18話 受け入れた覚悟は迷わない
スムーズに行われた会議は無事に終了した。
契が提案する作戦に、その場にいた全員の意見は一致。後日に幕を開ける秘策、『犯人探し』は彼女自身が仕切る。情報を寄せ集めながら、依頼人である正雪に付き纏うストーカーを撃退させるために。
「今日はもうおしまいだね。また明日!」
今回の進行を務める契の言葉で一同は解散した。
解散した後も契は正雪に何かを訪ねたいのか、共に下校する様子。彼に見せる年相応の笑顔はどこか眩しくて、意見を交換しようとするタイミングを失う事に。
完全に置いてけぼりにされしまった。
「随分と楽しそうに話していたな」
その一方で部長の肩書きを背負う弥彦の方は、部室の戸締りを抜かりなく確認し黙々と施錠する。静けさを満たす長い廊下は影が伸びており、夕暮れの時間は奇妙にも不気味さが増している。
もう少しで夜になってしまう。
暗くなる前に鍵を返却しなければならなかった弥彦は足早に。空しく廊下を叩く音が寂寥な空気をもたらす中で、足を止める者がいた。
それは二階の空中廊下で訪れる。
「あら、新藤くん。もしかして鍵を戻しに来たの?」
「ああ。最終的に俺が戸締まりをするから。いつも遅く帰宅している」
向こう側にいた理世。
パタパタと歩き、腰まで伸びた薄い亜麻色のセミロングを微かに揺らす。こちらに近付く理世は微笑を浮かべながら弥彦とお揃いに平行してみせる。
「茅月はどうして残っていた?」
「提出物を忘れていたから職員室に寄っただけよ。それだけ」
目的は違うものの、辿り着く場所は同じ。
人気の無さを醸し出す雰囲気は特殊なものだった。僅かに聞こえる部活をする者の声は霞むばかり。完全に生活音が途絶えれば、自分のいる居場所は必ずしも安全地帯とは呼べないだろう。
けれど、人は孤独でなければ地獄とは思わないのだ。
住めば都。という言葉がある。
「……新藤くんは、今回の依頼についてどう考えてる?」
ごく自然な話題が彼女の唇を震わせながら外に放たれる。
答える立場にある弥彦は足を止めて、妥当な判断を述べることにした。
「そうだな……。相澤の提案には賛成している。どこも違和感のない正当な提案だと俺は思う。情報収集するためには、それしか方法は浮かばない」
正直、契が持ち出した提案に賛同だった。
全体的に優秀な判断で、頼りの見込みがない伊達メガネ部長をカバーする案件は抜け目がない。それから彼女自身の役割をあらかじめ理解している洞察力。一体何が最優先なのか先手を打つ判断が議論している途中から完成していた事。
評価としては満点に近い。
たった数分で行動を実行に移す契の潜在能力には驚くものがあった。
「元々考えていたものだったし、別に遜色ないかなって」
「貴方はそれでいいのね……」
気楽な心構えの弥彦に理世は憮然として少々呆れていた。
◆
速やかに鍵を職員室に戻す。幸いに大人達は高校生の噂など眼中にないようで、対等に言葉を掛けてくれた。嫌味を込めた同学年の評価とは違って真逆。学校側の方では評判がよろしい様子だった。
「あはは……、そ、そうですか……」
今日の遅刻ではなく、普段の行いが良かったらしい。
その話の意味が分からなかった弥彦ではあるが、とりあえずは収拾する。
しかし納得がいかなかったのが事実。
自身における周囲の独断に、振り回されている気がして腑に落ちなかった弥彦は首を傾げては職員室を出る事に。目立つような行動をしてないだけに、世間の目線ではそう見られている現状はややこしくて曖昧だ。
まるで、意図的に撹乱しているかのように。
様々な噂が飛び交う渦中。
どれが真実なのか見分けが付かない状況で試練は常に待ち構えている。
貫いてきた正義がまやかしなのではないかと疑いながら、正解とは呼べない結果を受け入れる準備をしなければならない。
早朝に起きた、下らない戯言みたいな余興を。
―――いつまで続くのか。
「浮かない顔をしてるわね」
職員室から出る弥彦を迎えていた理世は声を掛けてくる。
携帯端末を制服のポケットに仕舞う。どうやら彼女は弥彦を待っていたようで、短い間だが廊下で佇んでいた。
「流石に謎が多くて。中々上手くは行かないもんだな」
教師が行き交う場所なためこちらに目線が集中。
何処か微笑ましそうな表情をする国語の安達先生は淑やかに手を振る。背後から肩を叩く体育教師の長谷部からは口笛を吹かれてしまう。
「……この場を後にしよう」
「いいわよ」
余計な妄想を企てないためにも、順応よくこの場から離れようとする弥彦。その背中姿を追う理世は理由について訪ねてこない。
その静寂が耳に障る。
雑音を否定した空気の流れは止まることを知らずに。
今日は散々だ。色んな出来事が重ねて、状況が渦巻いている。立ち止まる場所を知らずに流れていく話題の連鎖に、弥彦はただただ疲弊していた。
とりあえず休める場所を探す。
最終的に一階にあるピロティに辿り着く。豊富な種類を揃えた自動販売機と青いベンチが設置しており、休憩するための憩いの場である。ほとんどの学生達が利用するためか、普段は規制されている。
しかし、放課後では部活動をする学生しかいないのだ。
これはラッキー。
「ふう……、今日はやけに疲れる日だったな」
汗を拭う弥彦はベンチに腰を掛ける。
あの一件から未だに二日しか過ぎてないのに、正解に近いヒントを得られずに。
空白の回答用紙は埋められないままだ。
「ええ。少しだけ、見当違いな事が起きてしまったわね」
こちらの様子を覗かせる理世の両手には缶ジュース。素直に受け取ると、結露した水滴とその冷たさにビックリして手元から落ちそうになった。
「ありがとう。なんか、済まない」
「いいのいいの。これは私からの反省としての奢り。さっきはごめんね」
「……部室の事か」
全員が揃う前に些細ないざこざがあった。
本物の真相を探そうとして信念は勝ったのに。傷口を広げるだけの無駄な喧嘩をしてしまった。結果として和解に至ったが、納得は行かないのには原因がある。
それは、自分自身の甘さだった。
「いいや。俺も悪かったと思うんだ。どこか否定的だったし、勘違いをしていた。本来なら言い争いをしなくても済んだのに、俺達は同罪だ」
「同罪、ね……」
プルタブを開けて口元に炭酸飲料水を含めた理世はそう呟く。
見つめる視線は遠い場所へ移す。
彼女が信じた感性は一体何を思うのだろうか。
炭酸ゼリーを振っていた弥彦には到底理解に辿り着けない領域だが、協力できるものがある。上手くはならない選択肢だからこそ、一緒に真実を目指す大切な意味が確かにあることを証明している。
たとえそれが間違いであっても、人は過ちをやり直せるのだ。
正せる強さは嘘を付かない。
「勘違いして、本当にすまなかったな」
手を差し伸ばす。互いの失敗を受け入れるための証を。
どうして人はすれ違うのか。単純に同じ人間ではないからと打破される。けれど純粋に気持ちが伝わっていなかったのなら、その答えを否定しよう。
同じ人間なんて存在しない。
分かり合えないのならば、分かり合えるまで、絶対に諦めるつもりはない。
他人を受け入れる。
それこそが、依頼を解決へ導くための秘密の鍵であった。
「……次は間違えない。だからこそ、俺は茅月を信じてみせる」




