならない。

 真実を見せるために、弥彦は奮闘する。


「それにしても、手がくすぐったい」

「貴方が私に握手を促したんでしょ。もういい? 離すわよ」


 不愉快そうに握手をやめる理世はハンカチを取り出しては丁寧に拭く

 続けて様子を見る彼女ではあったが、依然として穏やかな弥彦は気にしないで缶ジュースを喉元に流すだけ。しかし手に付いた水滴に不快に思い、持参したポケットティッシュで拭き取る。


 ふとした途端に意地悪な静寂が蘇る。

 寂寥感が漂う時間帯でも関係ない。無頓着な弥彦は会話を続行した。


「よし、早速本題に戻ろうか」


 テーブルに肘を付いて両手を口元に組む。黄昏の日射が伊達メガネに反射する。


「今回の一件についてだけど、とりあえず今日はストップにする」


「ええ!? それはどういう意味で……」


「話は最後まで聞いてくれ。どうやら俺達は監視されている状況だ。余計な詮索はしない方がいいな。相手は茅月の行動で判断している」


「えっと、新藤くんは、それに気付いていたの?」


「ああ。影が二つ伸びていた」


 途中で遮る視界。その正体は屋上で恋路部の一員達を観察していた。


 思考を邪魔する風が吹く。視界を遮ろうとすると、指と指との間から吸い込まれる視界には二人の生徒が佇んでいた。長い髪が靡いており、スカートを押さえながらも弥彦達を見下す者が存在していた事実は本物で。


 腕章を付けた風紀委員は弥彦を追っていたようだ。

 早朝の続きだと言わんばかりに。


「なるほど。俺達じゃなく、俺を監視しているようだな。風紀委員は」

「新藤くんだけを……!?」

「可能性は十分に高い。あくまでも部長しか狙いを定めていない。相澤や茅月に接触していない事から、さっき言った通りになるんだろう」


 風紀委員長、成瀬七弦の狙いとは。

 分かってしまえば簡単なのに。未解決なままだから悩ましい。風紀委員の狙いなど興味がない時点でメリットは何処にも存在しない。


 ただ、味方か敵か、答えは不透明なままだ。


「ということは、さっき握手したの見られてる……?」


 妙に深刻な表情を浮かべて握手をした手のひらを見つめる理世だが、平常心を保つ弥彦は携帯端末の画面を見ていた。一枚上手の蚊帳に見られても、最低限のリラックスを得ている。


 その心強さが一手を打つ躍動感を与えた。


「安心して構わない。俺達は何も悪さをしてないじゃないか」


「それはそうだけど……」


「毅然とした姿をしないと逆に怪しまれるからな。茅月は普通に学校生活を送れば大丈夫。あとは依頼の解決のために、相澤と一緒に情報を探してくれないか」


「じゃあ、貴方はこれからどうするの? 風紀委員に狙われているのでしょう?」


 俺を信じろ。

 そんな言葉は使わない。むしろ性に合わない。


 役割はそれぞれ。理世にしか出来ないものがあれば、弥彦にしか出来ないものがある。それは当然で誰もが全てを補える訳じゃない。彼女しか出来ない重要な役目に弥彦は理世を適任として頼んだ。


 理由は簡単。理世を認めているからこそ、理世を信じている。

 答えは既に出ていた。


「俺は風紀委員に決着を付ける。だから茅月は依頼を頼む。……信じてるからな」

「……」


 誰かに頼むのは苦手で。

 自力のみで補ってきた人生は流石に限度がある。その力量の限界に気付いた時、落胆するよりも託す手段を選んだ。全ては正しいと思える世界のために。


 たとえその力不要だったとしても、代わりになれる人は沢山いるけれど。

 その適任役が理世には相応しかった。


「……分かった。新藤くんの言葉、記憶したわ」

「それでいい」


 微笑みを交わすと互いの目標が鮮明と浮き出した。

 片方は依頼の解決のために。もう片方は風紀委員との決着を付けるために。


 たとえ意味は違えども、目指す方角はみんな同じなのだから。

 残念な勘違いに終止符を打つ。


 それこそが、恋路部の揺るぎなき本物の方向性である。

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