9話 同じ景色を見るための些細なキッカケ
結論は辿り着いた。
隠された真実を探すキッカケは覚悟を決めるために。
行き詰まる背中を押してくれる刺激的な衝撃を欲している。決心が付く最善策を他者の言葉を必要として、依頼人である正雪は前を見据えた。
彼はその答えを待つだけだろう。
しかし判断を下すのは恋路部の部長を務める弥彦。
資格に足りる条件を満たしていなければ、男女を問わず依頼を破棄する。そんな容赦のない厳しさを理世はとうに気付いており、中途半端な覚悟では却下される事を想定して現状を静観していた。
今回は試練を試す立場に置かれている。緊張した強い表情を浮かべる理世。
責任を背負う事の重大さを目の当たりにする彼女だったが。
「……いいだろう。お前の相談依頼を承諾する」
「えぇ!?」
あっさりと依頼を引き受けた弥彦に理世は衝撃を受けていたのだ。
咄嗟に起立した彼女を見上げる弥彦は首を傾げる。
頭上に疑問符を浮かべては、
「……何?」
「え、新藤くんは本当に彼の依頼を引き受けるつもりなの? えっと、ほら、貴方は何かしら試練とか課題を依頼人に試していたじゃない。かつての私のような依頼とか。今回それはないのかなって……」
「それはクリア済みだ。世良の依頼は早急の対処を施さないといけない。危険性が伴っている以上、見極めることが楽だった。だから茅月は座りなさい」
重要なのは依頼の内容を含め信憑性が鍵を握る。
特にストーカーは事件に関わる問題は区別が付く。憎悪や嫉妬などの負の感情は相手に対して悪い影響を与える害に区別される。それは当然、恋愛事情のジャンルとしては最悪な行為であり、やってはいけない禁断症状だ。
大事になる前に。騒ぎになる前に。解決へ導かなければならない。
「じゃあ、相澤さんや私のような場合は違うの?」
「それは……、真剣に恋愛を楽しもうとする姿を見て、真面目にならないと駄目だと思えたんだ。本気で幸せにさせないと、相手に失礼だからな」
代価は要らない。
依頼人の微笑む優しい世界を守りたかっただけ。
本当の幸せを手に入れようと恋路部に訪ねてきた彼女達。それはまるでガラスのように脆くて直ぐに壊れてしまいそうな、名前の知らない綺麗な花だった。
枯らしてしまうのは勿体ない。
そう思えた弥彦は彼女達に課題を与えた。足りなかった清純な強かさを。
間違いを正せるように。
真実を見抜けるように。
周辺の意見に左右されない意思の強さを気付かせるために、特別でもない些細なキッカケを弥彦は与えたに過ぎないけれど、少なくとも意味はあったハズだ。
「……別に、個人的な偏見で決めていないから、変に勘違いするなよ」
「そ、そのぐらい私だって分かっているわよ。今は高校生活を楽しむだけで十分。恋愛だけが全てじゃない。そう教えてくれたのは新藤くん、貴方よ」
「実際に依頼を破棄したのは茅月本人だけどな……」
「あれは想定外と言いますか……、ってそれはもう終わったことでしょうが!」
お陰様で恋路部が華やかになれたのは素直に感嘆する弥彦。
赤面の理世は羞恥の極みに達しているのか、意味なく弥彦を叩く。けれど肩叩きのような気持ちの良いポカポカのパンチに避けはしなかった。
ちなみに肩を叩くのはタブーである。
炎症を悪化させるらしく、ゆっくりと優しく撫でる方がいいだとか。
「というか、茅月は男を見る価値がないだけ……」
「は?」
流石に地雷を踏んでしまったようだ。
小さな拳が体重を乗せている。若干痛い。こんなの肩叩きじゃない。
般若のような形相。紫色の瞳に炎が灯し始める。しかし一瞬にしていつもの可憐な微笑を湛えるではないか。端麗な容姿に隠された怒りの矛先は、瞬きを繰り返しながら彼女と目を合わせようとしない弥彦に向けられる。
自信に満ちた仁王立ちは覆せない。
今は彼女の機嫌を取ることが精一杯だった。
「……ヤッパリオトコノホウガワルインデスヨネ、茅月理世さん」
「よろしい」
正直は限度がある。
蓋を外せば普段静かな人ほど、怖いものはないだろう。
だからこそ危惧した弥彦は身構えていた。腕で視界を隠すように。けれど理世は肩を竦めながら構わずに笑顔で許してくれた。
「これで、帳消しにしてもいい……?」
「……それは卑怯だろ」
依頼はとうに終わっている。
これ以上は依怙しなくても構わないと思っていたのに。
彼女自身が決めた選択肢に指摘する立場にはない。なのに、相談を破棄した本人は違っていたようで。努力を傾けてくれた人に対して善意を向ける。
感謝と謝罪を込めた一心一意は、理世なりの思いを乗せていた。
今しかないと。
「いいえ、私の答えが遅れただけよ。言いそびれたの。……貴方は私の為に相談をしてくれた。だから今度は私が誰かの為に相談をする。貴方が見ている景色が一体何を映しているか、是非見たくなったわ」
「無理があるだろ……」
「実際にそうかも。でもね、肩を並べて目指したいのよ」
恋路部に入部した本当の理由。
対等というシンプルな言葉こそが、彼女は欲していたものかもしれない。他人を敬える器の広さや偽りのない正論。本来備えるべきハズの道徳心が揺らいでる界隈の中で、正直に話せる人が少ないことを。
親切な注意でさえ悪辣に反駁してしまう、そんな狂い続けるご時世。
誰も正しい事を教えてくれない現状は間違っていると。
理世は理解していた。
「……いい部活なんだな」
ここまで黙視を続けてきた依頼人の当事者、正雪はタイミングを見計らって言葉を告げる。暴露の数々を華麗に受け流すスルースキルが恵ましい。
「こ、こほん! そんなの当たり前じゃない」
「確かにそうだね」
恥ずかしい事を言った理世は咳払い。それを世良は苦笑して会話を戻す。流石は空気を読める優等生。女性にモテるのは必定のようだ。
そして憎たらしいほどイケメンである。
「君達に相談して本当に良かったと思う。生徒会よりも恋路部の方が合っていた」
「世良は生徒会に訪ねていたのか?」
コーヒーを飲み干す弥彦が訪ねると世良は難しそうな様子で頬を掻く。
あまり印象が悪いのか気疎い。
「生徒会の中に親友がいるんだけど流石に寄らなかったよ。迷惑を掛ける側として噂を流したくはない。それに副会長の神式さんには嫌われているんだ。一体なんでだろうね」
「さあな。俺にも分からん」
人見知り副会長の恋愛沙汰など関係ない。
利己的な主観がモットーのような少女だ。猫を被っても所詮は剥がされる。
大体恋愛に関して感心を持っているのは神式杏本人であり、自分以外の女性を辣腕な手段で誤魔化しているのでタチが悪い。計算高いと言うべきか、本能と言うべきか。とにかく姑息なのは恋路部が廃部に追い込まれた時に察した。
だが、ストーカーはそれよりも暴走していることになる。誰にでも豹変してしまうその怖さは時間が経つにちれて真価を発揮する。
教室中が活気に湧いた噂に過ぎない他人事であっても。
必ず依頼を解決させてやると受諾した弥彦は、最後まで真実を追及してみせる。
そのための恋路部だ。




