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13話 すれ違いタイムアウト

 何はともあれ無事に水渡高校へ辿り着いた。


 相変わらず正門前では有志で集合した学生達が挨拶をして、活気の色に染まっている。持ち物検索でもしてるのかと思っていた弥彦だが、実際は違うようだ。


 今回ばかりは見知らぬ人物が佇んでいる。


「そういえば、この高校に風紀委員とか存在していたような気が……」


 見掛けない腕章を付けた生徒と目が合う。

 どうやら彼女は風紀委員に介する生徒であり、生徒会とは全く異なった別の組織が正門前にして君臨する。生徒会長に劣らずの凛とした高貴さと謙虚な風格を覗かせながら、桜色に染めるロングの茶髪をした少女は、無垢の表情をしていた。


(……まさか、同学年かな)


 退屈そうに。それでも生真面目そうに。

 色褪せない瞳の輝きを放つ端麗な容姿を持つ少女は景色を見据える。


 時折乱暴に吹かれる北風は残り僅かな桜の花弁を乗せながら、弥彦と少女との間を通過する。桜色の波は誰も届かない遠い場所へと運んでいく。


 けれど二人は正門前で拮抗していた。


 ―――何だろう、この人。


 膠着状態の弥彦を追い抜いて正門を潜る生徒達。半ば笑みを溢すのを耐えていても冷笑だけは漏れていた。馬鹿をあしらう滑稽さを含んだ雰囲気は、勝手に思い付き、勘違いしながら蔓延していった。


 対して、弥彦の方は彼らの嘲笑う視線でさえ無関心。


 今は彼女から優位な立場を獲得しようとして思案を巡る。つまり弥彦はマウントを取ろうと目論んでいた。


 先に動いたら負ける。

 続いていた拮抗が不利なまま途切れてしまう。


 なんとなくだが理解している。個人的な意図によって生徒会に狙われていた時点で、ある程度想定できてしまう。許容範囲を把握できるのには悪い意味で新藤弥彦は有名だからだと、弥彦は潔く諦めて厳しい現実を受け止めることに。


 どうせ難癖付けて悪口を言われるんだろうな。

 楽観的に投降しても構わなかった弥彦は伊達メガネを掛け直すと。


「……」


 涼しい顔して風紀委員の少女は踵を返し校舎へと戻ったのだ。

 もしかして勝ったのでは? 首を傾げる弥彦だったが警戒は怠らない。未だに風紀委員に属する生徒が疎らに正門前で挨拶をしている。


 大半が女子。

 腕章を付けているのが女子生徒だけだった。ハキハキとした透き通る声が登校してくる学生達を迎えている中で、弥彦だけを着実に距離を縮め、囲まれているような窮屈さを陥ることを静かに覚えた。


 こちらに向けてそうな鋭い視線が末恐ろしく感じる。

 流石に迷惑であると非難されているのか。


「と、とにかく、教室に向かおう」


 つい正門前から離れたくて足早になる。その一歩の距離が短くなるのを知らずに、他人の視線を無視して昇降口に辿り着いた。


 彼女の姿は見当たらない。

 今度こそ安堵できる状況が対面出来たことに弥彦はため息を吐く。


 あの子は一体誰だったのか。

 同じクラスメイトではないのは確かだろう。

 またもや三日月天寧のような奇抜な変人に遭遇したことに危惧したが、結果的に体に悪い経験をした。ただでさえ人目に付く場所で拮抗していたのだから、平和な生活が遠退くばかりに。


 これ以上精神を削がれるものがあれば、耐えられないのかもしれない。

 誰にだって限界は来るのだ。


(早く教室に行かないと……。そして、絶対に依頼を解決しなければ駄目なんだ)


 そんな忍耐だらけの人生に。

 拍車を掛ける偶然の出来事は、敵も味方も存在しなかった。



「―――君が噂の転校生、新藤弥彦ね」



 昇降口に奏でる綺麗な音色は空気に透き通る。

 無意識に振り向く。その先にあるのは出口。後光を差し掛かった影の正体。それは正門前に佇む無垢の表情をしていた風紀委員の少女であった。


 こつこつと靴を鳴らし、腕を組ながら弥彦に近寄る。

 無頓着な表情に対して真っ直ぐな瞳をしていた。他者が居ない静寂が包まれた空間の中で少女の唇は震えた。


「秦村先生から事前に聞いている。君は恋路部に所属しているようね」

「よくご存知で」


 一言によって担任の先生の信頼を打ち消した。本当に顧問かと疑う。心底怪訝そうにしても彼女に罪はない。諸悪の権化はやはり大人である。


「ところで、アンタは誰なんだ?」

「成瀬七弦。風紀委員長よ」


 淡々とした言葉を閑散とした昇降口に放ち、履き替えた靴を戸棚に仕舞う少女、成瀬(なるせ)七弦(なつる)。どうやら彼女は同年代らしく、それと同時に校則違反を取り締まる風紀委員の主任の肩書きを背負っていた。


 派閥の大物がつまらない転校生に何かしらの用があるのだろうか。

 嫌な予感しか他にないのだが、弥彦はとりあえず彼女に訪ねてみることに。


「風紀委員長がなぜ俺に用事しに? 心当たりが全くないぞ」


 ここは慎重に会話を繋げてみる。失態したような反応では自分が自首しているようなものだ。特に余計な失言をすれば致命的。相手に頭の悪さを伺えてしまう。


 根比べが始まる。


「ええ。その理由以外、君に関わるものが私にはある?」

「……別に無いな」


 後ろ髪を払いながら、受け答えた彼女は全く動じる気配を見せない。

 彼女の前では警戒心さえ暴かれてしまいそうな、ただならぬ威圧感を気付いた。あの暴挙を企てたわがまま生徒会副会長とは全くの別物であり、相手を捉える瞳は決して逃がさまいと、勇敢な姿勢は崩れることはないだろう。


 本当に自分自身が害を成した悪者だと罪悪感を覚えてしまいそうになる。そんな彼女に帯びた正義感の熱意は、何処に沸き上がるのか。


 だがしかし、真実を貫いてきた弥彦は感じてきたものを話すだけだった。

 選択肢を間違えたつもりはない。


「けれど、詰まらない理由で話し掛けに来たんじゃないだろ」

「そうよ」


 再び集まり出した学生達の流れ。

 これらを妨害するように廊下に佇む二人の存在は醸し出している。無言で距離を置いた学生達には哄笑すら自由を与えなかった。


 アジリティーが失せた重々しい雰囲気。

 僅かながらの雑音を掻き消す声を放ったのは、風紀委員長の七弦だった。


「訳を話すから、私の後を付いて来なさい」


 素っ気ない態度を見せながら踵を返した七弦。そのまま廊下を真っ直ぐ進む。

 桜色に染めた長髪が綺麗に靡く後ろ姿を見た弥彦は、


「……何逃げようとしているの、君は」


 階段を踏み出そうとする姿を彼女に見られた。

 振り向くとそこに怪訝そうな表情を浮かべた七弦が腕を組んでは足のつま先で廊下を鳴らしていた。これは怒っている。いや、怒らせてしまった模様。


「持ち物を教室に置いてこうと思って」


「その必要は無いわ。話は簡単に済むものだから、それに時間を取らせない」


「もう時間を取ってるのは俺の気のせい……?」


「単なる心配性なだけでしょう。ほら、付いて来なさいよ」


 言われるがままに彼女の後を付いていく事にした。

 何処に連れていかれるのか若干警戒する弥彦ではあったが、人気が薄れた途端を見計らって七弦は廊下に佇む。こちらを振り向き、他人行儀をこなす詰まらなそうな表情を浮かべながら、言葉を並べる。


 そして、彼女が示した用件とは。


「……今まで、君の活動を見ていたけれど」


 なにこの人。もしかしてストーカー?


 背を壁に預けて腕を組む七弦。真剣で深刻な内容を伺わせるハズが、弥彦の独特な見解によって固定されたイメージが崩壊した。七弦が掲げる危険性と弥彦が問題視する今回の依頼により、互いの価値観に亀裂が走ってしまった。


 そのためかすれ違い状態が生じる事に。


「……まさか、ストーカーの一件か?」

「なんだ。理解しているのなら話は早いわ。そう、正門前についてよ」


 核心に迫る衝撃の事実。首を傾げていた弥彦は途端に顔色を変えた。驚愕して身構えていることも知らずに風紀委員長である彼女はどこまでも落ち着いている。


 だからなのか話は段々目的を見失ってしまう。


「見事ね。君の活躍は紛れもなく本物。それも容易く解決してしまうなんてね」


「部員を揃う前に解決してしまったか……」


「実際にそうでしょう。秦村先生に聞いたのは君が転校してきて一週間前から聞いているの。だから恋路部については認知していた」


「アイツ、誰にも伝えずに過ごしていたのか。不器用な奴だな」


 片方は最初の依頼であった正門前の一件を訪ねていて。

 もう片方は今回の依頼の終息とその原因を訪ねていて。


 第三者のいないホラーは続く。

 勘違いは止まらない。


「君には評価するわ。なぜ転校生の分際で他人に手を差し伸ばせるのか」


「他人を助けない人間なんて居るか。当然の事をしたまでだ」


「……なるほど。それが君が貫く心得というのであれば、私は貴方を監視する必要性を見出せることが出来たわ。その正義は私達の敵に成り得るのかを」


「犯人の上に組織絡みのストーカーとか、どう報告をすればいいんだ……?」


 二人の擦れ違った意見が誤解を呼ぶ。壊れたブレーキのように歯止めが効かない状態は続く。違和感を感じ取る前に複雑化した戯れ言は他人を傷付けて、過ちに気が付いた時には既に遅し。


 制限時間がやって来たのだ。


「……犯人ってなに?」

「……正義とは?」


 自分が置かれた状況を把握出来ず、狐につままれて唖然とする様子に至る二人は訳が分からずに首を傾げて訝しむばかり。正解を紐解く閃きが輝く前に、事の重大さを充分に味わう。


 キンコンカンコーン、と。

 校内に空しく響くチャイムの奏でる音が、擦れ違いだらけの余興を終わらせた。

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