17話 親愛なる知人へ
信憑性の皆無な噂に流されて。
でっち上げた誤解の残淬は消える。円滑のない闘争心の雰囲気を蹴散らした眼識の違う彼女の警告によって、解れた協調性が再び縫い合わせることに成功し、本題へ導くことが出来た。
決して成し遂げなければならない、依頼人が抱える問題を。
恋路部は直面する。
「遅れて、ごめん」
静まり返る部室に扉が開く。爽やかな声と共に現れたのは、今回の依頼人である世良正雪だった。制服姿の彼はバックを肩に背負い、容貌が優れた笑みを浮かべ、弥彦達に向けて微かに手を振る。
「遅いわよ。世良くんは何をしていたの?」
すると爽やかな笑顔が返ってきた。
「部活を休むために秦村先生に相談していた。それと、友達に怪しまれないために時間を掛けていたんだ。みんなに伝わっていなかったかな」
「いや、もしも親友の中にストーカーが潜伏していると考えたら、妥当な判断だ。安易に軽率な言動でもしたら、逆に関係者に怪しまれるぞ」
「確かにその可能性も含まれているということね……」
「補足ありがとう。そういうことで助かるよ」
友情関係にも部活も多忙なイケメンは苦労を担う。
常時ちやほやされる立場はさぞかし華やかなものだろう。しかしそれを引き換えに他者の視線に注意を払っており、現在も行動は束縛されているのだ。
特に、関係者の観察眼を侮ってはいけない。
自然体な振る舞いをしない限り、親友は信用を失い、目の色を変えていく。
そして疑われる。
「今回の依頼人が正雪くんだったんだね」
空いていた席に着席する正雪に契は言葉を告げた。
昨日部室に不在であった彼女。
全員が揃って依頼を成し遂げるのは難しく、このような不在の場合もある。理世や弥彦にも有り得ること。情報を共有するのは至難の業だろう。
「へぇ、契は部活をしていたのか。全然知らなかった」
「うん。結構楽しくて飽きないよ」
「そうか。契がそう言ってくれると君達を安心して信用できるよ」
にこやかな微笑みが溢れていく。
温かみのある雰囲気。眩しいほどの絵になる景色。親しみの込めた談笑を弥彦は様子を伺う。意図的に距離を置いて第三者の目線で眺めてみることに。
「正雪くんはどうして恋路部に相談を?」
「ああ、実はそのことについて訪ねてきたんだけど、いいかな?」
弥彦と理世の方に振り向く正雪は許可を得ようと首を傾げ訪ねてくる。
なぜ許可を得ようとした。
「構わない」
別に説明しようが構わないので、弥彦はすんなりと頷く。淡々と了承したことに不服だったのか、むすっとした不満げな理世が隣の席で座っていた。
件の事情を分かりやすく話している途中。
理世は弥彦の耳元で疑問そうに語り掛けてきた。
「……ねぇ、あの二人、馴れ馴れしいとは思わない? 何かあると思うのだけど」
「些細な事で他人のプライベートに訝しむなよ」
むしろ気分を落とした弥彦はため息を吐く。
過去に何があったのは聞かないしこちらは知る理由を持たないのだ。
スクールカーストの上位にいる者だ。会話を弾ませることは容易だろう。しかし何かしらの関係を持たない方が逆に怪しかったりする。青春を謳歌せしリア充だ。セフレ仲間とかのちょっとした出来心の関係なのかもしれない。
それに楽しそうに会話をする姿を見たら、勘違いする人は少なくはないハズ。
大体、彼女の心からの笑顔を見たこともない。
親しみのある呼び方が証拠だ。
「うーん、私の勘違いかもしれない。新藤くんはどう思う?」
「結局俺に振るんだ……。でも、そうだな……」
話題を向けられて弥彦は幻滅した。頭を押さえて首を振る。
理世が感じた違和感。すんなりと理解できるなんて弥彦は到底思えなかった。
率直な感想だけが残る。
それを言葉にしようとするが、無慈悲なままに遮られた。
「そうなんだ。正雪くんはストーカーに狙われている可能性があるんだね」
「こうして彼らに頼んでいる。契も協力してくれると心強い」
「任せて!」
意気揚々とした彼女の澄んだ声。
まるで水を与えた砂漠に咲く花のように、本来の美しさを取り戻したみたいだ。それと何処か距離を置かれた気がして、弥彦は実質空気扱いに過ぎず。
もう二人で進行したらいいんじゃないかと思えるほど。
「私も世良くんの依頼について是非協力するわ」
「右に同意」
礼儀を払う理世はいつも通りの行動をする。一方の弥彦は話すタイミングを外しては冴えない反応を返す。これ以上の感想はないと。
「二人ともありがとう。じゃあ、本題に移ろうか」
潔い進展を促す正雪。流石人望がある者は適応力と判断が違い過ぎる。これらを呼応する二人の女性陣は頷いた。
「まずは期間と解決策についてよね……」
「一週間ちょっとだね。そうしたら、正雪くんはテスト前に依頼を終わらせた方がいいかもしれない。丁度ゴールデンウィーク明けに勉強に傾けられるよ」
「それもアリだな。早くいつも通りの学校生活をしないとな」
「うんうん。じゃあ決定だ」
会議は順調に進んでいる様子。主に契が仕切る立場であり依頼人の正雪は自分に合った内容に承諾。抜かりがないか理世は補足を促す。無駄のない連携は真剣で、一日よりも早く解決へ導こうとする彼女の必死な顔つきがそこにはある。
それに比べ、弥彦は役に立たなかった。
意見を挟む余裕もなく口を噤むばかり。流れる情報をひたすら覚えるのみ。
部長の意味が無くなる。既に尊厳は消失しているが。
―――むしろ、好都合か?
みんなで説明するほどの的確なプランは挙げられていない。
だからこそ、彼らは失敗を恐れている。
順調な滑り出しを軽快する一員とその依頼人。ポンポンと提案が沸いてくる。
いっそこのまま躍動すればいいのだが、そうはいかない。
宛が無いのだ。
「どうやって犯人を見付ける? いい案が閃かないわ」
「正雪くんに付き纏う人の後を付けるとか?」
それではストーカーと何も変わらないではないか。
契の言う尾行作戦は核心に迫る重要な鍵になるだろう。だが、あまりメリットの部分は期待出来ない。
「二人に迷惑を掛けてしまうから、それは保留でいいかな」
責任の重さを諒解した上で正雪は否定的な言葉を述べる。なるべく他者に迷惑を被せたくないのだろうが、一人数えていない時点で既に傍迷惑である。
暇を弄ぶ部長の弥彦は諦めてスイッチでゲームをしていた。
しかも誰にも咎められない。
「ということなら、手分けして情報を聞き出した方が妥当な手段ね。相当の時間を要するかもしれないけど……」
「大変かも。でも、私達なら出来ると思う。諦めなければみんな話して貰えるよ」
「……諦めなければ、か。ああ、そうだな。契の言う通りだ」
熱心な働きを見せる契と彼女の真っ当な意見に同調する正雪。
成功を確信しているような揺るぎない自信。断じて間違えるハズがないと、余裕の溢れた言葉の数々はどうしても揺るぎない。
これでは反論を述べても、意図のある反対に終わるだけ。
弥彦は空気を読むのみ。
「彦くんは、どうかな?」
「……抜かりない。部長として、相澤が提案した方針に沿う」
「いいの!?」
とりあえず頷くと、契は嬉々として微笑みを讃えた。自分が決めた正しさが証明できる意味を見出だせて、認められる事に達成感を覚えた。
非常に珍しい彼女の真剣な赴き。
それをあえて否定しなかった弥彦は忽ち視線を画面に戻し、ゲームを続行。途端に会話は賑わいが増して熱を帯びていく。談笑と真剣さを織り混ぜたコンセンサスの空間は、作戦が打破しない限り、誰にも止められない。
想像していたものよりも事態は迅速に動く。
知人を狙う悪しきストーカーの正体を暴くために、相澤契は始動する。
正義にして苛烈なチェスゲームを。




