表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/66

16話 ウワサの残滓

「どうしてそうなったの?」


 舞台は恋路部の部室。

 黄昏を背景にしながら、伊達メガネを掛けた弥彦は尋問を受けていた。

 その尋問相手というのは部活の一員である茅月理世。仁王立ちで長机の前に佇む彼女は、失態する弥彦を見下すようにして様子を覗いている。


 対して、噂の転校生は冷静にして平常。


 流される事態を視線は真っ直ぐ彼女の紫色に輝いた瞳と合わせ、微動だにしない屈強なメンタルは理世に問い詰められても、その表情は涼しかった。


 時間帯は放課後。

 不気味に羽ばたく無数のカラスの鳴き声は不気味さを醸し出す。

 視界に切り込む咄嗟の影にも向けず、拮抗した独特の緊張感は拭えない。誰かの空気を吸う微かな生活音だけが部室を残響する。


 他者を介入させない、食い違う確執の空間。

 空気が凍り付く歪な雰囲気は幕を上げる。刻々と刻む時計の針のように、物事は誰にも止められない。


「……そのワケを一言一句丁寧に話して貰えるかしら?」

「俺もその理由を知りたいぐらいだ」


 両者は一歩も譲らない。

 鋭利に光る鋭い眼差しがそれぞれ交錯する。暗雲が立ち込める緊迫感の中で威勢の良さを引き立つ理世はシビアな態度を崩さない。反論を返す弥彦の方は、あくまでも現状を鵜呑みにしながらも理世に問い質す。


 一端となった原因を厳然たる威容を示して見張っていた。


「……なるほど。あくまでも貴方は自分の意見を正当化するのね」


「正当化って……。俺はただ、周りで起きているものを判断したいだけ。今の状況を知りたいんだ。一体何が間違っているのか、確認したい」


「間違いを確認しても、時間稼ぎにはならないわよ」


「もしも誤解を生んでいるとしたら、根本的な原因を究明する。その為には時間が必要だ。だから話題を逸らしている場合じゃない。下らない口論は無意味だ」


「どうしても、貴方はワケを話して貰えないのね。……本当に、残念だわ」


 軋轢が生じる互いの主観。


 本当は事態を解決へ導きたいのに、自身が抱く正義が邪魔して譲れない。

 先走る言葉と発想の違いが誤解を呼ぶ。どんなに発言を表に出してもギリギリのところですれ違ってしまうのは、単純に会話が成立していないから。


 元々、二人の意見は沸点が違っていた。


「これ以上会話を唆すのであれば、私なりに考える必要があるようね」

「それは、どういう意味で……」


 訝しむ弥彦は動揺を隠せない。

 唐突に目の色を変えた理世に不審に思う心境は息苦しくなる。曖昧な会話に疑問を持ちながらも、彼女の行動の意図が分からなかった。


 だからなのか弥彦は反論の手段を奪われていた。


「……貴方は、何を隠しているの?」


 思考の余地を許さない理世の鋭い眼差し。

 それは間違いなく弥彦が詭謀を企んでいると見て判断を下している。一方の弥彦は理世について誑かすつもりはなく、無実を証明しようとして様子を見ていたが、彼女の末恐ろしい不動のオーラに気圧されているだけ。


 着々と怖い顔が近付いている中で、堪らずに目線を逸らしてしまう。

 振り返ってみるものの状況は著しく変わらない。


「どうしたの、彦くん」

「いや、なんでもない」


 助けを乞う視線にも感付かれず。

 携帯端末の画面を見ていた少女、相澤契は首を傾げた。


 戦慄と化した嵐のような悪天候にも関わらず、彼女は悠揚とした物腰で放課後を満喫していた。他人事に過ぎないためか関心は薄く、こちらに興味が湧かない様子は別の意味で不気味さを帯びている。


 いつの間に契は部室に居たのだろうか。実に不思議だった。


「なんで余所見をしてるのか、是非教えてくれる? 私は怒らないから。ね?」

「もう怒ってますよね。ハハハ……」


 絶対に嘘。

 彼女は嘘を吐いている。完璧に怒っている。


 下手くそな愛想笑いをしても既に理世にバレていた模様。

 普段から笑わない生活をしていれば不自然にも疑われる。単に彼女が持つ着眼点がいいのか、それとも演技が拙かったのか。結果としては散々なのは紛れもない。


 しかし、弥彦は嘘を吐く事も道を誤る事をしていないのは確かだ。

 濡れ衣を着せられているのかもしれない。


「そもそもの話、どうして茅月が憤りを覚えている原因がよく知らないんだ」


「ふぅん、そんな嘘が通用するとでも?」


「ハッキリ言って俺は嘘を付いてないし。大体遅刻しただけで問題になるもんか。神経質にも程がある。周辺が流行に過剰なんだよ」


「だから、貴方と成瀬さんの二人が遅刻した時点で妙な噂が広まっているの!」


「自分は風紀委員長に捕っていたんだ。なのに噂を信じる方が悪い!」


「あ、そっか。彦くん。そのことで遅刻しちゃったんだね」


 何かを閃いた契は一人勝手に納得して、拍子に手の平をポンと押した。


 口論の連鎖の末。

 行き着く結果に兆しが見えた。


 根本的な原因を求めた理世と信憑性を含む事実を告げた弥彦。互いが求めた真実がやっとの事で噛み合うように。


 誤解を呼ぶすれ違いの呪いが解ける時、二人の両者は何かに気付く。

 本末転倒だった会話がヒントになって返ってくる。問題が焦点に合わせた途端に恋路部に属する全員が変化をもたらした。


「え、その話は本当なの……?」

「なんで俺がしょうもない嘘を付くんだ。そんなメリット有り得ないしな」


 他人を騙しても意味がない弥彦は聡明そうに答える。


 下らない会話をしたのを覚えている。それもすれ違う面白味もない会話が。何故このタイミングで過去を掘り出したのかは謎ではあるが、少なからず風紀委員長は恋路部に対して目を付けているのは間違いないだろう。


 それから彼女は依頼に該当するストーカーではない。


「成瀬は正門前で彷徨く輩について評価を伝えたんだ。生徒会の協力で追い払った風紀の功績に。まさかそのせいで遅刻するとは思わなかったが」


「なるほど……。そういう事だったのね」


 納得に至る理世の方は落ち着いた様子で話を聞いて頷いている。


 とりあえず誤解は解決した。

 噂に流されていただけなので彼女に質問する必要はないだろう。けれど気になる点があるため別の話題を振ってみせた。


「というか茅月は成瀬のことを知っていたのか」

「まぁね。彼女も同じクラスメイトだから。遅刻をするとは思わなかったわ」


 最終的に遅刻をした風紀委員長。

 同じ目に遭遇しているとなると噂が流れてしまう可能性は十分にある。それも噂の転校生も遅刻を噛ましていれば、あたかも偶然が必定になってしまう。


 きっと名前が知れ渡っている。

 行動が束縛されていると冴え渡る洞察力で勘づいた弥彦ではあったが、突然契が話し掛けてきたのだ。


「それはちょっと災難だったね。彦くん」

「ちょっとのレベルじゃないぞ」


 最初に引き受けた依頼。

 その後始末に至る業績によって平凡を取り戻した。

 トップカーストにして人気者の契が抱えていた問題はとうに解決している。元の学校生活を送れるが、どうも彼女の場合は違うらしい。


 弥彦の意見に否定を貫いてきた理世に訪ねてみる。


「でも茅月さんはどうしてそんなに怖い顔をしていたの?」

「うぐ……っ、そ、それは……」


 容赦のない微笑みと謎の敬語が理世を困らせた。


 純粋な疑問がもたらされる結果は時に残酷で。謎を追求する契の行動力には関心を持つが、彼女の前では嘘や手加減は許されないのだ。


「丁寧に教えてくれたら、みんなきっと分かって貰えるよ?」

「辛辣か」


 自供を促す綺麗な幕引き。

 反論も出来ない平和的な解決方法。

 肯定と否定の狭間にある中庸の意見を述べる契は答えを導こうとしている。


「え、えっと、私は新藤くんの悪い噂が流れていたから……、その……」


 正論を唱えれば誰だって不利になるのは当然。

 ジムバッチが足りなかったせいか理世チュウは言うこと聞いてくれないが、契は揃えていることになる。実に分かりやすい。


 しかし悪気がない理世には窮屈そうに見えてしまい、ため息を吐いた弥彦は致し方なく救いの手を差し伸ばす。


 その優しさが相澤契の高潔な一面を知ることに。


「相澤もういい。誤解は解けているだろ。仲間割れするつもりか」

「確かにそうだけど、一様新藤くんも悪い部分があるよね」

「え」


 矛先を変えましたよこの人。


 今度は弥彦に標準を定める契。ニコッと微笑む姿に背筋が凍る。携帯端末を操作していた指先を止めて、こちらの様子を伺う。


「二人とも、喧嘩はダメだよ?」

「……すみませんでした」


 契は微笑みながら怒っていた。

 両者は錆びたロボットのように目を合わせた弥彦と理世。

 否決なく連携を取ることにした二人は猛反省。嫌悪を抱く上辺だけの取り繕うのをなしに今回の依頼を契に偽りなく伝える。


「そういえば相澤に伝えるべき依頼があるんだった。忘れていた。すまない」

「ええ。相澤さんが居ない間に相談が来たの。教えてあげるわね」

「理世ちゃん、彦くん、ありがとう」


 身内の揉め事を解消した契は満面の笑みを浮かべてみせた。


 唯一噂に動じず、一切関心を持たないトップカーストの貫禄は本物だった。自身の間違いを認めるための必要な手段を心得ている。時に厳しさを見せながら、寛容な性格は他人を絶対に傷付けない。


 全てが人の為にあるというのならば。


 今回の依頼について、相澤契がいなければ破綻していたのかもしれない。


 そして、相談者は後から姿を現す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ