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15話 ウラオモテの合わせ鏡

 あっという間に昼休み。


 今日は季節外れの燦々とした日和だった。期待外れの熱気では教室で過ごす生徒は少なかったりする。


 安らぎを求めて彷徨う。

 要は清涼のある場所で昼食を取っているだけなのだが、今回は特に違うらしく、談笑が取り柄の学生達は借りてきたネコのように、他人行儀の取り繕いは一段と増していた。


 笑顔が消える。

 たわいもない会話の声がやけに静かに囁く。


 普段から教室に居座らない弥彦は状況を鵜呑みできず困惑。涼しい表情をしているが、伊達メガネの奥に隠れた瞳の瞬きが若干引きずっていた。


 そんな、天地を狂わせる異常な出来事というのは。


「へぇー、転校生くんはサンドイッチが好きなんだ」


 只今絶賛クラスの女王と愉快に昼食中。

 机を向かい合わせ、面と向かう景色は物珍しい。ただし、弥彦にとっては面接か刑務所にいるような運命の選択を迫られるという謎の錯覚に教われていた。


 鈴ヶ森美雨。


 ゆるふわに整ったボブカットの髪型で、ほのかに赤色掛かった茶髪をした彼女は教室が籠った熱気により夏服姿だった。袖を丁寧に捲り、今日はとにかく暑いねーと呟いては胸元を扇いだ。首元に回すネクタイが窮屈そうに見えてしまう。


(……いや、そうじゃなくて)


 冷静になって話を戻す。

 閑話休題。


 なぜクラスの女王である美雨が、こうして共に食事をしているのか。疑念を抱くクラスメイト達の目線は美雨と転校生に目が釘付けになっていた。


 それもそうだろう。

 悪い印象三拍子をもらい受ける転校生とクラスの女王が一緒に昼食を取っているのだから、目を疑いたくなるのは当然だ。


 夢でも見ているみたいに。


 不釣り合いな景色に温度差は激しく。

 そんな謎の組み合わせに、弥彦は美雨に呼ばれている理由がある。


「鈴ヶ森さんはどうして俺となんか食事を……」

「敬語はいいよ。同じクラスなんだし、遠慮すると落ち着きようがないでしょ」


 静かに頷くと了承した美雨は素直に笑顔を浮かべてみせる。


 寛容のある彼女の振る舞い。


 丁寧な箸使いと几帳面を隠しきれない仕草。愛嬌の含んだ気配りは品格の高さを伺える。身嗜みも整えていることもあって、彼女にある印象は関与してはならない者から清純に優しい人に変わり始めた。


 些細な違いを変えた起因。それは美雨自身が持つ鑑識眼にある。

 まさか、そんな言葉が出るなんて。


「早朝の、気が触れるような思いをさせて、ごめんね」


 申し訳なさそうに手を合わせて謝る彼女。

 なぜ関係ない人が責任を賄うのか、弥彦は理解に苦しんだ。

 遅刻したの方が一番悪いのに。注意されるのは当然なのに。名前も知らない相手に嫌味を買い、便乗する雰囲気は仕方なかった。


 けれど美雨は詫びる言葉を告げる。


「萌佳は元々性格がキツくて印象が悪いんだ。人の失敗を揚げ足ばかり取ってね。それも自分が一番正しいと思い込んでいるの。本当に迷惑な話よね」


「相当、苦労しているんだな」


「あの子は謝る気がないからね。何事にも優劣を付けたがるし正直疲れる。未だにテスト対策してないで遊んでばっかいるの。随分余裕みたいだけど」


 高校生の存在意義。

 青春だけが眩しくクローズアップされているが、本来は知識と常識的な価値観を学んだり、人間関係を築くための場所である。


 要は社会を出るための必要とする意味のある経験だ。


 それを弱肉強食の格差社会に勘違いしているというのであれば、早朝の時に起こした嫌味は皮肉が込められた洗礼ということになる。

 実に分かりやすい挑発だった。


「人を馬鹿にする人は嫌いなんだよね」


 肩を竦めた美雨はウィンクを投げる。

 卑怯なやり方は好まない。侮辱するのは間違っている。そんな共感の出来る彼女の価値観は、何処までも合理的で、至当な判断を備えていた。


 他人はそれを思いやりと勘違いしながら。


「転校生くんはどう思う?」


 会話を振られたので真面目に答えることにした弥彦。自然と思ったことを告げるのは簡単で、現在の評価を並べてみる。


「……相手によるな。悪ふざけは別に構わないけど、限度を弁えた方がいい。自然に周りの人が離れていく。そうなった時点で人間関係は終わっている」


「なるほど。かなりの辛辣な意見だ」


 平気そうに頷く美雨の方も達観していた。そうなってしまう結果でも素直に納得してしまう躊躇のない判断は、どこか末恐ろしく大人びていた。


「きっとそれが正解。転校生くんがそう言うのなら実際に本当かもね」

「ちょっと待って、それはどういう意味なんだ?」


 サンドイッチに伸ばしていた手が止まる。

 彼女が告げる言葉。その中に含まれた謎が探求の琴線が触れた。美雨が知る情報を弥彦は是非とも聞く姿勢を構え、彼女の唇が開くのを待つ。


 そんな出遅れた弥彦に、美雨はあるがままに明かす。


「転校生くんの感想そのもの。だって、思ったことを話してくれたじゃん」


「いや、もう少し根本的にまとめると……」


「あ、ああ。そういえば説明不足だった。転校生くんってさ、実は優しいよね?」


「え? なんで?」


 根拠がないことを言われて素が溢れたが、美雨の方は余裕綽々として笑顔は崩さない。むしろ図星を付けれたのか上機嫌そうに会話を弾ませた。


 意外な発見を見付けた、年相応の無邪気な反応をして。

 彼女は真実を話す。


「私見掛けたんだ。転校生くんが妹さんと楽しそうに買い物をしているところを」


 家族四人で買い物をした休日。


 その時に偶然と彼女は見掛けたに違いない。弥彦はそれを知らないまま充実した一日を過ごした。同じクラスメイトでありながら声を掛けるキッカケは皆無。それぞれの時間を流れていた空間は、美雨のみだけが知っている。


「すごく楽しそうだった。転校生くんは意外と笑うんだってね」


「意外って……」


「本当だよ。普段から話さない転校生くんが見違えるような姿を見たら、自分の眼を疑っちゃう。もしかしたら夢でも見てるのかなって」


 妄想と幻想。

 在りもしない噂話を真に受け取った人にしか見えない透明の景色。

 全てが本物だと錯覚する無自覚の恐怖は伸びる影のように重なっている。


 単なる噂を信用に至って、疑問を抱かない心境は潔白にして残酷。綺麗事で済まされる優しい世界は自分のみしか守れない。


 けれど、鈴ヶ森美雨はしっかりと現実を観ていた。


「でも夢じゃなかった。夢だと思っていたのは私の勘違い。本当の転校生くんの事を何も知らないのに、分かっているつもりでいた。あの時のようにね」


「俺だって鈴ヶ森のことは知らなかった。今でさえ、実感が湧かないからな」


 猜疑心の瞳が一点に集中する。

 転校初日の失敗と今朝の出来事が組み合わせ、弥彦を見るクラスメイト達は怪訝そうにして遠い場所から眺めている。微弱に首を動かせば視線を逸らして。


 固定された印象は簡単には解けない。

 まじないによって抱いた疑念はいつまでも残るだろう。


 自分自身が間違っていることが怖くて、現実を見るフリをしているのだから。

 誤解は終わらない。


「こうして昼食を取ること事態が、鈴ヶ森の言う夢のようだ」

「あはは、胡蝶の夢みたい」


 リラックスした様子で微笑を湛える美雨だったが、弥彦は笑えなかった。


 所詮、期待は都合のいい幻想で何処にもないハズレくじ。ちっぽけな夢は簡単に瓦解してしまう。その中で過ごしてきた人は理不尽な現実を見詰める。


 天空と地上の間が決して縮めないように。

 スクールカーストの世界は、妄想で作られた合わせ鏡に過ぎない。

 夢は淘汰される。


「……転校生くんは何も悪くないよ。勝手に作り上げた噂が君を隠しているだけ。みんなに真実を伝えれば、きっと、分かってくれると思う」


 優しい配慮だった。

 意外な一面を見て素直な感想を本人に伝えられる彼女の美徳。

 それは真面目で、勇気があって、何事にも動じない強い自信を誇ることができる女王の風格は本物。手を差し伸ばす慈悲は名前も知らない誰かを救える。


「転校生くんは、何をどうしたい?」


 肩を竦める美雨。前髪を払い上目遣いで弥彦の瞳を見詰めた。

 現状を変えれば理不尽な人生は変えられる。当たり前の高校生活は始動する。


 青春を謳歌する、唯一無二の絶好のチャンスを。

 弥彦は否定した。


「俺はそのままでいい。まだ、やるべきものが残っているから」


 別に最下位で構わない。

 弱肉強食の世界の頂点に登らない。たとえそれが理不尽な待遇であっても、弥彦は今までの窮屈な生活を送り続けるつもりだ。


 それに、終わっていない依頼がある。

 人助けをするのに優遇された空間は必要としない。返って邪魔になってしまう。


 自由に動けられるのは現在の環境しか他にないのだ。


「……そっか。それが転校生くんが決めた答えなんだね」


 僅かに見せた真剣な赴きがすぐに解けて、美雨はうんうんと頷いた。


 すると空になった弁当箱をテキパキ仕舞うと机に体重を乗せては弥彦の顔の近くに寄せたのだ。いきなりの出来事により弥彦は咄嗟にサンドイッチの包装紙を利用してガードをするが、強引な彼女は伊達メガネを強奪。


「おい、お前何をして……」

「たとえみんなが信用しなくても、私は転校生くんの味方になろう」


 見下す視線は余裕そうに。眩しい微笑みは心強く。

 弱い立場を守る正義の女王、鈴ヶ森美雨はそうハッキリと宣言した。


 しかし、急に美雨が立ち上がったため数名のクラスメイトは産まれたての仔鹿のように怯え始めた。もしかして喧嘩でも始まったのか。勝手に戦慄しながら謎の噂を作り出してしまった模様。


 これには噂の転校生とクラスの女王は止められない。


「あ、あー、やっぱりこれは伊達メガネなんだね。うん。これはこれで納得した」


「何をどう納得したし……。あと勝手に暴露させるな」


「見掛けた時に転校生くんはメガネを掛けていなかったでしょ? 似合う?」


「……いや、返して下さい」


 あくまでもメガネキャラを演じる弥彦と、便乗してふざけた美雨は他人の視線について一切微動だにしない。むしろクラスメイト達を更に混乱させることに。


 一部の女子が黄色い歓声が漏れていた。


「あれ? よく見たらメガネを掛けていない転校生くんって……」

「メガネメガネ……」


 見えないフリをして状況を打破しようと目論む弥彦は必死の演技で誤魔化した。

 相変わらず災難は平常運転。当分は退屈しない日が続くだろう。


 だが、別の意味で噂が広まったのは致命的だった。

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