12話 警告
ため息と欠伸が止まらない。
「あまり寝た気がしない。最悪……」
時間帯は早朝。只今弥彦は学校に向けて通勤中。
黒バックからリュックに変えた。空いた両手は開けた口を押さえている。ふらついた思考を動かそうとして必死になる。時折歩く速度が遅れているのはきっとそれが原因だ。
しかしながら、本当にこの時間は退屈である。
どうも見慣れた景色に飽きてしまう。興味を示すのは着々と移り変わる街並み。新鮮味が欠けるばかりの平凡では活力が見出せない。正直、常識を覆す非常識の方が魅力があって、決して退屈はしないだろう。
それも観測する立場だったら尚更だ。
勝手に変化していく様を弥彦は通りすがりの傍観者の目線で見てみたい。
ただしストーカーは却下である。
「変質者を暴くための依頼。マジで最悪だ……」
今日から始まるストーカー探し。
依頼人である世良正雪から頼まれた相談事は避けられない。長い戦いが始まる。決して負けられない戦いがそこにはあると思いたい。
まずは手掛かりを探そう。
(……犯人は女性に限る。これしかない。あんな完璧イケメンに集るのは目が眩んだ泥棒猫。あと意識高い系。ぶりっ子もアリだな。清楚系ビッチも加わるだろう。……というか範囲広くないか? これ)
早速言葉に矛盾が生まれた。
これしかないと言っときながら、解決に向かってはいない事を。
(それ以前に、今回の依頼について俺は無力だ。二人に任せるしか他に方法はないし、部長なのに情けない。無口キャラを演じるのが裏目に出ちゃったか)
大体校内にどれだけの女子高生がいるのか。それを把握しなければならない点と怪しい部分を徹底的に抉る。弥彦は少ない情報を頼りに依頼を遂行してみせる。
恋路部のメンバーと共に依頼人の生活を元通りにさせてやると決めたのだ。
全員を揃えて円卓を囲う。
今は忍耐の時。
「人に聞けば一番早いのに、それが出来ない俺は、役立たずじゃん……」
勝手に喚き絶望していると歩行者から軽蔑の視線が残酷なまでに痛々しい。
それでも平然と高校生活を送れてしまうのだから、培ってきた不屈のメンタルは馬鹿に出来ない。むしろ称賛するばかりだ。
何せ、今の自分を証明する唯一無二の証なのだから。
それは理不尽な日々を過ごしたお陰なのか。それともただの皮肉なのか。
弥彦自身が不幸なのは間違いなかった。というか現在に至って続行している。
会いたくない奴と遭遇した。
「あら、新藤くん。おはようございます」
「うわ出たよ」
知り合いに声を掛けられて、構わず本音が嘘にみたいにぶちまけた。
背後からパタパタと歩いてくる綺麗な音色をした声の主。それは同じ教室で授業を受けるクラスメイトであり、強烈な印象を与えるほどの変人染みた少女が、気さくに隣に寄り添って共に登校している現実に、弥彦は堪らずの感情を現した。
少し跳ねた浅緑色に染めた長髪を靡かせる。
両手に黒バックを持ちながらネクタイがよく似合う生徒会に属する彼女。
「三日月か。どうした。もしかして寝坊?」
「いいえ。寝坊はしてませんし、偶然新藤くんを見掛けただけですよ」
他人視点から覗けば高校生らしい内容の薄い会話に見える。しかし、弥彦の方では生徒会に属する真面目系彼女の正体を気付いていた。
(狂人風情め……。調子が狂うじゃないか)
三日月天寧は嘘付きだ。
優等生を演じ、クラスメイトを騙す。何処にもない外面は完璧超人。クラス委員長に相応しいほどの人材の塊は余興を楽しんでいるのだ。生徒会ではだらしないジャージ姿で自由奔放に過ごしているのだから、相手にするほど余計に馬鹿馬鹿しくなる。
関わる人はとても可哀想だ。決してこれは自虐ではない。
「そういえば、新藤くんはいつもこの時間帯で通学してるのですか?」
「いやいや、今回は余裕ができただけです」
なんで狂人相手に答えなければならないのだ。
概要として弁当を作らなかったために時間に余裕が出来たから。至極単純な解答だ。些細な習慣の一つをわざわざ会話の話題にするのは些かおかしいではないか。
だから可愛らしい仕草をしても無駄。寒気がするからやめなさい。
「三日月はどうして?」
「私は生徒会の活動がお休みだったので、久し振りに遅れて家を出てみたんです。面白くなくて、本当にごめんなさいね」
実際に面白くない。誰が面白い話をしろと言った。
淡々と丁寧に会話を繋げているが、あくまでも上部だけの挨拶に過ぎない。本来なら相手の裏の裏を探るような、身の毛をよだつ戦慄とした心理戦が彼女と遭遇した時点でとっくに開戦している。
生徒会室で繰り広げた黒歴史が証拠だ。
思い出したくもない。
「別にいいよ。面白くなくても平和ならそれでいい。むしろ大歓迎だ。高校生活も穏便に過ごしたいぐらいだし、その方が疲れないから楽だ」
ここ最近は忙しくテンションが萎えるばかり。
数十日を過ぎてしまえばゴールデンウィーク。それが過ぎたらテスト期間。本格的に部活を励む学生には少し過酷な時期だろう。果たして勉強をサボった学生は何人居るのでしょうか。
そんな関係ない他人事にも憂さ晴らしする弥彦だったが。
対して天寧は違うようで、
「平和、ねぇ。ストーカーとか物騒な話題が弾んでいるのに、一方で新藤くんは真逆の事を言っている。それはまさしく流行に乗り遅れてますよ」
「どんな最先端流行だよ。時はどこぞの世紀末かよ。ストーカーは消毒だー!」
「ちょっと何言ってるのか分かりませんけど」
苦笑いをしながら距離を置かれた。
しかし好都合と見た弥彦は何事も無かったようにスルー。勝手にふざけていると勘違いしていれば安心するが、横に平行している天寧は要注意。
今回受けた依頼の情報を外に漏洩したら、生徒会は獲物を喰らう。
風紀を乱す愚か者を執行する姿勢には賛成するけれど、手口が卑怯なのが一名と横暴なやり方で行使するのが一名。どちらにせよ、結果的に悪い方向にしか選べない残念な有能に任せる余裕はないのは確かだ。
それに当事者本人が拒んでいる。
死守するべき個人情報をこんな狂人に横領されたらひとたまりもない。
早く学校に到着したいのが本音だ。
(ヤバい。これは胃のストレスがマッハになる……!)
見慣れてしまった景色に興味は一切沸かない。
余計な言葉で天寧は笑顔を翳して末恐ろしく優等生を演じてる。まるで合わせ鏡に映る謎の錯覚に直面したような奇妙は感覚がどうしても拭えなかった。
だからなのか。
衝動に駆られ弥彦は選択肢を探して思慮深くなる。
周辺を探りなから正解への岐路を探す。使えるものはないかとメガネの奥に潜めた瞳は自然と鋭利に無意識に働いた一種の現実逃避だったが、彼女の優れた慧眼によって破綻してしまう。
一歩遅れた彼女はある言葉を呟いた。
「もしかして、貴方もストーカーを探しているのですか?」
「……」
そこに笑顔の欠片も無かった。
哀愁と幻滅を織り混ぜた虚空の瞳。氷のような無愛想な表情には彼女が何を思い浮かべるのか健闘も付かないくらいに。
隠したハズの意図を読まれて危惧したのではない。
振り返った先に佇む彼女は、本当に三日月天寧なのか、疑ったのだ。
天真爛漫にして邪知暴虐に振る舞う道化師が。真面目な優等生を演じる狂人が。偽りの仮面を外した予想外の素性は従来の世界観を狂わせた。
これは。
何か可笑しい、と。
「まさか。本当にストーカーなんて居るワケがないだろ。テレビとか小説、それに動画の見過ぎなんだ。空想と現実の区別が付かなくなるのは流石に俺でも引くわ」
「そうですか。やっぱり、昨日は過剰な流行だったんですよね」
「集団行動とはいえ、確かに限度はあるよな」
どうにか話題を逸らせそうだ。
内心安堵する弥彦は精神的に肩の荷物が降りた気がする。しかし我に帰ればリュックの重みに気掛かりに思わないのだから実に不思議だ。精神的にヒヤリとする瞬間は心臓に悪い。
ただでさえ相手が悪ければ弱音を吐くところだった。
まだ警戒を解く余裕はないと知りながらも。
「けれど、油断は禁物。ですよ」
親しみを込めた笑顔を湛え弥彦よりも先に歩いていく天寧。
その背中姿が見えなくなるまで、時間を掛けて前を進む。何処かで鉢合わせしないために普段通りの登校を装い、愛想のない表情で過ごした。
油断は禁物。
彼女が提唱した言葉の意味を探しても、簡単には見付からないものだ。
たとえ見付けても後の反動が恐ろしくなる。
「油断は禁物か。肝に銘じておこう」
これから待ち受けている現実は誰の為に傾くのだろうか。
複雑に交錯する人間関係と害を与える名前のないモンスター。犯人を暴くための依頼は未だに始動せず、難題はより謎を深めるばかり。
それでも解決を導かなければならないのは、部長としての使命だ。
誰もやらないのなら、代わりになるだけ。
世界は何時もそうだった。




